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Location: Tauranga, Bay of Plenty, New Zealand

ニュージーランドに移住して19年経ち、リタイヤした今、海の生活と釣りに狂い、自然と共に老後を過したいと思います。

Friday, November 25, 2005

http://nztsuyoshi2.blogspot.com

     マネーランドリー                                                   尾関  豪
この話はフィクションですので、実在の人物は存在しません。夢を求めて     *チャーリー         若い頃,わずかな知識と純粋な情熱で,こうした生き方がいいとかああすれば良いなどと考え、一晩中酒を飲み,友達と語り合い夜を明かし、理想に向かって思い悩み、結婚するならこんな女性が良いなどと,夢を持ったものだが。理想と現実の違いから、大学を卒業する頃になると、友達や親の安定志向の影響により、今まで考えていた理想の生活からは程遠い、出来るだけリスクの無い人生にと、知らず知らずの内に変わってゆく。両親は「自分の子供が無事に安全に育ち、出来ることならば末は博士か大臣に」と思うのだが、さすがの親も、うすうす子供が育つ過程において、トンビはタカを生まないと感づき始める。それではと、今度は親自身が将来の安定と老後の面倒を見てもらうための保険か?、出来るだけ安定した、安全な生き方を子供に勧める。酒を飲み朝まで語り合った友達でさえ、「まずは生活の安定」と変わってしまう環境の中で、自然と 「じゃ、私も」と将来の安定を考えてしまう。「以前の情熱はいったい何処へ行ったのだろう?」。少しづつ周りに染まっていくチャーリー北原であった。  主人公チャーリー北原。学生時代、チャーリーと呼ぶ人達のキヤラクターが明るく大らかな事に引かれ、時々落ち込みがちに成る北原はこの名前が気に入り、自分でもチャーリー北原と名乗るように成る。  大学を卒業後、生活の安定と年金で老後をのんびりと暮らすつもりで、地方公務員となる。しかし、毎日の仕事は大変退屈で、仕事は、他の人達よりも働き過ぎるといけないし、無論働かないのもよくない。自分の意見を言うのは良いのだが、強すぎてはいけない。いつも上下関係を認め、少々の間違いは目をつぶる。とにかく、全ての目標は、日々の生活の安定と年金の獲得であり、一度公務員に成るとクビにされる事は無く、最悪の場合でも、窓際に干される位で、これでも給料を貰える楽な仕事であると言えば言える。しかし、もしこの環境の中で、上級職に成ろうと目指すと、勤務時間にはあまり働かず、仕事を家に持ち帰り必死に仕事をする。これは、学生時代に学校で勉強をせず、 家で徹夜の勉強をして、テストで良い点を取るのに似ている。チャーリー 北原も就職した頃は、上級職を目指したものだが、今では周りの目に見えない圧力によって、ファイトを無くし、普通の公務員となっている。物事を荒立てなければ、毎日が平和で、平和で、退屈な我慢大会の様な 、何事も起こらない変化のない生活に、いつか何かをやってやろうと、イライラ ムカムカ しているチャーリー北原である。  世の中の景気不景気に左右されない、親方日の丸の生活をしていたチャーリー北原だが、現実の日本経済は落ち込み、株は暴落し、円高の為輸出が落ち、将来の不安から、日本国民がコツコツ貯めた金が、使われることも無く銀行に溜まりますます日本経済は回転しなくなる。国の方針として、少しでも国民にお金を使ってもらおうと、預金金利を下げ、日本経済の回復を狙うのだが、現実の日本経済は良くなるどころか、ますます国民が将来の不安からお金を使わなくなり、銀行には金が余る事になった。以前よりチャンスを狙っていたチャーリー北原は、「今がその時」と公務員を辞め 、安い金利の金を借り出し、商売を始める事を決意する。
   * 鶏が飛ぶ 
 「自営業をやりたい」と、両親に話を打ち明ける。今まで苦労して子供を育て、やっと安定した仕事を持ち、安心していた所なのに両親も驚き、大反対する。「何故辞めるのだ、せっかく安定した仕事に就き、この不景気な時代に、辞めてどうするのだ」。「このまま働いていれば、安定した生活が出来、将来の年金が得れるのに、何ぜ公務員を辞めるのか」。チャーリー北原は、両親に「この仕事が、退屈でやりがいが無い」と説明するが、両親はガンとして許してくれない。しかし、今のチヤーリー北原は、「どうしても独立したい」と、情熱を燃やしており、何とか両親を説得しようと試みる。一人前の大人であるチャーリー北原は、自分の意志で辞めれば済むものだが、独立するとなると独立資金が必要で、今まで育ててもらいながらも、情けない事に、まだ親の援助を必要としている。しかし、独立するためには親を説得する事が、最初の仕事でも有る。チャーリー北原は、親に鶏の話をする。 「親父もお袋も俺のことを考えて見てくれ」、「養鶏場の鶏のように、毎日毎日、餌を貰いコッココッコとそれを突付いて食べる事が、人間の本当にやることかどうか?」「生殖行為もせず機械的に卵を産み、雛を孵す、雛を孵した鶏はラッキーで、多くの鶏はその卵まで取り上げられ囲いの中で餌を食べつづける」。 チャーリー北原はつづける 「俺と言う鶏は、何故飛べないのだ。羽も有るのに、鳥といっても何故飛べないのだ」「ニュージーランドに飛べなくなった鳥、キウイと言うのがいるらしいのだが、天敵の居ない、安全な生活をしていると、本当に飛べなくなってしまう」「親父、お袋、お願いだから自分の羽で飛ばさせてくれ」と、頼み込む。両親の家には、数羽の鶏が居て、鶏小屋の片隅で餌をついばんでいる。年寄りの鶏が「ハッ」と驚いたようにこちらを振り返る。!ここまで言われた親父は、自分も若い頃、夢と情熱を持ち、それに燃えた事を思い出す。そして今では、やはり飛べなくて養鶏場の片隅で餌を貰い、上手く、生きて来た自分の過去を思い出す。子供に自分の出来なかった夢も半分賭け 「やりたければやってみろ!」 とぶっきら棒に許可が下りる。お袋の方も、自分では意見など無く、周りの体裁と人の顔色を見て生きている為、しぶしぶ 「お父さんが許すなら」 と言うことで同意する。両親を説得したチャーリー北原は、めでたく自営業への道へと歩んでいく。  いざ、公務員を辞め、独立するとなると、頭の中に不安が横切る。毎日、退屈で退屈で、仕方なくやって来た仕事とは言え、「生活の安定の為」と、考えていたこの仕事を辞め、「もっと遣り甲斐のある自営業に挑戦する喜び」と裏腹に、頭のどこかに不安が横切る。チャーリー北原は思う。 「本当に、自分に出来るのか」。こんなに安定した生活をしている「のに」、なぜ?、こんなに世の中が不景気なときに独立するのか?。毎日、我慢さえしていれば、給料をもらえると言う 「のに」? もし失敗すれば全てを無くすかも知れない「のに」? チャーリー北原は、頭を強く振る。 いや、 「のに」、 は無いのだ、 「失敗」 と言う恐れを自分の頭から振り払うように 「私には出来る」 「私には出来るのだ」 声を出して叫ぶ!。 そして又、自問する。 「なぜ独立したいのか?」「公務員だって、上級のポジションを狙えば、遣り甲斐のある仕事だ」 「どうしてだ、逃げるのか?」、「食欲と性欲だけ満たされれば、生きている?」 と言えるのか。 「男と生まれてきて、欲望というか、事業欲というか、何かやって見たい」。「世間」 と言う、漠然とした言葉の中に、「身の程知らずが」、「何もしなければ、失敗も無いのに」と、もう一人のチャーリーがささやく。何かを始めなければ、何も出来ない。失敗を恐れていてはいけないのだ。結果的に、成功すれば「よく遣った」といわれるが、失敗すると、「ざまあ見ろ」と言われる。たったそれだけの事だ。今の世の中、生活に困り食えなくて死ぬ事はないのだ。「怖がる事は無い。」「何も挑戦しなくて、ただ餌を貰い、生きているだけの方が、鶏はともかく思考力の勝る人間のほうが、きっと辛いのでは」と思う。「人間は鶏よりもう少し賢いのだ?」と、思いたい。  チャーリー北原は考え迷う。 「わからない?」 「しかし、退屈なのだ」 「独立すると思った以上、自分の口から言った以上やって見よう、きっと鶏でも、飛べると思う」。これがチャーリー北原の結論だった!。   * コサマンジャーレ
チャーリー北原は、以前より飲食店経営が、金額は多くないが、安定し、確実に、儲かることを見聞きしていた。食べ物と言うのは、毎日必要とする物で、在庫があまり無く、物品商売より、資本の回転が良い点で、いつか独立をする時は、候補の一つとして、飲食店経営と考えていた。そのため興味もあって、以前より料理を習い、評判の良い店を食べ歩いて勉強をし、又 経営も学んでいた。これを実行に移そう。  まずチャーリー北原のやらなければいけない事は、役所を辞め、独立資金を銀行より借り出さなければ成らない、その為には、飲食店経営の為の、計画書を作らなければ成らない。  まず、今流行の 「イタリアンレストラン」 とする。これはチャーリー北原自身も好きな料理で、若者受けする事。アルコールが少量であるが一緒に売れる事。 日本人にもよく合い、好かれ食べられている事。カロリーは高いが、油分が多いので、子供から若者に喜ろこばれ、比較的安く作れ、売値も安く、数が見込める。一般的に、利益率の多い食べ物は、貧乏な国の料理に多く、貧しいその国の人々が毎日食べているのだから、原材料が安い。しかし美味しいか?売れるか?という点では又話は別だ。とにかく「安くて、美味しく、利益の出る料理」と言えば、中国料理、 イタリア料理 、インド料理、などが代表として上げられる。このような理由から、チャーリー北原は、イタリア料理に決める。     店の名前は、以前大学の卒業旅行で行ったイタリア。田舎町を毎日、珍しさの為歩き回り、空腹を感じ、こじんまりした店に入った時のこと。メニューが読め無い為、注文が出来なく困っているチャーリー北原に、腹が飛び出し太っている店の主人が、からかい半分に、チャーリ北原に向かって 「コサマンジャーレ スパゲッティー」 と大きな声で言うのだった。そしてゼスチャーを混ぜ、スパゲッティーを食べる真似をする。それでも首を傾げているチャーリー北原に、近くのテーブルでスパゲッティーを食べているお客の皿を指で差し、「スパゲッティー、 スパゲッティー」とおどけてみせる。それでやっと理解できたチャーリー北原は、その客と同じスパゲッティーを頼むが、まだスパゲッティーの具のところまで分からない。やはりゼスチャーと片言の英語で、チャーリー北原は「この人と同じもの」と注文する。店の親父と通じる言葉は、スパゲッティーだけで、お互いに何を言っているのかサッパリ分からない。店に居た客たちもゲラゲラ笑い、横から口を挟み「スパゲッティー、 スパゲッティー」「コサマンジャーレ スパゲッティー」と声をかけ、店内は爆笑の大騒ぎとなり楽しい雰囲気と成る。店の主人は、日本人のスパゲッテー好きを良く知っていた。「コサマンジャーレ スパゲッティー」この意味は 「今晩の食事はスパゲッティー」 と言うことらしく、チャーリー北原は、イタリア語の明るく陽気なこの響きが気に入り、これ以来イタリア旅行中、毎日レストランに行っては 「コサマンジャーレ  スパゲッティー」 と注文し、店中で爆笑を起こしていた。こんなエピソードより、店の名前は 「コサマンジャーレ」 とすることにする。日本語に訳すと 「晩飯」 とでも言うのか、たぶん日本人受けするゴロだと思う。 このような方針が決まると、今度は店の場所探しを始める。商売において場所は、売り上げに一番影響する為、慎重に決めなければいけない。例えば、「店の前を何人の人が、店の営業時間中に、通るか?」「 車は?」 「駐車場はあるか?」「 一番多く人の集まる駅より、歩いて、店まで何分か?」「 どの様なタイプの人が通るのか?」「角店なのか?」「 間口は広いか?」「店内の広さは?」など、など。  幸いにも、東京近郊に貸し店舗を持つ、大学時代の友人より、不景気なため有利な条件で、良い場所を借りることが出来た。この店舗は、広さ20坪、家賃は月20万円、敷金と権利金で1000万円、この店をイタリアンレストランに改造するのに内装費が1000万円、運営費は、今まで働いていた時の預金があり、もし、経営が初めから上手くいくと、運営費は必要ないので、取り敢えず2000万円の事業資金を銀行で借りることにする。チャーリー北原は、この資金を借りる為、事業計画書を作り、銀行に提出することにする。  「イタリアンレストラン コサマンジャーレ」は、20坪で 、テーブル数10 、 40席 、プラス厨房とする 。営業は無休とし、チャーリー北原を含め、5人のスタッフと2人の学生アルバイトを常時雇い、営業時間は、ランチタイム午前11時より午後2時 、ディナータイムは、午後5時から10時とする。「コサマンジャーレ」の一日の、売り上げ予想は、 平均客単価2000円として 、 一日の回転率を2,5回転とする。1回転を席数の70%として計算すると、  2000円x(40席X0,7)x2,5回転=14万円が、1日の売り上げとなる。毎月の経費としては、 銀行貸出金利は3,5%なので、月額58、000円 、 家賃月20万円 、 人権費120万円 、これらの合計を固定費とする。毎月の流動経費として、売り上げの35%を原材料費 + 水道、光熱費と雑費で、20万円とする。これらを計算すると。14万円x30日=420万円の月総売上 - 固定費145万8千円 - 流動経費167万円 =107万2000円が一ヶ月の予想利益である。この利益より元金を銀行に返済していく計画とする。この店の損益分岐点(固定費+流動経費)は、月312万8000円÷30日で一日約10万5000円となり、予想売り上げが14万円なので、売り上げに比例して流動経費が増えるのだが、旨くいくと、売り上げの4分の1が儲かる計算だ。此れはあくまで計算なのだが。この事業計画書と、チャーリー北原の両親が持つ土地を担保と、自分に生命保険を掛け、資本金2000万円を銀行より借りる。資金を貸す銀行にしても、成功するかしないか分からない、元公務員のチャーリー北原に資金を貸すのだから、もしもの時のため、生命保険に加入させられる。ここまでが 「コサマンジャーレ」 開店の為の、「ハード」 部分である。ここまでは、元公務員でもあったチャーリー北原の楽な仕事だ。     *お客獲得作戦
「脱サラ」 の90%は新しい商売に失敗する、と言われている。どうしてかと言うと 「ソフト」 の部分に弱いからだ。 一般に会社員や公務員をやっていた人達は、以前の仕事において既に、ブレーンウォッシュされており 「ハード」 には、強いのだが 「ソフト」 に弱い。企業や国は、従順に働き仕事さえ出来ればよい、と言う人を育てるため、教育と言う名のもとにブレーンウォッシュをする。言葉を変えると機械人間に仕上げる。何かを作り出すとか 、考えるとか、 リーダー的な人は少人数でよく、とにかく企業や国が、使い易い人間を作り出すのを目的にしている。最近は、本物のロボットを作っているのだが。若さに任せた学生時代に、革新的な考えや発想を頭の中から追い出し、規格人間、会社人間にしてゆき、仕事を分割する事により、「専門家」と言う、聞こえのいい言葉で、他の事は何も知らない人間に改革してゆく。こうすればもし、会社を離れ独立しようと思っても、専門の事しか知らない為自立できない。この人達はいやでも会社に居つづけることになる。会社側は、人間が要らなくなれば、追い出すか、捨てれば済み、それまでに社員に掛けた元を取ることを目的として教育する。そのため企業や国は、大量の金を投資して教育し、その企業や国のために働く人に育てあげる。チャーリー北原も、従業員に対して、この手を使おうと計画する。  チャーリー北原は、ここまで来た以上失敗するわけには行かない。仕事を辞め、親の土地を担保に2000万円も、借金している。 絶対成功する「ソフト」 を考えることにする。 お店の中には、お客様から見えるところに、大きなカマドを作り、このカマドでピザを焼き、手作りの味と、おいしさを演出する。内装としては、周りに空のイタリアンワインを数多くぶら下げたり、イタリアの民芸品を飾り、ガーリックやチリ、作り物の果物などをぶら下げ、従業員は、ベニスの船頭風、ストライプのシャツと帽子を身に着け、イタリアの居酒屋風に雰囲気を盛り上げる。此の処までもまだまだ  「ハード」  の部分に入ると思うが?そこで、もっと掘り下げてお客様が 「コサマンジャーレ」 にどうしたら来てくれるか?そして何を求め、喜んでくれるか?そして、より多くのお金を使ってくれるか?良いアイデアはないか?と知恵を絞る。どうしても10%の成功者の中に入るのだと心の中で誓う。遣り甲斐が無い仕事から、遣り甲斐の有る仕事へと変わったのだが、考えれば考えるほど大変になってきた。頭のどこかで 「チラッ」 と、「やはり公務員の方が良かったかな?」と浮かぶ。人は、無いものを欲しがる者だ。ここまで来たからにはそんなことを言っていられない。チャーリー北原は、自分を追い立てる。  一番大事な事は [コサマンジャーレ] が存在することを、より多くの人に知らせなければいけない。このイタリアンレストランがここに在る。ということを、出来るだけ多くの人に、知ってもらわなければいけない事と、そしてこの店に来て、より多くのお金を使ってもらい、楽しみ、美味しい料理を味わってもらう。なおかつ、喜び又再来店してもらう事が目的だ。そのためには、宣伝、 話題性 、口コミ、などを最大限に利用して、店の存在感を表す。そしてお店がターゲットとする、客層に的を絞り、そのプロモーションをする。 「コサマンジャーレ」 の場合、客としての対象は、女、子供が多く、それに男性が付いてくるといった考え方で。客単価は、女、子供の場合余り上がらず、男性が付いて来る事で客単価を上げていく方法を考える。女、子供は、客単価は低いが、口コミで広がりやすいので宣伝係を兼ねていると考え、この点を利用し、話題性を提供する。たとえば、お店に客が多く入っていれば、この店が流行って居ると思い込み、良い店だと宣伝してくれる。客が多く入っているから、それを「美味しいから流行っている」と良いほうに口コミで伝わる。大手のアイスクリーム屋を参考にすると。店を新規出店するときは、大勢の人達が行き来する繁華街に出店して、通行人に目立つように、多くの若者のアルバイトを並ばす。それを見て通行中の人達は何事か?と、とにかく並び観察する。並ぶ人達は、どうせ暇で、何か面白いことが無いか、と町を歩いており、面白そうだと、一緒に並ぶし、人が多く並ぶと、いかにも繁盛しているように見え、口コミで多くの人達に伝わり、結果的によい宣伝となりお店の存在を知らす事が出来る。多少の開店費用は掛かるが、広告宣伝費も兼ねていると思えば、効果的な戦略で、大手の企業にとってはわずかな経費である。どのような商売でも言えることだが、若者を対象にすると、彼らはまだあまり多くの知識が付いていず、周りの話題、宣伝 、雰囲気により衝動買いや余分な買い物をする。商売では良いお客となる。飲食店においては、若さでより多くの量を食べてくれるし飲んでくれる。年寄りではこうは行かない。量は食べられないし、年の功で能書きをぶつぶつ言い、イタリア料理を食べに来て「油濃いから、もう少しあっさりした物はないか?」とか、「きゅうりの酢の物はないか?」とか言う。「お客さん、お店を間違ってますよ」と言いたくなるし、金も遣わず、水ばかり飲み長居をする。これでは商売にならない。その点、女、子供は純粋であり、少しおだてると喜ろこび、利益率の高い物でも、買ってくれるから、お店にとっては良いお客様だ。 また、ほかの戦略として、考え出したことは、商品の原価率を上げることである。飲食店の場合、商品は食べ物だが、一般に飲食業界の原価率は30%ぐらいまでとされている。この原価率を、35%にまで引き上げ、内容とボリュームを増やすことでお客様に割安感を与える。この手は、飲食業界ではよく使われる手段なのだが、あまり原価率を上げると、流動費が上がるため、利益が減るので限界は有る。チャーリー北原は、このアイデアをアレンジして使うことにする。 昔、調味料会社が自社の売り上げを伸ばす為、アイデアを一般募集したときに採用された有名な名案で、調味料の容器の穴を少し大きくする事によって、それだけで単純に「一振りごとに消費量が増える」と言う、アイデアをチャーリー北原は利用する。他店より、ボリュームを増やすことによって、お客様の満腹感と共に、毎回少しずつお客様の胃袋を大きくしてゆく。お客は、もっと食べないと満足しなくなり、もう一品追加オーダーをとる。お客の食欲を増やし、客単価を少しずつ上げていく。人間の胃袋というのは、大食すると、止めども無く、日に日に大きくなるもので、他の店の量では満足しなく成ってゆく。結果的に 「コサマンジャーレ」 の常連客と成る。そしてまた、食欲に比例して胃袋も大きくなって行く。人間の体は、直ぐには大きくならないが、胃袋と言うのは毎日毎日大きくすることが出来る。これも訓練で、初めは苦しくて食べられないが、二回目は少し量が増え、三回目ではもう少し増える。それをつづけ、限りなく大きくすることで、やがて一人の客が、一人半、二人前の食欲と成って行き、自然に売り上げが増える事を狙う。もう一つ、ご飯も同じだが、パスタ類は胃袋を満腹にして満足感と思考力を鈍らせる役割を果たす。そして肉類より消化が早く、この意味は飲食店にとってお客が腹を空かす回数が多くなることであり、再度お客として来店する可能性を秘めている。お客様は日に日に太り、腹が出ッパリ、胃袋も大きくなり食欲も増える。そのため 「コサマンジャーレ」 は、自然に売り上げが伸びてゆく。商売の可能性は無限に有ると、チャーリー北原は 「ニンマリ」 とする。  子供連れのお客様の場合。子供にコーラーのような飲み物をサービスする。子供は味覚が育っておらず甘いものに弱い。この点を利用して、親が「何々ちゃん、今日は何処に食べに行こうか」と聞いたときに、コーラの貰える「コサマンジャーレ」に行きたいと親に言うように仕向ける。親は子供が言うと「じゃ何々ちゃん、今日はコサマンジャーレに行きましょう」となる。子供に甘い親は一杯無料のコーラを貰い、一杯では足らないのでもう一杯コーラの注文が来る。親子は共にコーラを飲み、血液中に糖分が行き渡り、酒と同じように思考力をなくし、甘い物や油分の多い食事を食べ、少しずつ、胃袋を大きくして、肥満への道を歩んでいく。甘い物や大食をすると言う事は、血液中にブドウ糖が溢れ、カロリーと成り、食事をした、という満足感が得られる反面、体中の内燃機関が忙しく成り、このため思考力が働かなく成る。満腹感を感じる前に、この辺で止めておこう、と言う、自制心が働かなくなってくる。「もう少し食べたい」。これがチャーリー北原の狙い目であり、空腹で来店する客に、酒や甘味飲料水を与える。そして、胃を刺激して、血糖値を上げ、思考力を衰えさせる。ボリュームの多い食事を提供し、大食する事により胃袋も大きくなる。結果的に 「コサマンジャーレ」 のお客様がまた増える事に成る。  もう一つのアイデアは。食事の美味しさという計りは、レストランの食事は健康という立場から考えると体に良くないのだが、食べる喜び、楽しみと言う立場から、レストランの食事として考えて見ると。油脂、砂糖、塩、などの配合を少し多目にすることで、味が美味しいと思われる。それは人間の体が求めているからである。たとえば、肉体労働をする人たちは、オフィスで働く人達より塩分を多く必要とするため、味付けは少し塩を多くすることにより美味しく感じる。若い人は、年寄りより、エネルギッシュなのでエネルギーとなる油分が多いと、美味しいと感じる。ついでに言うと、年寄りは、若者より、干からびているので水分を多く求める、そのため水っけの多い食べ物が合う。チャーリー北原はこの点も利用して、乳製品やオイルを少し多い目にし、甘味を増やし、お客様が美味しいと喜ろこび、もっと多くの注文をいただくための策略を考える。塩分を少し多くして、自然に水分を求めるようにしむけ、飲み物のオーダーをとり、売り上げを増やす。店のスタッフにもより多くのオーダーをとるため、初めから水をテーブルに出さないように指導し、少し押し気味に飲み物のオーダーをとらす。出来るだけ水物がとりたくなるようなメニューを考え、飲み物も売る。飲み物を注文したお客様には、塩の掛かったピーナツなどを少しサービスとして出し、もっと水物を飲みたくなる様にし向ける。誕生日のお客様には、グラスワインをお店のおごりで、その仲間一同にサービスとして出す。そして従業員一同でハッピーバースデイの歌を歌って、店内を盛り上げる。そうすると日頃、酒を飲まない人も、雰囲気とタダ酒ということも有り、「飲まない」と損と口にする。すると酔いが回り誘い水となり、食欲が増し、追加注文がもらえる。うまくすると、ワインの注文も取れるし、持ち帰りのピザも出る。又、店の宣伝として、誕生日を店がやってくれることが口コミで広がる。このようにして客を増やし売り上げを増やしていく。 アメリカン飲食業界のテクニックを駆使して、お客様の無知を突き、量を多くして、お客様の胃袋を大きくし、味を濃くし飲み物の注文を取る。さらに喜んでもらい、売り上げを増やし、又再来店してもらうのが目的である。         * 策略第二段
  チャーリー北原は、どうしても新しい商売を成功させ、脱サラ組み成功者の10%側に入らなければと心に誓う。店舗作りは、お客様の回転を適当に良くするため、椅子の座り心地を硬めにする。余り硬いと、居心地が悪いので少しだけ硬めにする。テーブルの店は、どうしてもお客が長居しがちで、回転が悪く、売り上げが伸びないので、もし、お客が長居する場合は、適当にテーブルの皿を下げる。しかし余り店内が空いていると、これまた、店が流行っていない様に見えるので、その時は、テーブルの皿を引いたり、求めもしない水を出したりしないでお客様を座わらせておく。これは店のイメージを良くするためには、ある程度お客様が店内にいることが必要で、暇な日でもお客様が入っていると、人々は良い印象を持ち、この店は美味しいと良い宣伝になる。そこでお客様の待合席を作り、わざと待たすようにもする。この場所は外から見える入り口付近が良く、待ち席からは店内が見えない場所とする。その日の流行り具合いにより、一旦待ち席に座らせ待たす。お客様は忙しくて込んでいると思い、この店は流行っている。美味しいからと早や合点するので又評判がよくなる。又、この席では、梅酒の入った飲み物、夏は冷たく、冬は暖かい、飲み物を「すみません、今すぐに席が空きますので、これを飲んでいてください」とサービスする。席が空いていても待ち席からは、店内が見えないので、とにかく店が混んでいる様に演出して、梅酒でお客様の胃袋を刺激する。お客様も自分の選んだ店が繁盛して、梅酒まで貰え、悪い気がしないで待ち席に座る。待ち時間としては、決して長くない10分ぐらいとする。余り短くてもいけないし長くてもいけない。タダと言うのは嬉しいもので、喜ろこんで梅酒を飲み、店に対して好感を持つ。梅酒は少し甘酢っぱく女、子供にも合い、空腹の胃を刺激して食欲を増す役目をするので、より売り上げが伸びる可能性が出てくる。  ライティングは、白色の高級なライトを用いる。テーブル上の食べ物に立体感があるようにライティングして、美味しく、新鮮に、光り輝いて見えるように照らす。こうすると食欲を誘うし、恋人同士が座り、向かい合った時、お互いに美しく見え、たいした美男美女でなくても、恋をしている時は、とかく美しく成るものだが、より美しく見えお互いに道を誤るように演出する。トイレには、トイレットペーパーの横に、気が利いた言葉を書いて張っておく。たとえば 「もし神に見放されたら{ウン}は自分の手でつかみましょう」 と、それを見たお客は、ニコニコとトイレから出てくるし、化粧鏡は高級な鏡を備え付け、美男、美女に、見えるようにライティングを施す。お店の外には、花を飾り、女性客に好まれるように演出する。これらのちょっとした演出が、お客様の心をつかむ。  お客側が思うお店の評価は、たとえば、「この店は美味しい」と言う時、 これは、「お店にどの位お客が入っているか?」を大きな目安としているし、お店側もそれが目標だ。そこで、意識的に良いうわさ作りをする。たとえば地域新聞にお店の紹介をしてもらう。これは相手側から取材に来るので、地域新聞側が、興味を持つように仕向ける。たとえば珍しいメニューを作る。店のエピソードを流す。その新聞に広告を出すなど。これは他のマスコミも同じで、可能な限り、話題を提供して利用する。お店の開店時は、広告と花輪を出し、学生や劇団員を雇い、店のお客として並ばせ、店外でアルバイト達に口コミでこの店は美味しいとか良いうわさ話を流し、いかにもこの店が、人気があるように演出する。この時、お店が狙う客層にあったアルバイトを雇い、開店後も時々アルバイトを雇い並ばせ、お店がいかにも流行っている様に見せかける。そうすると、一般のお客も雰囲気に負け、店の前に並ぶし、この店は美味しいと噂が流れる。「一度食べに行ってみよう」となる。多くの一般のお客は、専門的には何も飲食業のことを知らないので、人が並んでいるだけで、通りすがりの人まで並んでしまう。この烏合の衆による心理を利用する。  持ち帰りのピザは、10枚買うとピザ1枚無料としたり、この持ち帰りのピザは、独りで何枚でも売れる可能性が有るため、1枚買うとサービス券を1枚出し、10枚で1枚が無料と成るようにする。そして、再来店を狙う。何枚でも多く買うと得したように仕向け、誕生日の人にはプレゼントとして、次回はピザが1枚無料の券を出す。もらったお客は、再度来店するので、ピザ1枚が無料でも、何かをオーダーするし、一人では来ないので、売り上げと新規客獲得の可能性、店に客が多く入り繁盛しているように見え、良いうわさが立ち宣伝効果もある。  話題づくりとして、お客が切れる時間帯はショータイムとして店内でゲームをやる。これは、ロシアンルーレットで、玩具のピストルに風船をつけ、頭の横に当てる。6回に1回針がピストルより出て、風船が割れる。と言う事は6人に一人割れ、この一人には、後で別のゲームもしてもらう。風船が割れた人を二人選び、今度は手を使わずにスパゲッティーの速食い競争をする。競争後、この二人には、インスタントカメラで口の周りをスパゲッティーソースで汚れた顔を撮り、記念にプレゼントする。これを見てお客様は大笑いする事によって又食欲が出るし、笑うことにより腹もすく。暇な日はもう少し長居をして、もう一品注文が来るかもしれない。このゲームに負けた一人は、罰としてカマドでピザを焼く。お客様の前でドウをのばし、ソースを塗り、具を並べ、チーズを振り掛ける。これを店内のカマドで焼く、その慣れない仕草を見てお客様は喜ろこぶし、やっている本人も、良い経験として喜ろこぶ。そのゲームに負けた人が、自分で焼いたピザをお客様に競売風に売る。もし売れなくても、自分で買い持ち帰るので。店内は客が切れても活気があり盛り上がるし、売り上げも上がる。お客様も楽しみ、話題性も提供できる。またお客様も次の日、誰か友達や同僚にこの店のゲームを話すことにより、店の宣伝にもなる。このゲームは、お客が切れたときにやり、決して時間を決めない。時間が決まっていると、それだけをを目当てにお客が来て、来客が集中するので、時間を散らして、来店を振り分ける。忙しい日は基本的にはやらない。  お店を経営していると、友人や知人が来店するが、これは嬉しいのだが、商売として考えるとマイナスである。親しさのためつい他のお客様より、長く話したり、個人的な会話になる。他のお客様が見たり聞いたりしている前で、このようなことをすると、一般のお客様に不快な印象を与えるため、友達などは、無料にすることで再来店をし難くする。ただというのは行きづらいものである。友達は、少し安くするともっと頻繁に来店するので、溜まり化して、のさばり、店の繁盛に影響がある。あくまで一般のお客様を一人でも多く集めることが 「コサマンジャーレ」 の繁盛に繋がると、チャーリー北原は信じる。  もう一つ、商売を経営するうえで重要なことは、従業員の教育とコントロールである。これは店長以下全員に役職を付け、責任と誇りを持たす。役目は何でも良く、責任を持たす。そして 「飴」 を舐らす部分として、売り上げの多い日は、従業員全員に 「大入り金」 を役職に応じて払う。「コサマンジャーレ」 の給料は、基本給プラス売上高による能率給とし、一定の売り上げ以上有ると現金で次の日に「大入り金」として払う。 そうする事において、従業員は忙しい日でも喜ろこんで働き、現金でもらう事により、わずかな現金は使い果たし、又、よく働き、お店の売り上げを上げてくれる。ここで大事なことは、従業員の収入が増えるのは良いが、その金を貯めない様に、仕向けることである。給料を貯め、店の経営方針を覚え、独立しようとするからで、これは飲食業界での従業員確保において大問題のひとつである。そこで従業員が得た金を使い果たす様に仕向ける案を、チャーリー北原は考えた。地方出身の次男、三男、(無論四男でもよいのだが)を好んで雇う。地方出身ということは、里帰りの度に金が必要となり、そのつど貯めた金を使い果たす。長男では、親が出資して、将来独立の可能性が高く、従業員を失う可能性がある。貧しい家庭の子を雇い、能率給を加える事により、がんばって働けば多くの収入を得る、そして、物品的に豊かになることを覚えさせる。その収入で得る物が貴重で、もっと得たいとがんばるし、物を得る事に喜ろこびを感じる。忙しさのため、本当にそのものが必要なのかも考えずに、買い物をして金を使い果たす。そして又、金を得るために働く。これを永久に繰り返す事により、永遠に良い労働者として働きつづける。地方出身者にアパートを安く借りてやり、結婚するように勧める。結婚すれば何故か自然と子供が出来?、金がもっと必要となり、可愛い子供のため働くし、金も貯まらなくなる。チャーリー北原自身、従業員が羨やましく思う高級車を乗り回し、従業員にも買う様に勧め、ローンの保証人になってやる。また、一年に一度、交代で長期の休暇を与える。もちろんチャーリー北原自身も休暇を取り、「外国旅行をして、新らしいアイデアをお店にフィードバックする」、従業員にもそれを勧める。このように従業員の稼いだ金を、使わすように仕向ける。とにかく稼いだ金は使い、また働いて、稼ぐということを教え込み 「コサマンジャーレ」 が繁盛し従業員が長く居着く作戦を考える。    * コサマンジャーレのメニュー
「コサマンジャーレ」 のメニユーは、ピザとスパゲッティーを売れ筋とし、それにサラダを取り、デザートとしてケーキとアイスクリーム。飲み物は、ソフトドリンクと、恋人風やグループがワインを取る、というところである。それと、お持ち帰りのピザを売る。スパゲッティーは、良質のデュラム小麦粉を使い、店内で生麺を作り、注文があり次第湯がき上げ、それにソースや海産物などを組み合わせ、各種のメニューを作り上げる。この生麺と言うのがポイントの一つで、それを注文が入った時点で湯がきあげる。この湯がきあげた麺は、口当たりがよく、乾麺では出ない美味しさを出すし、茹で上がりも早いので、お客様を待たす時間が短くて済む。ピザは、イーストを使ったパンのピザベースで、満腹感が得れるように厚みを出す。これに、各種のトッピングで変化をつけ、メニュー数を増やす。このピザに使うチーズは、一般的なエダムチーズを使い、少し切り分けるところに、モツアレラチーズを使う。お客が食べるとき、伸びたチーズを見て喜ろこぶように演出する。サラダは、いつも三種類置く。その時の出回る野菜で、本日のサラダとして提供する。原価を下げ、変化をつける。肉料理は、牛肉、 豚肉、 鶏肉 、ラム肉などを、日替わりとして少量ずつ用意して置く。この店の方針として、肉を売るのではなく、あくまでお客様の需要の変化に対応するのが目的である。海産物は、売値は高くなるが冷凍物を用意して置く。お客様の記念日とか、何か良い日の時に、高めが売れるようなメニューを作って置く。メニューを絞り込むことにより、仕入れを少なくして、値段の高いメニューと、安いメニューを作り、中間のメニューを売って行く方針である。ここで考えなければいけない事は、廃棄を出来るだけ少なくすると言う事。かといって、古くなった食材を使うと、味が落ちるため、古い食材は廃棄するが、これを出来るだけ少なくする。たとえば、メニューを売れ筋のスパゲッティーとピザに絞り、これらのメニューを多く売り、他のメニューの食材を少なく仕入れすることで廃棄を少なくする。ランチタイムに、昨日の余った食材を使った料理を日替わりとして出し、スパゲッティーやピザは売値を変えない。女性が好むデザートのアイスクリームとケーキは、毎日変化をつけ目先を変える。  一般に、食べ物と言う人間の口に入るものは、本能的に、変わった物を拒否する傾向があり、特別、受けを狙ったメニューは、受け入れられない。一昔前まで、チーズでさえ石鹸臭いとか言われ、受け入れられなかった様に、生理的に拒否される。そこで話題性つくりとして、変わったメニューを作るのだが、特別変わっていず、目先だけ変え、「これは面白い」と、受けるメニューを作り出す。売るのが目的でなく、話題性を提供する目的で作る。たとえば、パスタの麺でラーメンかうどんを作り話題性を出す。また、定期的に少しずつ珍しい食品を加えお客様を慣らす。お客様の中には、新しい物好きの人が必ず居て、何でも新しければ良い、そんな人に限って新しい事が自慢で宣伝係りのように言いふらし、いつも何か新しいものはないかと探している。一般のお客様も、新しい食品に慣れてくると、お客様はだんだん味を覚え、旨さが分かるようになるので、話題性と、メニューのバラエティーとして、目先の変わったメニューが作れる。  本来イタリヤ料理と中国料理は、よく似ており、その昔、シルクロードを通り伝わったと言われるほどで、その土地に出来る食材を用い作ったので、少し目先は変わっているが、此れはどっちが 「卵か鶏か?」 の世界だ。  値付けは、スパゲッティー850円、 ピザ850円、 ラザーニヤ800円、 グラタン800円 、サラダ600円 、飲み物300円 デザート380円、 ワイン1500円から5000円位の値付けで、これに高いメニュー、海産物のロブスターやステーキなどの肉料理が加わる。この値付けは、あえて高めにして置く。お客の心理として、高 、中 、低 、と値段があると、中が、一番売れるので、その一番売れる値段を、割安と感じるようにすると、総てが安く見える。海産物や肉料理は2000円以上からとして高いメニューのイメージを持たせ、これはお客が何か良い事があった日などの、特殊なメニューとして売れる。  ランチは650円で、日替わりとし、別にコーヒーやソフトドリンクを100円で売り、アイスクリームやケーキは200円で売る。  ディナータイムで、カップルのお客様が来たと想定する。まずテーブルに座わり、飲み物を注文する。グラスワインとジュース、これは、男のほうが女性を酔わして口説こうと仕掛ける。そこで、ワインなどを男が勧めるが、最近の女性は心得たもので、男の裏を読み、初めから酔うとまずいので、さも乙女のように、ジュースを頼む。これでグラスワインが350円、 ジュース300円が売れる。健康目的と口直し、ファッションから、 サラダを二種類取り1200円、 メインコースとして男性は海産物のスパゲッティー850円、 女性はグラタン800円を取り、これでは少し少ないので、その食欲を満たす意味で、 二人でピザ一枚をとり850円の注文が入る。空腹のため、これらを食べ終わり、皿を下げられると、ここで帰ら無ければ成らないので、デザートを頼む。アイスクリーム又はケーキで二品760円、カップルで仲良くデザートを食べ満腹になり、もう十分なのだが、もう少し二人で話していたいので、コーヒーまたはティーで600円を取る。これで合計5710円一人当たりの単価2855円となる、旨くすると持ち帰りのピザか、食事中のボトルワインが出る。この辺が [コサマンジャーレ] のメニューと客単価平均2000円の目安だ。この2000円と言う金額は、あくまで平均で、遣ってくれない人も多く、ピザ1枚で長々とピーチクパーチク話す人達も多い。そこで、この客にどうして遣わすか、と言うところが、平均2000円を売り上げると言う数字の難しいポイントである。これに税金が付くのだが、税金は国が取るので別料金だ。最後に、お勘定を頂お釣りを返すときに、チョコレートを一粒サービスする。男性も女性も何か一品タダで貰うことに喜びを感じるものである。女性の場合は寄り以上の好感を持つ。チョコレートは多くの人が好み喜ぶことと、チョコレートに含まれる「エンドルフィン」が脳を刺激して、満足感や幸福感を感じさせる。一粒チョコレートを貰う事により、この見せは良かった、美味しかった、楽しかった、来て良かったといったイメージをお客の脳が感じる。これでお客の心を掴んだことになる。チョコレート一個でお客の心が掴めるとは安いものである。東京の郊外新興住宅地なので、あまり高いメニューは売りづらく、家賃が安い面で利益が出ると思われる。こうして 「コサマンジャーレ」 はお店を無事開店する。  畳み貯金
   *喜ろこび  「コサマンジャーレ」は、経営戦略と努力の結果、順調に繁盛して5年の歳月が経った。チャーリー北原は、36歳に成っていたがまだ独身で、お店の近くにアパートを借り、毎日仕事場とお店を行き来する日々である。以前、何度かお見合いの話が両親からあり、見合いをしたのだがうまくまとまらず、うまく行きそうに成ると、つい昔の悪い癖が出る。  チャーリー北原には、学生時代より少しおかしな癖が有り、ストレスが溜まると激しい頭痛に見舞われ、痛さの余り柱に頭を血が出るまでブツケ、血が流れ出すとスーッとして 「ニヤニヤ」する。この後突然 「ひゃひゃひゃひゃ」「ひゃひゃひゃひゃ」 と笑い出すのが癖で、「ハッハッハッ」 と笑えばいいのに、なぜかノドチンコが癇癪を起こしたように笑う。チャーリー北原の今の喜びは,毎日セッセと売り上げの一部をアパートに持ち帰り、畳をめくっては綺麗に並べその金を眺める事にある、お金を使う事無く溜め込み夜な夜な眺めては「ニヤニヤ」「ひゃひゃっひゃひゃ」と楽しむ。アパートに住んでいても、夜中に時々 「ドンドン」 と音がして 「ひゃひゃひゃひゃ」と笑い声がするので、隣の人が驚き、チャーリー北原のアパートのドアーを叩き [どうかしましたか?急救車を呼びましようか?」 と声を掛ける。チャーリー北原は、慌ててドアーの内側より 「大丈夫です、チョット滑って転んだのです」 と返事をする。それでも、相変らず夜中に [ひゃひゃひゃひゃ」 と遣っており、最近では、隣の人も慣れっこで、又遣っているぐらいに思い、ドアを叩かなくなった。見合いのときも、話がうまく行くと嬉しさの余り 「ニヤニヤ」 突然 「ひゃひゃひゃひゃ」 「ひゃひゃひゃひゃ」 と笑い出すので相手が気持ち悪がり、いつも見合いは壊れ、おかげで今でも、レストランの主人と言っても結婚相手が見つからない。チャーリー北原は、一見好青年で感じは悪くなく、女性に持てそうな印象なのだが、この笑いさえ直れば結婚できるのに、と周りの意見だ。独身であるチャーリー北原の、今の女性に対しての喜びは、仕事中、美しい女性のピザを食べる口元を見ることで、とけて白く伸びたモツアレラチーズが、美しい女性の口元から白くあふれるのを見て、卑猥なイメージを思い浮かべることを、仕事中の喜びとしている。  もう一つは、チャーリー北原自身、お金を稼げる様に成った今でも、金を有意義に如何にして使えばいいのか判らない。過去に大金と言うものを使ったことが無く、普通のサラリーマンの家庭に育ち、普通の生活には困る事は無く、生まれ育ってきたが、イザ金を稼ぐ様になって、泡く銭ではなく、毎日働いて稼いだこの金を「無駄遣いでは無く、どういう風に有意義に遣えばよいのか」判らない。生まれつきのケチかもしれないし、過去に大金を遣った経験が無いので、遣えないのかも知れない。しかし、「金が溜まると言う事はうれしい」と感じるチャーリー北原であった。  チャーリー北原は、儲けた金を金利の一銭もつかない銀行に預けず、自分のアパートに持ち帰り、畳を持ち上げその金を並べ、眺めては、一人で 「ニヤニヤ」 突然 「ひゃひゃひゃひゃ」 「ひゃひゃひゃひゃ」 と笑う。お金の量が多ければ多いほど、喜ろこぶことを一つの趣味のようにしている。これは学生時代より、試験において 「点」 をとることが一番良いことだと思い、試験の内容など覚えていなくとも、試験の点さえ良ければ優等生のように思ってきた。チャーリー北原の悪い癖が、今でも金を多く貯めることがさも成功者のように錯覚している。毎晩現金を眺めるのだが、「人間は欲望の動物である」少しずつ不満になってきた。「もっと稼げる道は無いのか?」欲望とはオチンチンのように段々大きくなるものである。(限界は有るが)  そこで今よりお店の売り上げを上げるためには、何か新しい儲かる商品を開発しなければいけないと考えはじめる。「コサマンジャーレ」だけでは限界があると考える。そこで今流行の健康と美容をコサマンジャーレのメニューの加えられないか?と知恵を絞る。何か不価値がある儲かる商品は無いものか?、これを見つけお店のお客に売る。  最近は、イタリア料理はカロリーが高いと言われだしている。そこでこのカロリーの高い商品と一緒に食べ健康になるし又、美容にも良い商品を開発して売り上げの増加を狙う。この商品はカリスマ的商品であるべきである。たとえばこの商品が本当に健康に良いし美容にも良い、と信じこますことが大事である。そしてお客に持ち帰る事が出来、それをお客が転売する事の出来る商品である事、お客も儲けられ、店も無限に売り上げを上げていくことが出来るような商品を開発すること。これが今のチャーリー北原の商品開発目標である。  そこで、イタリア料理の脂濃さを消す、健康と美容に良いイメージのある、ヨーグルト、赤ワイン、オリーブオイルを混ぜ合わせスパイスやハーブを混ぜた、自家製サラダドレッシングを開発する。このドレッシングは特別変ったものではなく、少し赤ワインを入れる事によりドレッシングの色がピンクと成り、高価なトリフをチビットだけ入れ香りと高級感を出す。総ての商品はイメージであり、食べ物の場合は特別変わっていないこと、宣伝と見た目でお客に販売する。お客はイタリヤ料理の油濃さを求め、食べに来るのだが、最近のイメージとして健康志向に傾いた商品が受けている。この自家製ドレッシングをお客に売り家庭に持ち帰らせ、家庭でも「コサマンジャーレ」の味が楽しめるという売込みをする。そしてこのドレッシングを他の家庭の主婦に転売する事により「コサマンジャーレ」のお客はドレシングの売り上げの25%をもらえる仕組みとする。すなわち「コサマンジャーレ」のお客が自然に販売人に早代わりをする事になる。  女性の多くは「コサマンジャーレ」に来て食事をして、小遣い稼ぎまで出来る道がある事を覚えさす。女性の心理として、お金を出し何かを買うのだが、それにサービスで粗品などもらえると大変得をしたように思う真理が働く、それを利用して食事をして、さらに「コサマンジャーレ」ノドレッシングを友達に話し、小遣い稼ぎが出来る。こんな得な話しはないとお客は喜ぶ。  お客が友達や知り合いに「コサマンジャーレ」のドレッシングは健康と美容に良いと宣伝することにより、売り上げ量を上げていくと自然とそのお客は収入のパーセンテージが上がって収入が増えるようにする。「コサマンジャーレ」のドレッシングは可愛い綺麗な女性に受けるように作られ、健康と美容に良いと色々詳しくさもそれらしく書かれて有り、「3ヶ月目より目に見えて効果が出る」と下記加えることで、一本のドレッシングが一ヶ月で消化されると仮定すると三本売れる計算である。人間の記憶は75日といわれるように、しばらくすると新しいことに興味がわき、ドレッシングに書かれた健康や美容について期待したことなど忘れてしまうため、どのように健康と美容に良いか?などといったことに興味を失ってしまい、又新しい商品を探し求めるものである。その点を強調する事によりお客に口コミでドレッシングを売らす。  このドレッシングが大当たりして、売れに売れた。チャーリー北原の目論見がまんまと当たり売り上げが増え、「コサマンジャーレ」はすでに損益分岐点を以前から越えており、その上ドレッシングの売り上げが上乗せされたので、チャーリー北原の畳み貯金はますます増えることになる、「濡れ手に泡」ではなく「濡れ手にドレッシングの泡」である。  チャーリー北原は一生懸命、お店を繁盛させる為の努力をするがために、夢中になり、他のことを考える暇が無く、金を溜め込む事が、さも良いことのように、せっせと、畳みの下に隠し溜め込む。この金を、使う物ではなく眺める物、貯める物と間違え。毎晩畳をめくっては「ニヤニヤ」「ひゃひゃひゃひゃ」「ひゃひゃひゃひゃ」とその金を眺め、一人悦にいる。チャーリー北原自身は、税金などは出来る限り払うものではないと思い、経費で落ちる金以外は使わず、売り上げの一部を畳みの下にしまいこむ。従業員には、出来る限り使うように勧め、自分自身は毎日、セッセェと畳の下に隠し、夜な夜な、畳みをめくっては「ニヤニヤ」「ひゃひゃひゃひゃ」「ひゃひゃひゃひゃ」と楽しむのだった。  こんなチャーリー北原にも、一つの夢が有る。子供のころ、何かの本で見た一枚の写真、白い帆を揚げ、真っ青な海をセーリングしているヨットの姿が、心のどこかに印象として残っており、ただ漠然といつの日か、南太平洋の暖かい海をセーリングして見たいと夢を見るのであった。  年は過ぎて行き、毎日毎日、「コサマンジャーレ」で働く独身のチャーリー北原は、自分の食事は、店でする為、カロリーの高いイタリアン料理を毎日食べ、自然とカロリーオーバーになって行く。自家製ドレッシングを掛けてサラダを食べるのだが、ドレッシングも宣伝と違いカロリーが高く、チャーリー北原自信が考えだしたとは言え、美味しいものには毒があるように,決して宣伝のように現実には健康に良く無いのが常である。お店に自分が仕掛けた罠に、自分自身がはまってしまう。豊かになるというのは怖いもので、レストランオープン時にはスマートだったチャーリー北原は、毎日忙しく体を動かし働くにもかかわらず、毎食1000カロリーもあるピザやスパゲッティーを食べていると、次第に下腹は張り出し、顔はポッチャリと言えば聞こえが良いが、不健康な太り方で、ムクンデいるといった方が良いほどに、あごは二重になりつつあり、下腹はもちろん横腹、 尻 、太ももなどに脂肪が溜まり、歩く姿も見っとも無くなってきた。まるで昔行った、イタリアアンレストランの主人の様に太ってきた。以前は、太ったその店の主人をからかい、馬鹿にしていたが、毎日知らず知らずに、自分も太り、胃袋も大きくなり、今まで一食でよかった食事が、二食分位食べる様に成ってきている。しかし、繁盛している店の主人、チャーリー北原には、誰も醜いとは言う人も居らず、金が有ると思うと周りに居る人も、カップクがあるとか、貫禄が出てきたとヨイショする。自分の体が、毎日畳み貯金が増えるのと同じく、少しずつ醜い中年の体形ヘと変わっていくのだった。この頃では、美人の女性の口元を見るのも嫌となり、以前は感じた性欲も無く、今では、口元より溢れるモツアレラチーズを見ると腹が立ち、「安いモツアレラチーズは、納豆と同じ糸を引くたんぱく質を利用してあるとも知らず、{美味しいわ、このモツアレラチーズ~~}などといいながら食べている」、「 この、メス犬め、頭から水をぶっ掛けてやろうか」、けして言葉では言わないのだが、心の中でつぶやく。何故か、以前には無かった怒り、無力感、疲れやすさを感じる。休暇を取らなければと思う。チャーリー北原は、糖尿病に懸かり始めているのだった。今年も休暇の時が来た。以前より、お客の一人からニュージーランドが良い所だと聞いており、今回は行って見る事にする。
  * ニュージーランドの休日
ニュージーランドは、オーストラリアの東にある島国で、面積は、日本の約70%に人口約400万人と 、ちようど静岡県と同じ位の人が住んでおり、一人当たりの面積は、日本の約21倍。この国は、北島と南島に分かれ、国民の四分の一が、北島に住んでいる。国民の何十倍も羊が住んでいる牧畜の国で、林業や漁業が盛んな国、ヨットとラクビーが有名だと聞いた。ここでロッジをやっている日本人夫婦がいると紹介され、ちょっと興味があるので行くことにする。夕方成田空港を出発し、寝るともなく寝てしまう。まもなく夜が明け、もうじきニュージーランドに着陸するとのアナウンスで目が覚める。朝もやのニュージランドを空から見ると、一面グリーンが目に入り、その朝もやの白とグリーンが、ペイントを混ぜスプレーで噴いた様な色合いに見える。その周りに色とりどりの屋根が散らばり、空港のそばと言うのに、羊が点々とウジ虫のように散らばっている。空気が綺麗なせいか、高原のような景色だ。直ぐそばに海が見えるので、決して高度が高いと言う事も無ないはずだ。日本の空からの風景は、スモッグの霞が懸かリ、どの屋根も同じ型で、色も黒く、何んとなく陰気な感じがあり、その所どころにビルが建っていると言うのが、日本の空からのイメージであるが。この国は同じ屋根が無いのでは?、と思うくらい、形も色も、とりどりで明るいのだ。  空港には、すでにロッジオーナーが迎えに来ており、車でロッジに向かう。途中小さな田舎町で、休憩がてら止まり、少しぶらつくと、銀行と思われる、日本ならさしずめ郵便局の様な小さな建物の前に来た。その銀行にぶら下がっている掲示板に、銀行金利が5,7%と出ている。今時日本では、銀行金利は0%だと言うのに、もしこれが、チャーリー北原の間違いでなければ 「これは使える」 と閃く。単純に考えても、日本で3,5%で借り出し、ニュージーランド5,7%の金利を貰えば儲かるではないか、後でロッジオーナーに聞いてみよう。ロッジに着き落ち着くと、早速銀行で見た金利の話を聞く。「先ほどの銀行では、貯金金利が5,7%と出ていましたが、本当ですか?」。オーナーの話によると、銀行金利は正しく、利子所得に税金が掛かるので、もし持ち金を投資するのなら利益が出るのだが、借り出した金では、利益があまり出ず、交換レートの問題もあり、リスクの方が多いのではという話だ。システムは日本と同じだが、外国人は、この国に住んで居なければ税金は利子所得の15%と、安くなるという事だ。もしこの国に住んで居ると収入金額にもよるが金利所得の24%~39%引かれる。それは、外国居住者は、福祉のよいこの国のメリットを請けられないからである。そして、口座は$100より作れる。と、ロッジオーナーは説明する。チャーリー北原は 「これは使えそうだ」 試しに作っておこうと考える。  チャーリー北原は、税金を払っていない畳み貯金を何処かに隠し換えなければと思っていた所だった。ニュージーランドは安全で良いところだし、金利まで貰える、この国で貯金して利子を貰い増やす。これは魅力的だ。どうせ今のところ使う予定のない金だ。畳の下の金は、又増やせば良いのだ。それを考えると喉チンコが引きつる。 [ひゃひゃひゃひゃ][ひゃひゃひゃひゃ] 又、笑ってしまった。その笑い声にロッジオーナーが驚いたが、何も聞かなかったように元の顔に戻る。  一週間の滞在だったが、オーナーの案内であちらこちら見て周り、観光も出来たし、ニュージーランドの事も色々と教わった。銀行口座も作ったし。心の洗濯もしノンビリも出来た。また忙しい日本へ帰ることにする。  長期休暇が終わり、また何時もの生活に戻る。 「コサマンジャーレ」 をオープンしてから10年過ぎ、今でも経営は順調で、従業員も安定し、古い客が新しい客を紹介して、客数は落ちず、昔ピザを食べ、モツアレラチーズを口から溢れさせていた美人の女性客も、今ではイタリア料理の食べ過ぎによりブクブク太り、まだ子供を連れピザを食べに来ている。日本経済は相変わらずの不況であるが、食べ物はどんなかたちであっても食べなければ成らない。これが飲食業の強いところで、「コサマンジャーレ」 は順調に利益上げている。  二回目のニュージーランド行きの時が来た。AirNZ305の乗客となったチャーリー北原は、ニュージーランドに着いたらロッジオーナーに、畳み預金を移し変える方法を相談してみようと考えている。飛行機は、不景気のためか空席が目立ち、座席の肘掛を上げ横になり眠る。日本の生活は、忙しく、ストレスフルなせいなのか横になるとすぐに眠ってしまう。突然、頭の先から声が掛かり、もうじきこの飛行機はランディングすると起こされる。チャーリー北原は、ボーットする頭を上げ、渡されたオシボリを広げ、顔に乗せる。温かいお絞りの湯気が毛穴を広げ、目の神経を刺激して脳を揺り起こす。頭がしっかり目を覚ましたところで、飛行機の小さな窓から外を見る。今回の飛行機はフィージーストップオーバーのため高度を下げ始めている。小さな窓から見える景色は南太平洋の青い海で、日本では見られない真っ青な海に白いヨットが一艘セーリングしているのが見える。透き通ったブルーの海に、リングの形をしたリーフが見え、それに白い波が当たり、より美しく、白とブルーが対照的に、リーフを浮かびあがらせて見せる。チャーリー北原はつぶやく 「美しい」。 彼が、子供のころから心のどこかに記憶として残っている、その夢に見、憧れた景色が、そこに在るのだ。またつぶやく 「美しい」。飛行機は、ストップオーバー後、再び南太平洋の上空を飛ぶ。昼食が運ばれてきた。グラスに入れられたレッドワインを一口飲み、昼食の蓋を取る。いつもの匂いが溢れる。イタリア料理だ。さすがに、毎日食べている食事であり、今日はせっかくの休みなので、心では出てくる食事も何か違うものを期待していてる。今日もイタリヤ料理ではさすがに食べる気がしない。「今日は休日なのだ」 とつぶやく。食事のふたを閉め、ワインを飲み干し、また眠る。「日本の生活はなんて忙しく疲れるのだ」と思いながらまた眠ってしまう。次に起こされたのは、オークランドにもう少しで着くとアナウンスがあり、シートベルトを締めるように言われる。前回と同じく、見覚えのある青い空とグリーンの大地が見え始める 「もう直ぐオークランドだ」。飛行機は、無事オークランド空港に着陸し、税関を終え、迎えのロッジオーナーと会い、車でモアナの町にあるロッジへと向かう。モアナの町は、時間が止まった様に一年前と変わらず、美しく、静かに心地よい風が吹き抜ける。日本での一年は、長く変わりやすい。毎日の努力無しでは、ビジネスの存続は有り得ない。毎日新しい店が出来ては、消えていく。「コサマンジャーレ」 は繁盛している、と、いえども毎日の努力は必要だ。窮地に立たされたサバイバル的な環境では、死ぬことを考えると本当に死んでしまうそうだ。こういう場合は、楽観的に物事を考え、切り抜けるのが得策だと言われている。商売も同じで、不景気な世の中において、店がつぶれると思うと、経営がだんだん悪くなる。このような時も、楽観的に考え、努力を怠たらなければ、いい方向に行くと、経営者は考え無ければいけない。 「ふぅっ」と、畳み貯金が、頭に浮かぶ。特別に今使う予定はないのだが、この金をどのように有意義に使おうかと考えてしまう。税金を払っていない金は飲み食いかギャンブルぐらいしか使い道が無いのだ。  ロッジにたどり着き、手造りビールを頂きホッとする。これは、チャーリー北原の目的のひとつでもある。手作りビールを飲みながらロッジオーナーとニュージーランドの話を聞いていると面白い話が出てきた。南米から南太平洋を貿易風に乗ってニュージーランドの原住民マオリ族はセーリングして来たと話す。麻薬も同じコースで、南アメリカからオーストラリア、ニュージーランドヘ、貿易風に乗りヨットで運ばれて来るらしい。一度オーストラリアやニュージーランドに入ると、後は、簡単にアメリカやイギリスへ運べるそうだ。麻薬で儲けた金は南太平洋の小さな国で両替えされ、綺麗な金としてマネーランドリーされる。産業を持たない南太平洋の小さな国では出稼ぎに収入を頼っており、出稼ぎで稼いだ各国の金を国民が持ち帰り両替えするため、無条件でマネーランドリーが出来るそうだ。チャーリー北原はロッジオーナーの話しは興味深いと感心する。  もう一つ良い話を聞いた。それは、ニュージーランドでヨットを造り、南太平洋をセーリングして、南太平洋を渡り、このヨットをアメリカで売ると、儲かるという話である。この国は、数年前通貨を切り下げたので、今、NZ$1ドル50円と安く。そこでニュージーランドでヨットを建造して、アメリカで売ると3倍で売れる。アメリカのリタイアした老夫婦が、のんびりと世界一周のセーリングに出るため、ヨットを買い求めている。クルージングに適した船を、ニュージーランドで造り、アメリカで売れば儲かると言う話だ。チャーリー北原は閃く 「これだ!」夢が叶うかもしれない。南太平洋をヨットでセーリング出来て、おまけにヨットが3倍の値で売れる。これしかない。胸がときめく。悩んでいた畳み貯金の、行き先が見えたように感じる。 [この話はいけるかもしれない!」もう少し細かい話を聞いてみよう。  チャーリー北原は、ロッジオーナーに、「ヨットを買って見たい」と相談する。しかし、チャーリー北原は、何もヨットのことを知らないので教えてほしいと 、ロッジオーナーに頼む。ロッジオーナーもOKしてくれ、滞在中、ヨットの講義をしてくれることを約束してくれた。今回は、少し現金をバッグに入れ運び込んだので、ニュージーランドの自分の口座に入れる。初めての外貨貯金だ。
   * ヨットの世界
  チャーリー北原は、マリーナに来たのは、生まれて初めてだった。そこには、形や大きさもまちまちな千艘位のヨットやパワーボートが浮き、桟橋を挟みズラーと並んでおり、益々、南太平洋セーリングの夢を描き立たす。   彼にとっては、写真では見たことが有るが、本物を見るのは初めてで、新しい世界だ。 非常に興奮する。夢に見た、あの青い海と白い帆を揚げた、ヨットの世界に、一歩足を踏み込もうとしている。 「夢ではないのか」 自分のホッペタを軽く叩いてみる 「痛い」 夢じゃない。マリーナをロッジオーナーとゆっくり歩きながら、船を見て回る。そこには船をペイントしている人。エンジンルームを開け、オイルを交換している人、船を洗い、綺麗に磨き上げている人、その人達と目が合うと、軽く頭を下げ 「ハロー」 と挨拶をする。浮き桟橋をゆっくり歩きながら、一艘ずつ覗いて回る。平日のマリーナは、余り人も居なく、静かで、のんびりした、優雅な雰囲気だ。ロッジオーナーが、チャーリー北原に説明する。一口にヨットといっても、用途に応じていろいろなタイプが有り、自動車と同じくスポーツカー、レーシングカー、普通乗用車などと分かれている。たとえば、レーシングヨットは、出来る限り軽く造り、形状も出来る限り抵抗を少なくする。その為に、高価な材料をふんだんに使い強度と軽さを保つ、船底形状は、出来るだけ水中抵抗を少なく造り、平らで、スピードを増すことにおいて、直進安定性を保つように設計されている。ブロードリーチの(斜め後ろの追い風)よい風があるときは、スピネーカーをあげ船先を持ち上げ、モーターボートのように速く走る。 次に、日常において船で休日を楽しんだり、ヨットクラブの、お楽しみレースに使う、レーサークルーザーというのが有る。これは適当に速く走るように軽く造られており、安価な材料を用い、強度はレーシング艇より弱く、沿岸沿いで乗るように設計されている。もうひとつは、クルーザータイプで、外洋を長期航海できるように強く造られる。したがって船の重量は自然に重くなってしまうが、船足は遅いが荒れた海でも安全に航海でき、船内での生活が便利なように設計されている。このタイプの船は強度と居住性を中心にデザインされる。簡単に説明をすると、このように分かれている。チャーリー北原は、説明される度にうなずくが、まだチンプンカンプンでよく分からない。とにかく、ロッジオーナーが薦めるチャーリー北原の目的に合ったヨットは、クルージングタイプだと教えられる。 説明はつづく。ヨットには、キールというものがあり、このキールに鉛が入れてある。それによって、重心を下げ横流れを防ぐ。チャーリー北原は、頭の中がだんだんコンガラガッテ来た。とにかく、ロッジオーナーが強く薦めるのは、カタマランというタイプのヨットだそうだ。このカタマランというのは、昔ポリネシア人が、カヌーを二艘平行に並べ、その二艘を横板でつなぎ、居住性を確保したのが始まりで、キールがなく、軽く、居住性があり、二艘を並べることで、その間を流れる水は、ガソリンエンジンの気化器と同じく、外より中の方が速く、その勢いが船を進める力となり、風が作り出す前進力と合わせより強力に前に進む力となる。そのため他の船より速い。しかし、もし転覆した場合元に戻れない。外洋の波長は沿岸より長く、40フィート以上の船が欲しいとのことである。この転覆した時にヨットが起き上がらないところに、一つの問題があり、今まで人気が無く、船体も大きくマリーナに止めづらいこと、どうしても高価になるため、多くのセーラーはモノハル「単体船」を選んだ。最近はカタマランも良い船が出来、船足も速く、居住性も有り人気が出てきた。カタマランもモノハルも最悪の場合、転覆したと想定すると、船内に居るセーラーは、転覆した時に同じように怪我をする可能性が有り、モノハルは復元するが、やはり船体にダメージを受け救助を求めることになる。カタマランも転覆すると起き上がれないため、救助を求めざるを得ない。しかし40フィート以上のカタマランになると、簡単には転覆しないし、情報が多い今の世の中では、船足の速いカタマランが荒天から逃げやすいので有利だ。このカタマランと普通のヨットのモノハル艇の単純な違いは、船体が二つ有るということと、船体の大部分がモノハルに比べて海面上に出ていることで、水中抵抗が少なくてスピードが出るし、また軽い。チャーリー北原は、何となく、少しわかったような気がする。しかし、買う前にもっとヨットのことを勉強しなければと思う。今日の勉強で、一番興味を持ったのは、カタマランであり、居住性があることと、スピードが速い点である。  ここニュージーランドは、ポリネシアントライアングルの一方の端で、タヒチ、ハワイ、ニュージーランドを、線で結ぶ三角形をポリネシアントライアングルと呼ぶ。このポリネシアン三角形を昔の船乗りのように、風を使い、セーリングすると想像すると、チャーリー北原は、胸がジーンと熱くなるのを感じる。この自然を利用した乗り物は、とてつもなく広いこの海を、木の葉のように風に乗りどこまでも進める。そして、何にも邪魔されずに、未知なる世界にたどり着ける。こんな夢の有る乗り物だ。  マリーナの帰り道、チャーリー北原とロッジオーナーは、半島の先に噴出した富士山のような形の小さな山に登ってみることにする。この230メートルそこそこの山は、市民の憩いの場となっている。二人は急な坂道をゆっくりと登っていく。約30分ぐらいで頂上にたどり着いた。気持ちのよい風が二人を包み、薄っすらと汗をかいた体に心地よい。たった230メートルなのに、高山地のような、冷たく、新鮮な、風を感じる。ここから見るモアナの町は美しく、段々畑に色とりどりの家が建ち並び、人々が景色を楽しみながら、自由に生活している様に見える。これが日本なら、同じ家がズラーと並ぶところだと、チャーリー北原は思う。頂上からは、360度見渡せ、外海の北にポッカリと見えるのがミイヤ島、東に見えるのがモエモエ島、その沖に少し霞んで見える、煙を吐いている活火山はイエロウ島、湾の出口対岸にある松が植林された長い島がマタマタ島、長く延びた海岸線に白い波が当たり、美しいビーチを形成している。湾内は、天然の良港で、フルーツや木材、乳製品が世界に輸出されているそうだ。チヤーリー北原の店で使ってる乳製品も、ここから輸出されているのかもとチラッと頭をかすめる。  今ここに、赤と白の縞模様のパラシュートを広げ、海に向かって飛び立とうとする若者がいる。海から吹く上昇風をパラシュートいっぱいに受け止め、突然フワッと風に持ち上げられ、足が地面より浮き上がる。音もなくそのまま海に向かって飛び立つ。そして、Uターンして二人の上空3~5メーターを通り過ぎる。二人に見せたいのか、サービスなのか、又通り過ぎる。その時、パラシュートの音が「パサパサパサパサ」 「シャー 」 と聞こえ、赤と白のパラシュートに包まれる。青い空と太陽が消え、一瞬、赤と白の原色の世界に入る。どこか異次元の世界に居るみたいな錯覚に落ち入る。チャーリー北原は、きっとヨットで南太平洋をセーリングするのも、このような世界だと想像する。チャーリー北原は、しばらくの間パラシュートを見つづける。海に向かって行ったかと思うと又戻って来て、気持ちよく空に浮かんでいる。やがて、少しずつ高度を下げ、白く波が寄せる浜辺へ向かって降りてゆく。パラシュートが、二人の視界より消えたので、二人も山を降りて車に戻る。今日のチャーリー北原は、初めての世界をいっぱい見たと思う。体がポッポと熱くなるような、もっと知りたい、もっと見たい、もっと感じたい、と興奮する。 「知らない世界を見ると言う事は、何て興奮するものなんだ」。  滞在中、毎日ヨットのことを教わり勉強をつづける。ロッジオーナーは、よく知っている訳で、昔GPSが無かったころ、夫婦で南太平洋を7ヶ月掛け、ヨットでセーリングしたことが有るのだ。セキスタントで天体を測り、昔のセーラーがやった様に航海したそうだ。その頃は、情報も少なく、海図も不正確で、ハプニングも多く。その分、島々の人々は心優しく迎えてくれ、自然も豊かだったし、冒険心も多く、本来のセーリングができたという話だ。今は便利になり、観光旅行のようなセーリングになり、夢がなくなったとロッジオーナーは嘆く。 行く先々の島でも、観光客を待つ人達が金を落とさないかと待ちうけている。  一週間が経ち、日本に帰る日が来た。日本に帰ったらもっとヨットの勉強をしよう、と、チャーリー北原は計画する。
  畳み貯金の使い道
    *決断    日常生活に戻ったチャーリー北原は、毎日、朝から夜遅くまで働く日々をまた過す。休みの日でも店は営業している為、一日一回ぐらいは様子を見に店に顔を出す。そのため、彼の頭から仕事が離れない。  ある朝、足が針で刺されたような痛みを感じる。我慢して1~2日足を引きずり働いたが、痛みが、親指の付け根より足首に移り、その後膝が激しく痛むようになり、ついに、我慢できずに医者に行く。医者に糖尿病による通風と診断される。昔は、「死んだほうが良い」と言われたくらい痛い病気だったが、今では良い薬があり、2~3日で痛みが取れるとの事、強い薬なので飲みすぎると副作用が心配だ。  チャーリー北原は、今だに独身で、毎日、店でカロリーの高いイタリアン料理を食べ、糖尿病になり、通風となってしまった。チャーリー北原は落ち込む。毎日一生懸命働いて、畳み貯金を作り眺めてはホくそ笑んでいたが、その金を使う事無く結果は糖尿病になってしまった。おまけに万年床に痛みをこらえ寝転んでいる時テレビのニュースが、チャーリー北原の通風の痛みを刺激する。日本紙幣が新しくなるというニュースが流れる。驚いたチャーリー北原は万年床から起き上がりテレビを睨めつける。ニュースはあと一年で新札が発行されると流れる。チャーリー北原はますます落ち込み目から涙が流れるのを感じる。畳の下の金が旧札と成り使えない金となってしまう。大量の旧札は畳の下で湿気を吸い取る紙となると思うと涙が流れてくる。       「俺はなにを今までしていたのだ」安定した仕事を辞めて、幸せを求め今の飲食店を開き、やっと成功したと言うのに。結果的に得たのは、病と使えない金だった。「俺は何を求めていたのだろう?」 「アメリカの映画の様に豊かな生活とかっこよい生き方なのか?」 「何故そんなものが欲しいのか?」足の痛さをこらえ落ち込んだ頭で考える。店の経費で買った、周りの人達がうらやむ高級車に乗れるようになった。立派な成功者のような顔をしてその車を乗り回し、今まで、給料取りだったときより、毎日現金が入ってくる生活になり、小銭に困る事は無くなり、一見、豊かになった様に思うが、やはり、生まれながらの貧乏性が災いして、毎日働いた金を無駄づかいはしたくないという気持ちから、なかなか金が使えずに溜め込むばかりだ。アパートの一室に寝泊りして、朝から晩まで働く毎日。ぴかぴかの車を休みの日に、よりピカピカに磨き上げ。スピードが出る車を50キロで走らし、自分はレーサーだとでも言うように反り繰り返り、町の中を走り回る。これが、何故、アメリカ映画の主人公なのだ?、もし、アメリカ映画の主人公ならば喜劇映画だろう。寝返りを打つたびに、ズキンと痛くなる自分の足を「痛い」と叫び摩りながら、チャーリー北原は、今日までの生活を振り返る。漠然としか今まで考えていなかった自分が求める幸せ像を、アパートの万年床に転がり考える。高級な服を着て、高級な車に乗り、人からチヤホヤされる生活が、自分の人生の目標だったのか?そんな事はないはずだ。今の自分の周りに居る人達との人間関係を考えてみても、商売が上手く行っているので寄ってくるタイプの人達ばかりだ。もし商売が失敗したら、この中で誰が今までどうりに付き合ってくれるか?。朝から夜まで働いて、アパートに帰る生活の何処が「夢を求めてなのだ」。「痛い」また足が痛む。こうなると早くヨットを買うしかない。思い切って生活を変えるのだ。この金でヨットを買い、夢の南太平洋をセーリングして、アメリカで売るのだ。そう決めると、ひとつ問題が出てきた。ヨットの事をまだ何も知らない。そして畳の下の金を如何してニュージーランドに運び込むか?。「痛い」足が痛む。この件について、至急、ロッジオーナーと話し合わないといけない。そう思ったら、居ても立っても居られない。  足の痛みが消えたのを幸いに、 ニュージーランドに飛ぶ。金の支払いや、畳み貯金の、細かい話をして、ヨットを探してもらうことにする。ヨットは少し日本でも勉強したけれども、まだ時間が必要であり、買ってから覚えていくしか、今は時間が無い。どうせチャーリー北原にはヨットの事はわからないので、ロッジオーナーに一任して、見付かったら知らせてもらい、そのヨットを見て決める事にする。駆け足で二日の旅だった。ニュージーランドより日本に戻り、仕事に復帰する。仕事を休んだ分、いつもより長時間働く忙しい日常に戻る。  一ヶ月ほどして、ロッジオーナーからヨットのことで連絡が入る。外洋航海用のカタマランがあり、この彼もアメリカに売る予定で造っていた。本職のボートビルダーで、名前はジョンという。造船資金が底をつき売りたいと言っている。今までの、材料と労賃で、合計約3500万円で売りたいそうだと、ロッジオーナーから話しがある。  チヤーリー北原の畳み貯金は、すでに一億円ある。造りかけのヨットを3500万円で買い、後3500万円で仕上げ、アメリカまでの生活費とセーリング中の資金2000万円としても合計9000万円、ヨットをアメリカで3倍で売ると2億1000万円,最悪の場合いでも、2倍で売れば1億4000万円。南太平洋をセーリングし2000万円使っても、おまけに1億2000万円も儲かる。最悪の場合でも5000万円儲かる。いい話じゃないか、「これは最高のアイデアだ」 チャーリー北原は心の中で叫ぶ!。  今回、又ニュージーランドに行く前に、店の従業員とうまく話さなければいけない。このごろ、ニュージーランドによく行くので、従業員が、いくら経営者と言っても遊びすぎだと怒り、仕事の士気を無くさない様に従業員と話し合う。仕事の関係で休みを取る、病気の治療も兼ねていると説得する。その間特別手当を払うし、戻ってきたら、休んだ分余分に働くと約束する。計画ではヨットを買ったら 「コサマンジャーレ」 を売る予定でいる秘密利に計画を進行させなければいけない、今揉め事を従業員と起こしたくない。チャーリー北原も、今年で42歳になるので、厄年ということもあり、人生の方向転換をしようと思う。  再度ニュージーランドに向かう。今回は、オークランド空港でロッジオーナーと会い、オークランドの北200キロにあるキオラ町に向かう。車は2時間ほどでキオラに到着し、町の中を右に左に通り抜け幅20メートルほどの川の前に出た。その川の手前を左に折れ、一軒のトタン板で囲まれた粗末な工場に着く。ロッジオーナーが 「これだ」 と指を刺す。粗末だけれど大きな建物に少し圧倒される。この中でカタマランを造っているそうだ。入り口のドアーを開け中を覗いて見る。人の気配が感じられない、「ハロー 誰かいますか?」 と声を掛けてみる。返事がない、もう一度声を掛けてみる。 「ハロー 誰か中にいますか?」 中から返事がある。 「ここだ」 一人の背の高い男が布で手を拭きながら現れた。やせた体に似合わない筋肉質な腕を持ち、誠実そうな顔をした、人の良さそうな白人だ。「初めまして チャーリー北原と言います」 自己紹介する。 「ジョン」と、 男は筋肉質な腕を出しぶっきら棒に握手を求める。「なんという力だ」 握手した手がシビレル様だ。飲食店のチャーリー北原では、肉体労働のジョンにはかなわない。女と男の違いがある。挨拶が終わり、カタマランの中を見せてもらう。  「デカイ!」 チャーリー北原の第一印象だった。自分の今住んでいる、日本のアパート2DKの、3倍以上あるのではと思われる。工場の中で見るカタマランは、巨大な恐竜のように見える。 「大きい!」 チャーリー北原は感心する。こんな大きなカタマランをどうして操船するのか検討もつかない。ため息を出しカタマランを眺めていると、横からジョンが声をかける。海に出ると、この船でも小さな椰子の実のようなものだ。「海は限りなくでかい」、船は大きければ大きいほどよいと説明する。チャーリー北原も、この位スペースが有ればアメリカまでの長期のセーリングでも十分だと思う。ジョンに手で進められ、階段を上りカタマランの中に入る。中は木工場の様に、木屑と造りかけの材料が散らばっており、足の踏み場を探しながら歩く。「ぷーん」と、木屑の匂いが立ち込める中に、ひときはピカピカと光る、まだ取り付けたばかりと思われるエンジンに目が行く。そのエンジンの 「ヤンマー」 というエンブレムで日本製とわかる。ジョンがたどたどしい日本語で、 「ニッポン一番」 とどこで覚えたのか、大きな声で叫ぶ。  エンジンは、両方の船体に一基ずつあり合計200馬力。このエンジンで、どんな海の状態でも10ノット(海里)で走ることが出来ると説明する。このカタマランは、蜂の巣状のマットを、ファイバーグラスでサンドイッチ状にはさみ、エポキシで固めてある。強度が必要な所は、カーボンシートを使用し、強度と軽さを両立させている。クルージング艇は長期の航海を前提に設計され、荷物や水、ディーゼルを多く積むため、どうしても重くなるのでその結果船足が遅くなる。そこで船体を軽くするために、高価な材料を使って造り、船の速さと軽さを両立させている。エンジンは耐久性を考え、少し大きめの100馬力2機とし、南太平洋のドルドラームスのように、風のない地帯で、長時間使用に耐えられ、必要なときヨットにしては少しパワーがあるエンジンを選んだそうだ。チャーリー北原は納得する。このカタマランの全長は56フィート{16,8メーター}、幅は28,6フィート{8,58メーター}、ドラフト(水線下の深さ)最短0,5メーター、最長2,5メーターこれはセンターボードを降ろしたときの長さである。重さ12トン、世界クルージングを考え強度を強めに設計し、なぜヤンマーのエンジンを選んだかについては、一番故障率が少ないことと、エンジンの軽さに対してのパワーレシオが一番優れているからであるとのこと。ジョンが、 又 、叫ぶ 「MEDE IN JAPAN 一番ネ!」 ロッジオーナーもいいヨットだと認める。チャーリー北原も買いたいとフィーリングで思う。又、殆んど買う気でいる。しかし今日は決断しないで 「大きな買い物なので、もう少し決断のために時間をください」 と言って帰ることにする。 このカタマランを買うとして、チャーリー北原には、もう少し問題がある。このカタマランを、ジョンに最後まで仕上げてもらう事と、カタマランを買う大金を、どうしてニュージーランドに運ぶか?ということで、ロッジに帰り着き話し合う。ロッジオーナーが言うには、造りかけのヨットを買うということは、まとまった金を払わずに、少しずつ毎月払えばいい。大金を一度に動かすよりヨットの出来具合で払っていく方が、作業工程も進むし余分に払うことも無くなる。大金を一度に動かすとこの金がどこから出たのか?出所を調べられる可能性が出てくる、もし税金を払っていない金とわかると多額の税金を掛けられる可能性もある。大金を動かす時にはこの点を注意しなければいけないとアドバイスされる。チャーリー北原は、日本にとり敢えず帰ることにする。  カタマランを買う決断をしたチャーリー北原は、畳の下の金をバックにつめニュージーランドに運び込む事にする。今回は成田から飛びハワイに行き、そこで飛行機を乗り換えクック島に向かう。  このクック島は南太平洋の心臓と呼ばれ南太平洋では一番教育の行き届いた国である。この国はニュージーランドの保護国でもあり、多くの国民は出稼ぎにニュージーランドに働きに行く。この国だ畳み貯金を両替してニュージーランドの自分の口座に送り込む、これが今回のチャーリー北原の目的だ。クック島でマネーランドリーして少しずつカタマランに替えていく、税金を払っていない金をヨットに替え南太平洋をセーリングしてアメリカに行く。そこでヨットを売り儲けて日本円に換える。これで見事にチャーリー北原の夢をかなえ、ごまかした金を公の新札に替えることが出来、おまけに儲かる。「最高のアイディアーだ」。  クック島で無事両替えを済ましたチャーリー北原はニュージーランドの自分の口座に送り込み、すぐさまニュージーランドに向かう。今回は、オークランド空港から直接キオラの町にヨットを買いに行く。ロッジオーナーとジョンが話し合い、カタマランを完成させ、完成後、チャーリー北原をセーリングできるところまでトレーニングする、とすでに契約の話し合いが出来ている。最初3500万円を払い、後は毎月割り、出来具合で払い、完成予定は来年の5月とする。これらの取り決めを終わり、チャーリー北原は、最後の日本での仕事に帰る。それは 「コサマンジャーレ」 を売り渡す仕事だ。  日本に戻り、早速イタリアンレストラン 「コサマンジャーレ」 を売りに出す。理由は「赤字と病気により、働けないため」ということで売りに出す。値段は2000万円、最初の元金を返済するためで、気分的には、長い間一生懸命やってきた店を売るのは忍びないのだが、このまま経営をつづけ経営者が店を離れると、従業員のコントロールや経営が旨くゆかず、赤字ばかり増えるので、今、思い切って店を売るのが得策だ。新しい経営者による努力によって、お客様へのサービスも含めより良い店になって行くだろうし、お店に来てくれるお客様に迷惑をかけないで、このまま店が存続する。従業員も仕事をつづけられるし、店も新鮮になり刺激にもなる。お店は生き物であり、経営者の思い出だけでは存続できない。チャーリー北原は、新しい人生を歩むのと引き換えに、新しい経営者にお店を売り渡す事にする。しかし、巷では 「コサマンジャーレ」 は繁盛しているし、従業員も安定し売り上げも上がっていることを知っており。税金対策で店を売るのでは、との噂だ。おかげで、買い手はすぐに現れる。思ったより早く店が売れ、銀行の謝金を返済して、店の引継ぎを終え、従業員とお別れパーティーをして、日本を後にする。


  ヨット  ダイナーキー
   *キオラの町  再度、ニュージーランドに向かうチャーリー北原は、今回は、ニュージーランドにしばらく住み着く予定でいる。まずカタマランを完成させ操船できるようになるまで、約1年間の予定である。その後南太平洋のセーリングに出発し、アメリカに着くのが最終目的だ。   チャーリー北原は、キオラの町に住み着きジョンと共にカタマランを完成させていく。ヨットの事を何も知らないチャーリー北原のこと、支払いの会計と少しジョンの手伝いぐらいで、足手まといにならない様にしているのが仕事のようだ。これからやる仕事は、電気関係の配線、DCとAC、DCはバッテリーからの室内外用、ACはマリーナでの陸電用。内装の完成、オーナーズルームとゲストルーム、クルーの部屋、一番広いリビングルームのソファーとテーブル、トイレとシャワー、チャートテーブルとナビゲーション機器、バーカウンター、キッチンなどなど、マストとセールのオーダー、多くのヨット部品など大雑把に言っても、仕事はいっぱい有り、ジョンの指示に従いやっていく。毎日少しずつ、畳み預金がカタマランに変わってゆく。完成後、このヨットをアメリカで売る。それを想像するとチャーリー北原は思わず「ニヤニヤ」「ひゃひゃひゃひゃ」と笑ってしまう。横に居たジョンも、思わず「ひゃひゃひゃひゃ」とまねをして笑う。  チャーリー北原自身は、時間がいっぱい有るのでキオラの町を散策する。ペットショップの前に立ち止まると、子犬が一匹かごに入れられ売られており、瞬間子犬と目と目が合い、子犬の甘えた声と何かを求めるその目が、チーャーリー北原の胸を打ち、これからヨット生活をするチャーリー北原は、いけないと知りながら、一人きりの今の生活と、孤独な犬の目が共鳴したのか、その犬を買ってしまう。ペットシヨッップの説明では、この犬はコリー犬で、コリーにはラッシーで有名な金色と、トリカラーという黒と白と金色、ブルーマールという大理石色、 白を中心に三色が混ざった、フォワイトの四種類があり、この犬はブルーマールで、母犬の腹の中に居たところをショウドック用としてイギリスより輸入されたという。この犬だけが未熟児で、ショウドックと為らないので売りに出されていると説明される。子犬の可愛い甘えた泣き声と、飼い主を求めているのか、愛嬌の良い仕草に負け買ってしまう。ペットショップで衝動買いした子犬を抱き、造りかけのヨットに連れて帰る。ジョンに見せると「何て可愛い子犬なのだ」と喜んで可愛がり、「まるで犬の人形みたいだ」この船のマスコットにしようと言う。チャーリー北原は、嬉しくて造リかけのヨットにタオルを敷き、子犬の寝床を作ってやる。  この犬の名前を 「セーラー」 と名付ける。これから、この犬とこの船で、海の生活をするため、雌犬にもかかわらずセーラーと名付ける。セーラーとは男のイメージだと、言われたが、女性セーラーの多いこの国の事、犬のセーラーが居ても良いのではと、無責任でもありぴったりでもあるこの名前をつける。今日から犬のセーラーとチャーリー北原の生活の始まりだ。  これ以来、チャーリー北原は早起きとなり、犬のセーラーと自分のため、毎朝キオラの町を散歩するようになった。川沿いを行き、町を通り、公園を横切り、造船場に戻るコースだ。約1時間の散歩で昼間の町とは違い、ウインドーショッピングをしながら犬のセーラーと散歩する。どこの店も同じ品が並び、品数も少なく、「よくこれで商売が出来るものだ」と思いながらタイル張りの歩道を歩く。これだけの品物で一般生活は足りていくものだ、と、感心して、日本の生活を省みる。日本では、品物が溢れ、人と違った品物を持ちたいといった気持ちから、品物を買いあさり、それがさも豊かさのように勘違いしており、大きなものを買えない分、小さな品物を買いあさる。今までのチャーリー北原の商売も、これらの日本人的考えを利用して、飲食物と物品の違いは有るがお客の購買欲金をあおり儲けてきた。そのチャーリー北原も、今のシンプルな生活に成り、犬のセーラーとキオラの町を歩く時、「これだけの品物でも生活が出来るのだ」と、今までと違った目で、物事を考えることが出来るようになってきた。公園には、色とりどりの服装でジョギングをしたり散歩する人の姿を多く見かける。みんな思い思いに好き勝手に生活を楽しんでいるように見える。昼間の町は、人々が仕事を持ち足早に歩くが、日本のように、ガツガツ働くのでなくマイペースで動いていて、これで生活が出来るのか?と、人事なのだが心配になる。日本より来たチャーリー北原は、このノンビリペースに戸惑いながらも、自分が、機械的な生活から人間的な生活に向かった新しい人生が、犬のセーラーと始まるのを感じている。チャーリー北原自身の生活も、犬のセーラーが来てからは明るくなり、英語だけの世界から、犬のセーラーと日本語を話す相手に恵まれ「といっても一方的に話すのだが」犬は文句を言わず聞いてくれ。犬としては、飼い主が話しかけることが嬉しく、犬のセーラーは、日本語が分かるのか 「くぅ~、くぅ‘」 「うんうん」 「わぁんわあん」 と話しかけて来る。  以前、醜く太っていたチャーリー北原も、最近では、健康な生活をしていて、食事も健康のバランスを考え食べているため、少しずつ元のスマートな体に戻ってきた。、毎日犬のセーラーと散歩をしている為もあり、持病の通風も出ず、明るく、体も精神も何となくバランスが良いような気がする。「コサマンジャーレ」 時代、収入は良かったのだが、時間と自分の生活がを犠牲にしており、太り、体調悪く、金を貯めることばかりに一生懸命と成り、その見返りとして、自分の健康を亡くし、周りの人にヨイショされ、自分は成功者だ、自分は偉いのだと錯角していた。周りの人達は、ただおこぼれを欲しかっただけで、ほめる事によって、多少の利益を得たいと思うだけだった。病気になって初めて自分を省みる事が出来、自分のライフスタイルを変えて今の生活をしている。少し後ろ髪を引かれることも有るが、満足しているチャーリー北原である。今の生活は、時間もたっぷり有るし、犬のセーラーも居る。収入は無くなったが、以前の蓄えがあるため、本当の自分の生活があり幸せと感じる。高級な車や高級な服もなくなったけれど、今は、仕事着と散歩に着る運動着を着ていても、以前の生活より充実感と満足感を感じる。横に居る犬は、従順で嘘はつかない。政治家の世界では、口先の上手い人達の集まりで、誰一人として信じられず、「もし、誰かを信じたいなら犬を飼えと言われているそうだ」。そのためか?アメリカの大統領は犬を連れ大統領専用機から降りてくる。   犬のセーラーとキオラの町で、このような生活をしているうちに、カタマランは少しずつ完成に近づく。チヤーリー北原は船名を 「ダイナーキー」 と名付ける。この意味は 「二人の頭主」「二党政治」という意味で。ハル(船体)が二つあるカタマランなので、二つの船体が船をコントロールする、と、言うような意味だ。今は家族の一員の犬のセーラーとチャーリー北原が乗る船の名前にもぴったりだ。この「ダイナーキー」は、まだ 「マスト」 も 「りギン」 「セール」 もないがエンジンで走れるので、進水式をやり水に下ろすことにする。
   * 水上生活の始まり
  「ダイナーキー」 を完成させるために働いてくれた人たちを集め、簡単に形式だけの進水式をやることにする。本来は、船首にシャンペンをぶつけるのだが、割れたガラスが、危険であり、ゴミが出るので、栓を抜き振り掛け、航海の安全を祈る。この方がガラスの破片が散らずに安全で、現代的な儀式だと思う。シャンペンは 「ポン」 といういい音がして、栓が抜かれ、船首に振り掛けられる。そしてみんなの拍手に送られ、船は川に下りてゆく。工場の中に、どっしりと鎮座していた「ダイナーキー」は水の上に浮かび、工場の中で見る恐竜のような船から、人目を引く美しいカタマランへと変身したかのように見える。周りにいる人達も、その大きさと、美しさに「ウォー」と感激と言うか驚きの声が起こる。チャーリー北原自身、これが自分の船だと思うと感激し、例の「ひゃひゃ」が出そうになりる。思わず自分の口を手で押さえる。犬のセーラーとすでに寝泊りしている「ダイナーキー」だが、水上に浮かんだ姿を見るとき、そのたくましさと美しさで、この船で、すでに南太平洋をセーリングしているような錯覚に陥る。寝泊りはしているとはいえ、まだ一度も操船した事も無く、子供が、オモチャの自動車を持ち、「ブーブー」といって遊ぶように、チャーリー北原も、頭の中で「ダイナーキー」を操船しているイメージを思い浮かべる。夢想しているチャーリー北原に、ジョンが横から「おめでとう」と握手を求める手を差し出す。簡単な儀式なのだが、船は完全に完成していないので、完成後、盛大なパーティをする予定で、今回は、船の安全を祈って形式だけの進水式で終わる。  チャーリー北原と犬のセーラーの新しい水上生活が始まった。 「ダイナーキー」 は前と後ろを、ロープで川に打ち込まれたパイルに繋がれ、ここが一人と一匹の新しい浮かぶ家なのだ。この川は、外海の影響を受け干満があり、潮差は2,5メーター有り、満ち潮の時は周りを水に囲まれ船が通るたびに揺れる。干潮のときは、川底が現れカモメが貝やミミズを漁っている。干潮時には歩いても陸に行けそうだが、泥だらけなので、ゴムボートを使い陸に上がる。ほんの、5メーターぐらいの距離なのだが、ゴムボートをこぎ、犬のセーラーを乗せて岸に運び、ゴムボートは桟橋に縛り付けておく。このゴムボートの縛り方にコツが有る。満ち潮の時に陸に上がり、ゴムボートを縛って置くと、町を散策して入る間に引き潮になってしまうため、結んだゴムボートのロープが短すぎると、戻ってきた時にはゴムボートが中吊りに成っている。反対に、引き潮時にゴムボートを縛っておくと、満ち潮になり水かさが増え、ゴムボートが水中に船先を突っ込んでいる。潮差が2,5メーターもあるとよほど長めにゴムボートのロープを縛っておかないと、ゴムボートは中吊りに成ったり、水没したりしている。もし船外機などを取り付けていると、その船外機は水没して、使い物にはならなくなってしまう。水上生活初心者のチャーリー北原は、学ぶ事が多く、失敗を重ねては、体で覚えていく事に成る。初めての世界であり、失敗もまた楽しく。日本の生活のように、失敗をすることを恥じると言う考えはここには無い。ジョンに言わすと、「失敗は安全なところで一杯経験をして、誰も助けてくれない大洋の真ん中では、その経験を生かして、失敗をしないこと」。もし、「それでも失敗をしたときは、過去の経験を生かし再び立ち直る事」。一言で、大洋をヨットで渡ると言うが、それは総ての知識と冒険する気迫が必要だ。町の中で酒を呑みながら冒険の話をするのとは違って、大洋の真中では、自分で総ての問題をこなし、総ての、持ち合わせている知識を使って、危険に立ち向かっていかなければ成らない。「恐れは敵である」。自分が恐怖を感じるとき、総てが最悪の事態になっていく。「未知の経験でも、恐れず冷静に、今、起こっていることを見つめて、自分の知恵と経験から物事を解決していけばよい」。ジョンが笑いながら、頭を指先で掻く。「えらそうな事を行ってしまった」、[言う事は誰にでも出来る。俺でも言えるのだ。しかし、大洋を実際に渡るのはお前だ。素直に聞いておいてくれ。」   「ダイナーキー」が舫う場所は、町の近くで、川の水はお世辞にも綺麗とはいえない。毎日の生活において、スーパーマーケットが近く便利なため、買い物をしてそのままシヨッピングカートで船まで運んでくる事ができる、そこから、ゴムボートで船に積み込む。日常生活では、買い物に便利というのは大変助かる。潮が満ちているときに陸に上がるのが常である。潮の干満は、毎日一時間ずつずれる。今まで、陸上での生活と一番違うところは、時計の時間で動くのではなく、潮の時間により生活のリズムが左右される。もう一つは、潮差により視点が上下すること。写真のアングルのように同じものを見ても、見る角度により景色が違えて見える。チャーリー北原の水上生活で、新しく知った世界は、「今までの様に足場となる陸地が、今は水上なので揺れ動く事と潮差で視点が上下することだ」。「足が地に付かない」と、言われるが、数時間前には眼下に見えていた岸が、今では視線より高いところに見える。極端に言うと、地下に歩いていた人が今は二階に歩いているように見えるのだ。今まで自分の背の高さの視線で世界を見てきたのだが。今は、目線の高さが寝転んだり、飛び上がったりしている様に見える。これも慣れてくると水上生活と陸上生活が、同じ人間生活なのに、視点が違ってくるだけで、さも違った生活のように思えてくるので不思議だった。もうひとつ違ったことは、満ち潮時には川が反対に流れることで、固定観念というのはなかなか変わらず、「ダイナーキー」は舫っているので基本的には動かず、川の水だけが上流に向かったり、下流に流れたりする。朝など寝起きの目で、川を浮遊物が反対に流れていくとき、チャーリー北原は自分の目を疑うのだった。日常の生活は陸上と同じく船には何でもあり、日本でのアパート生活より豊かに暮らせる。ギャレイ(船のキッチン)には電子レンジ、冷蔵庫、冷凍庫、オーブン、ディッシュウォッシャー、コーヒーメーカーまであり、3段の低い階段を上がるとバーカウンターがあり、酒類がおかれている。チャーリー北原の習慣として、朝は入れたてのコーヒーを飲み、一日が始まる。夜は、軽く一杯酒を飲み眠りに付く、酒はビールを一番好み、ワイン、ウィスキーとつづく。食事は自分と犬のセーラーなので、犬にはドックフードとチャーリー北原自身は野菜を中心とした、カロリーの低い食事を最近はしており、もう出来るだけイタリヤ料理は食べない事にしている。サルーンには、10人は座れる大きなブルーのソファーと大きなテーブルがあり、その横は、ナビゲーションのためのテーブルと椅子がある。トイレ、シャワーは各ハル[船体]に在り、オーナーズルームは専用となっている。洗濯物は、洗濯機で洗い、乾燥機で乾かす。電源はソーラーパネル、 ディーゼル発電機、アルターネーター又は陸電を使用するので一般生活には困らない。  天気のよい日を選んで、チャーリー北原は、ジョンに 「ダイナーキー」 の操船とセーリングを習う。 引き潮とともに出航し、湾内でアンカー場所 [停泊場所] の見付け方、アンカーの上げ下ろし、潮の読み方、地形の読み方、他船とのすれ違い方、計器類の読み方、などなどを習い、上げ潮と共にエンジンで戻ってくる。このような練習を、マストとセールが出来るまでつづけ、その後近海で、セーリングを練習する予定である。ナビゲーションはGPSからチャートプロッターに自船の位置が表示されるので問題ない。天気図を読む勉強をして、6月には南太平洋に向け出発の計画だ。  ここキオラの町は、ヨーロッパやアメリカから来た世界一周や太平洋一周のセーラー達でいっぱいである。南太平洋が台風シーズンに入るとそれを避け、ヨットのメンテナンスや休養をする人たちが集まってくるところだ。天気の悪い日は、朝の散歩が終わると、チャーリー北原と犬のセーラーは、ヨッティー達とお茶を飲んだり、パーティーをやったりと、南太平洋情報を聞きアドバイスを得る。ヨッティーたちは、遠く家族と離れていたり、子供連れだったりで、チャーリー北原を家族の様に仲良くしてくれ、ここでも犬のセーラーは皆の人気者でマスコットでもある。少し「ダイナーキー」の近くに停泊しているヨッティー達を紹介すると。
   * 南太平洋のヨッティー達
スイスから来たピーター、年は32歳元教師、海のないスイスで生まれ育ち、兵役義務に就いて海軍に入隊し(スイスにも海軍があるのだ)、今まで未知だった海にあこがれる。兵役後、フランスの小さな港よりガールフレンドのニコールと34フィートのヨットで世界一周のセーリングに出発する。ヨーロッパを出発した二人は、アフリカ海岸沿いに南下し、アフリカの小さな港でいろいろな面白い体験をしながら、サウスアフリカまで行く。彼らは行く先々で、粘土を利用してかまどを作り、薪を集めて火を起こし、そのかまどでパンをいっぱい焼きヨットの一室に溜め込こんで、セーリング中の食料としていたそうだ。何日かで食べつくすとまたどこかの浜に停泊して、土を掘り返し、かまどを作り小麦粉を練る。このとき、少し海水を入れ塩味を付けるのが彼らのコツで、話を聞くと何処何処の海水で焼いたパンは上手かった、と自慢話をする。日本より来たチャーリー北原は、海水をパンに入れると聞いただけで、日本の汚い海のイメージが頭に浮かび、出されても決して食べたくないと思うのだった。ヨーロッパの人は、日本人の米のように、いつもパンが欲しいらしく、パンとチーズが有れば何時までも暮らせると言う。パンとチーズのような携帯食を持ち,それをかじって旅をする、さすが狩猟民族の子孫だと感心する。農耕民族の子孫チャーリー北原はそういうわけには行かない。重たい米を持ち、水が無いと炊けないご飯を食べる。おかずは何でもよいとしても、やはり移動する事を考えると大変不利だ。その点、ヨットライフは米も制約は有るが水も持ち旅が出来る。あるとき彼らに 「今夜、食事を一緒にしよう」と誘われた。食事を作ると言ってもヨットの狭いキッチンで、家の台所のようには行かないが、今日のメニューはホンデュだと言われ、スイスの有名料理だ、此れは上手そうだと期待すると、小麦粉を水に溶かし、こねて、湯がき揚げたものに、粉チーズをかけただけの簡単な料理だった。日本人の、偏見と独断的思考で考えたチャーリー北原は、招待されるとご馳走が出てくると期待が大きく、ちょっとガッカリしたが、シンプルなほうが家庭料理らしく、健康にもよいと自分を慰めた。彼らは(ケフエ)というヨーグルトのタネを大事に持っており、それを毎日水で洗い、保存して、ミルクを足し、ヨーグルトやチーズを作っている。このヨーグルト菌は、毎日水で洗っておけば何時までも持つらしい。ヨーグルト菌も造るたびに増殖して増えてくるらしく、ただ、セーリング中真水で洗うことだけが、真水の少ないヨット生活では大変な事だ。実際に真水がなくなりそうになり,雨を求め、大海原を右に左に雨雲を追ってセーリングしていたと話す。彼らにとってパンとチーズの無い生活は、考えられないらしく、ケフエをこまめに洗い、チーズを作りパンを焼いては食べていたそうだ。まるで日本人が、そうめんが好きで毎日そうめんを湯がき、セーリング中に食べていたようなもので、そうめんを湯がきすぎて、真水がなくなりそうになったような話しだ。この(ケフエ)は、ニコール家の代々受け継がれたヨーグルト菌で、日本人の梅干しか味噌に代わる食材に匹敵する。旅行中に体調を整えたり、故郷を思い出したりと言った、食品と思われる。チャーリー北原も、試しに作ってみようと少しもらう。何か大事な、徳川家康の家宝でもいただいたような気がする。ニコールは看護婦で、セーリング中の食事、健康維持、怪我をしたときの処置、などをアドバイスしてくれる。少し日本の文化との違いを感じるがありがたく指導いただく。チャーリー北原もお礼に、魚のさばき方、保存の仕方、刺身の作り方、などを教え、彼らが一番興味を持ったのは、セーリング中に釣れた魚をどうすれば保存できるか、ということで、釣れた魚を三枚におろし、醤油、チリ、砂糖少々でマリネードし、糸で繋ぎ、太陽に干す、それをセーリング中千切って食べると教える。彼らは「それはパンと食べるとうまそうだ!」と言う、どこまで行ってもパンが絡んでくる人たちだ。
  その、ピーターの横に舫っているドイツ人ミニュック。シングルハンド、42歳、彼はライン川の畔に小さなホテルを経営していたが、経営が思わしくなく、何時も経営上の問題で夫婦でもめており、財産はあるのだが現金収入が少なく、金持ちの娘として育った奥さんには、現金の無いきゅうきゅうした生活は我慢できず、わずかな品物も買えないと毎日ぼやいており、現金収入が無いのに昔の生活が忘れられず、ポルシェに乗り、夜になると遊びまわる生活をしていた。そのため借金が増え、仕事は従業員に任せているため、どうしても経営が上手くいかず、ホテルの経営を他人に売り渡し、奥さんと財産を二分して別れ、ミニュックはその金を持ち、ニュージーランドに来て新しい生活とヨットを買い、セーリングを始めた。このミニュックは、学生時代からヨットの選手として地中海でレースを遣っていたらしく、ヨットの操船はなれたものでニュージーランドでヨットを買っても直ぐに外海を自由に走り回っていた。あるとき、停泊した島影で、今夜の食事にと釣りをしたとき、生まれて初めて5,3キロの鯛を釣り上げ、それ以来、釣りが病みつきとなり釣りキチとなる。昨シーズンは、タヒチに向かい、南太平洋を回り、台風シーズンを避けニュージーランドに戻ってきたところである。釣りキチの彼は、ホテルを売った金が有るので生活に困る事は無く、ニュージーランドで釣りばかりをしており、この釣り天国で、釣りと独身生活をエンジョイしている。昨シーズンのセーリングでも、南太平洋の島々で、地元民と一緒に釣りをして回り、南太平洋の小島の周りをトローリングする。釣り人など来た事も無い、サンゴ礁の魚を釣って回った。そして獲れた魚を島民にプレゼントして喜ろこばれている。南太平洋セーリングの帰り道、マグロの群れを見つけ、35キロのキハダマグロを釣り上げヨット仲間に配ったと自慢する。ニュージーランドの沖60マイルにはマグロがいっぱいる、新しい釣り道具を見せ、これでマグロを釣るのだという。釣りが好きで、釣り天国のニュージーランドにこのまま住みたく、今、ニュージーランドの永住権を申請しているが、条件が厳しく取れないという。いつまでもこの国に居る事が出来ず、台風シーズンが終わり次第、ニューカレドニアに向かい、その後フィリピンに行くという、「その後は未定で風しだいの旅だ」と気取る。独身の彼は、時々船に怪しき女性が尋ねてくる。
 「ダイナーキー」より少し離れたところにいる、リタイアードアメリカン夫婦。45フィートのヨットで、ゆっくりと世界を回っているキタ夫妻、ここで、ヨッティーたちを呼ぶ時には、本名とヨットの名前で呼ぶ時がある。ヨッティーたちにとっては、ヨットは家であり、命を共にする仲間でもある。名前の区別より、親しみのあるヨットの名前を呼ぶ時のほうが多い。ヨットは「乗り物」では有るが、海の真中ですがりつくものはヨットしかなく、心のよりどころとでも言うか、必要以上に、ヨットを可愛がりメンテナンスをする。又、メンテナンスをしなければ自分の生命が危ない。今回で、二回目のニュージーランド滞在。ここで台風シーズンの間、電気関係の仕事や、船のメンテナンスをやりながら過ごし、この後、日本に向け出航する予定だ。アメリカ西海岸を出発した二人は、一旦メキシコに停留して、台風シーズンを避け、貿易風に乗り、南太平洋のマルケサス諸島、タヒチ諸島、サモア、トンガと周り、ニュージーランドに着いた。台風シーズンを避けニュージーランドで半年暮らし。昨シーズンはフィージー諸島をセーリングして過し。また台風シーズンを避けにニュージーランドに戻ってきたという。生活は年金で暮らしており楽なもので生活には困らないが、時間つぶしに働いている。今まで、アメリカで良い収入を得ていたのだが、退職して年金が入ってくるとは言っても、限られており、何の贅沢もせずに、毎日こつこつとヨットのメンテナンスや低賃金の仕事をしている、優しそうな人達である。南太平洋に行っても、少し観光して地元の食べ物を買い求め、「年をとると別にほしいものも無い、暖かい気候を楽しむだけで満足だ」といっていた。この奥さんは、新米セーラーのチャーリー北原に、セーリング中の料理の仕方を指導してくれ、揺れる船内でのメニューなど細かく教えてくれた。料理中に船が揺れて飛ばされない様にと気を遣い、腰に巻くベルトをプレゼントしてくれる。チャーリー北原のヨットはカタマランでモノハルに比べ、余り傾かないし、揺れないのだが、ありがたく気持ちとしていただく。アメリカ人にしては、奥さんは背が低く、旦那の方は、奥さんの2倍はあるのではと思うくらい背が高い。デコボココンビで、ヨットの名前も「キタ」といい日本人に親しみやすく、この夫婦もチャーリー北原に親切にしてくれる人たちだ。
  フレンチヨットのピエールファミリーは、二人の小学生の子供連れで、ここに来る前タヒチで働いていたという。このアドベンチャー家族は、フランスを出向後グリーンランドに向かい、エスキモー達の生活に参加してアザラシ狩りをしたり、獲ったアザラシの生肉を食べたと話す。アザラシの肉は強烈な匂いがして、凍らさないと食べられないが、経験として食べてみたと言う。味はこってりと脂っぽく、間違っても上手いとは言えないが、何も無いところでは生き延びるために必要な食料だ。大西洋をカナダ、アメリカ、と南下し、アメリカは大きな国で川の中をヨットで走れると聞き、興味をそそり、チャレンジしてみたという。川の中をセーリングすると言っても、セールを上げて走るのではなく多くは機走だ。川の流れに乗りながら6000キロ以上下る、川といっても、ところどころ湖になっており、今自分が、川をセーリングしていると思えなくなるところもある。アメリカの大きさを知らされ、「フランスは小さい国だと思ったね」と語る。途中止まっては働き、約一年かけて川下りをしたことになる。アメリカ内陸部に入り、ミシシッピー川をニューオールリンズまで下り、パナマ運河を通り、その後、タヒチで働き、南太平洋を巡ってニュージーランドに着いたところだ。彼らはセーリングを始めて4年目で、ここに船を置き、飛行機でフランスに帰えり、台風シーズンが終われば、又セーリングを始めるそうだ。彼らは今、フランスで昔の古い石作りの家を買い、石を積み重ねて再建築しているところで、セーリングの合間を見てフランスに帰り、何時の日にか、この家を完成させるのだと夢を語る。子供が犬のセーラーを可愛がりよく遊んでくれた。旦那のほうは山男でもあるらしく、昔は本格的に、世界の山を登り歩き、今は子供もいるし、年もとってきたので危険な山登りを止め海をやっている。しかしセーリング中に高い山を見つけると、今でもそこに登っていると言う。昔の山男が、今はヨッティーだという人が意外に多く、年とともに山を降り、それでも冒険心が衰えずにヨッティーとなっている。
  ここには地元ニュージーランドヨッティーも多くいる。その中の一艘、デルファミリー。この家族は、南太平洋に向け出港準備中で、40歳、36フィート、南島のダニーデンより自分の家を売り、仕事を止め、南太平洋セーリングの夢を果たすべき3人の子供を連れ、目的に向かって用意しているところだ。「家を売って買えたのがこのヨットだ」という言葉が印象的で、大きな体のデル夫妻と子供たち、合計5人が乗るには狭そうだった。南太平洋のセーリングに夢を見て、準備しているのだが、この人達を見て、豊かな生活をしている教会の人達が、ボートピープルと間違い寄ってくる。狭いヨットに大勢の家族が生活しており、間違われても仕方がないかもしれない。セーリングの安全のために、有り金を割高なヨットに使うため着るものは質素になり、一見生活苦でヨットに住んでいるようにも見える。煌びやかな教会に寄付で住んでいる人達から見ると、可愛そうに、恵まれない人達に愛の手をと思うのか、日曜日に教会に昼食にいらっしやいと誘いに来る。誘っておいて後で、「幾らでもよいから寄付を」と言い出す、詐欺に掛かったようなもので、初めから「昼飯はいくらです」というなら納得するが、教会は料金を言わずに幾らでもよいから寄付を、と、手の平を出す。昔のすし屋みたいなもので、お客の顔を見て料金を決めるようなものだ。これでは予算のあるお客は怖くて行けない。会社の経費で食える人だけが行ける。教会も同じだろうか?。この家族は真面目なクリスチャンであった。日曜日、教会で食事をしたとき、寄付をといわれ間違って50$紙幣を子供が入れてしまい、高い食事になったとボヤいていた。家族の安全のために、少しでも船の用品を買いたかったのに、昼飯に50$は痛かったと嘆く。「ネバマイン」また良いこともあるだろう。これで神様が私たちの航海を安全にしてくれるだろう。この真面目なクリスチャン家族は信じる。その後、ヨッティーの誰かが言うには、この家族は里帰りのつもりで南島のダニーデンに向かったとき、運悪く嵐に遭い、ヨットに大きな損傷を負い、南太平洋への夢は断念したようだ。きっと神の保護で、嵐に遭っても死なずに、家族5人が仲良く路頭に迷い、陸上の貧困生活をするように助けたのだ「アーメン」。  ヨッティーは心は綺麗が口が悪い。
  もう一艘のヨット「ピクルス」は、10年の計画で、世界を働きながら回る予定。32歳、夫婦子連れ、34フィートの船で乳飲み子を連れて行くそうだ。旦那は会計士、英語圏ならどこでも働けると言っていた。やはり外洋セーリングの準備をするためにヨットに住み、船から会社に通っており、給料を貰うとその金でヨットの部品を買い揃えていく。朝スーツを着てネクタイを締めカバンを持ち、ヨットから通勤する姿は、何かちぐはぐである。ヨットには生まれたばかりの子供が居るため、ヨットのライフラインにオムツが干してあり、生活を感じさせる。彼らにとってヨットが生活の場で、楽しい我が家なのだ。子供は二人いて上の子は5歳の女の子、子供の教育は通信教育で遣ると決め、ヨットにある無線で、どこに行っても国の通信教育が受けられるといっていた。母親が子供に読み書きを教え、世界をヨットで回わり、現実の社会勉強をさせるそうだ、その方がよっぽどこの児にとって勉強になると自信を持って語る。海は、母親の「子宮のゆれ」と似ているとよく言われるが、子宮に入っていたのは昔の事で、チャーリー北原は記憶に無い。生まれたばかりの子供を寝かすために、船内に特別造りつけられたベットを見て、このヨットが、生まれたばかりの子供にとってゆりかごであり、大人のように頭の固くない子供は、どんな生活にも直ぐに慣れ、ヨットを遊び場として、その環境をおもちゃとして育って行く。そんな子供たちに海の世界や、いろんな人種の生活を見せるほうが、国で決めた教育を受けさせるより、子供の目で世界を見、考えさせる方がきっと良い教育だと賛成する。彼らは若いカップルなので、誰かの誕生日と言ってはパーティーをやったり、皆でピザを食べたりとヨッティーたちが集まった。多くのヨッティーは、情熱はあるが金が無い若い人達が多く、行く先々で働いてはヨットのメンテナンスをする。セーリング中は、ほとんど金の使い道は無く、財布が何処にあるのか忘れるくらいである。食料は船にあり、魚は海で獲れる。生活費は必要なく、大きな港に着くと、停泊代や久しぶりの町での酒代、買い物、なかでも一番必要なのは船の修理代、もしセーリング中に壊れたら、次の国で、働き修理する。このようなヨッティー達が多い。
  少し毛色の変ったところで、南米から来た二人。自称夫婦者。エドとキクの二人は「海の流し」といったところで、ボロボロのヨットで南米のどこかの国から、当ても無くセーリングに出発した。行く先々で、得意のギター一つで食い扶持を稼ぎ、何とか食いつないでいる。ヨットのメンテナンスも金が無いためできず、今にも沈みそうなヨットで、南太平洋の島を、渡り歩いてきた。毎晩ギターを弾き語り、停泊中のヨットを回り、流しをやっている。二人は生活の事など何も気にせずに、ヨットで渡り歩き、二人の夢はフラメンコダンサーとして成功する事で、ヨットで西へ、西へ、と、いつかは、スペインにたどり着き目的をはたしたいと願うのだった。この願いも、もし、ヨットが沈まなければ、と言うぐらい、ヨットはガタガタである。船底のキールボルトが一本折れており、キールがかろうじてぶら下がっている。と言った状態で、何時キールが取れ落ちて転覆するかわからない。船内にはエンジンも無く、セールはボロボロのつぎはぎだらけで、これでも南太平洋をセーリングできるのだ、と、見るほうが安心するほどボロボロの船だ。「情熱は総てを克服する」。台所は何とか料理が出来る程度で、これで世界を回っているのだ。寄航する金もなく、夜を偲んでやってきて、ヨット仲間に加わり、酒を飲み、毎晩ギターを奏でる。時々,運がよければ、着いた先でよい仕事があり、レストランなどでフラメンコの演奏とダンスで生活費を稼いでいる。「ケ セラ セラ」が得意で、何時も、なるようになると歌っている。こういう仲間が居るとチャーリー北原は、未知の南太平洋のセーリングに安心感と自信がわいてくる。
  キオラの町は、世界中のヨット乗りが集まる。各ヨットが自国の国旗を揚げ、国際色豊かなな雰囲気をかもし出している。この雰囲気にあこがれて、一般の旅行者も集まって来る所でもある。昼休みに車で訪づれ 「いつの日か、自分もヨットで世界を回りたいと思うのか?、何か金儲けは無いかと思うのか?」高級車で乗りつけ、サンドイッチをかじっている人もいる。その人達を、水上から見ているとなんとも滑稽に見え、別世界のようだ。高級車を乗り回す生活がよいのか?夢に向かって水上生活をするのがよいのか?それとも、お互いに共通の考えがあるのか?水の上と陸の上の生活が、共存しているキオラの町だ。  11月になり、マストとセールが出来あがってきた。これを取り付け、完全に 「ダイナーキー」 は完成だ。後は 「シェークダウン」 をするだけだ。シェークダウンとは、木になった果実を落とすように激しく揺すぶり、ヨットを荒れた海で乗り、弱いところを壊しては直す、船のテストの様なもので、壊しては直し、直しては壊す。これを繰り返す事により船を100%完成させていく。  その前に、船を造ってくれた人やヨット仲間を集め、天気のよいある日曜日、チャーリー北原の振舞い酒で完成パーティーをやることにする。この日は、30人ほど集まり、独身のチャーリー北原のために、各人持ち寄った食べ物を前に 「乾杯 ダイナーキー、完成おめでとう」 を合図に、カジュアルでにぎやかにパーティーは始まった。   今日のチャーリー北原は忙しく、ジョンと二人でお客にヨットを見せて回る。チャーリー北原は、皆から口々に 「おめでとう、こんな豪華なヨットは初めてだ」 とか 「おめでとう、いい船だ」 といった、ほめ言葉が飛ぶと、そのたびに皆に「サンキュー」 [サンキュー]といって頭を下げて回る。ジョンは、ヨットを説明して回り、ジブはファーラーでメインセールはビビニ。メインセールはレイジージャックを使ったスラブリーフとした。これのほうが強風ではリーフが遣りやすく、メインフアーラーでは嵐の中で、船を確実に風の方向に向けることが必要となり、静かな海では楽だが、嵐の海では難しく、人員も多くいる。スラブリーフではセールを一度レイジージャックに落とし、必要なだけまた上げるようにする、このほうが、結果的に手早くリーフすることが出来るし、またコストも安い。などなどと、説明している。操作は2人で、コックピットから電動ウインチを使い、簡単に操作出来る設計で、アンカーもすべて電動である。ナビゲーションはコンピューターでGPS。アンテナとラジオからモニター画面に、チャートプロッターと天気図がプロットされるし、レーダーとラジオ、測深器、自動操縦装置だけで、軽くシンプルに出来ている。オーナーズルームとゲストルームには、大きなダブルベッド、クルーの部屋にはシングルベッド4つ、オーナーズルームの前部にはディーゼル発電機と洗濯機、乾燥機、 リビングルームには10人は座れるブルーのソファーと大きなテーブル、などと説明して回っている。チャーリー北原は、おめでとうの言葉に酔いしれても、決して畳み貯金でこのヨットを造りアメリカに売りに行く、とは言わないで、南太平洋をセーリングするのだと紹介する。嬉しさのため「ニヤニヤ 二ヤニヤ」していると、横で犬のセーラーが、私のボスどうしたのかと首を傾げる 「セーラーちゃん、わからない」。
  初めてのセーリング
    *静かな海  さあ、初めてのセーリングだ、気が高ぶる。ジョンとチャーリー北原と犬のセーラーでグレートバリアー島に、一泊二日の初セーリングだ。商業都市オークランドから40マイル北東、キオラの町より南東45マイルにある島、大きさは約650スクウェアーキロメーター、島の西側はフィヨルドランド状に侵食され、多くの小さな湾を持ち安全な停泊地がある。人口1500人、島民の多くは、漁業と観光で暮らしており、休暇時期には多くの観光客でにぎわうところだ。今の時期は観光客もいず、たまに定期船がオークランドからやってくる程度で、静かな島となっている。  いつもの様に、引き潮とともに川をモーターリングで下り、キオラ湾の開けたところでセールを上げる。ヨットを風上に向け、セールに風を含まないようにメインセールを上げる。このときセールに風が入ると、セールが重たくて上げる事が出来ない。何時も風の方向にヨットを向ける必要がある。一人が舵を取り、もう一人がセールを上げる、この二人のタイミングが大事で、このとき少しでもセールに風が入りだすとヨットが風下に流されて、風が入り重たくて上げる事が不可能となる。メインセールを上げ終わると、今度はセールに風を入れ、ヨットは走り出す。エンジンを切ると音もなく走りだし 「ダイナーキー」 はジブファーラーを広げ、め一杯風を含み、スピードを上げてキオラヘッドを通り過ぎる。キオラヘッドと呼ばれる岬の先端は、風化のため鬼の顔の様に見え、遠くからでも一目でわかるほど目立ち、セーリングでの良い目印となっている。ここから、本日の目的地グレートバリアー島は、東南の方向にあり、天気の良い日には遠くに見ることが出来る。あいにく今日は、霞があり手前のヘンアンドチキンと呼ばれる島しか見えない。このヘンアンドチキンは二つの無人島からなり、どこが鶏の形をしているのか知らないが、見る角度により鶏に見えるのだろう?ここは、潮の流れが強く、良い釣り場だとジョンが教えてくれる。犬のセーラーも、初めてのセーリングで珍しいのか、鼻をぴくぴくさせ海を見ている。海鳥のアジサシが魚の群れを見つけたのか群れを成し東の方角に飛んでゆく。どこまで行くのか、どうしてその方向に魚の群れがいる事がわかるのか。なぜ、アジサシは東へ飛んでゆく。匂いでもするのか?人間には感じることが出来ない何か?を感じているのだ。今日は、海も穏やかで風も弱く、初めてのセーリングにはもってこいの日だ。 「ダイナーキー」 は微風の中をフルセールで走る。セールが風を受け、以前、モワナの町で、小さな山に登ったときのパラセーラーのイメージを思い出す。「あの時と同じだ」 チヤーリー北原はつぶやく。あのときの音に、バウ〔船首〕が水を切り分ける音が加わり、又違った新しいハーモニーを奏でている。このままどこまでも、どこまでも行ってみたい気になる。遠くにモコヒナ島が見えてきた。又ジョンが、あの島は大物が釣れるところで有名だと指を差す。静かな日のセーリングは最高だ。ヨットは揺れないし、気持ちよい風がほほを撫ぜる。独り悦に言ってると突然 「これがセーリングだと思うな」 とジョンが釘を刺す。「荒れた海でのセーリングは格闘技と変わるのだ、強い風をセールに受け、大波の中でヨットをコントロールするのは格闘技だ」そうは言われても、チャーリー北原には分からないらしく、「セーリングもなかなかいいじゃない」、と、初めてのセーリングが気に入っている。静かな海には沢山の水なぎ鳥が群れ、方々で暇そうに、餌の小魚が来るのを待ちわびるように浮いている。2~3匹の海鳥が 「ダイナーキー」 が近づくとピョコッと潜る。どこか仕草が違う。そして少し離れたところで又ピョコッと現れる。鳥のように飛び立たない。ジョンが指を差し「あれは世界で一番小さなブルーペンギンだ」と教えてくれる。海鳥に似たそのペンギンは、良く見ると海鳥とは違い這いつくばって泳いでいる。海鳥が座って泳いでいるとすれば、ペンギンは這いつくばって泳いでいる。まったく良く似ているがやはりペンギンだ。大きさは同じぐらいだが、海鳥と違い何と無く仕草がヨチヨチしていて可愛い、そして愛嬌が有る。  「ダイナーキー」は、静かな海をすべるようにセーリングしている。チャーリー北原は感激して叫ぶ、「昔のポリネシアンのように、今、自分はセーリングをしている」。大きく海の空気を吸い込み、「俺は海の男だ」。「カゴの鳥が放され、自由に空を飛ぶようにセーリングしている」、「波頭けって飛び出す飛び魚のように、私は今セーリングしている」。チャーリー北原は、今、初めてのセーリングに興奮して叫ぶ。犬のセーラーが心配そうに横で主人の顔を覗き込み眺めている。この、広い海 、風の音 、機械音の無い世界 、これが本当の時間だ 、本当の空間 、本当の自分だ、 チヤーリー北原は叫びつづける。またジョンが 「調子に乗るな、此れがセーリングの総てと思うな」と釘を刺す。  遠くに見えていたグレートバリアー島が近づく。島の入り口は広く、このままセールインするとジョンが指示する。今回はアンカーを下ろすのにエンジンを使わず、エンジンが故障で使用できないと想定して、セールで近づき、アンカーを下ろし停泊する。まず停泊できそうな湾を選び、ジブセールを巻き込み、スピードを落としてメインセールだけでゆっくり近づく。測深器で測りながら深さ5メーター以内に入るとヨットを風に立て(風に向ける)アンカーを下ろす。そして素早くメインセールをおろす。メインセールを下ろすとヨットは止まり、風に流されてアンカーが食いつく。この順序で停泊の練習をする。  無事アンカーを下ろした 「ダイナーキー」 は、キオラの町を出発して5時間掛かり、グレートバリアー島に着いた事になる。今日は風も弱く、初めてのセーリングなので、ゆっくりと走って来た。操船に慣れると2時間で 「ダイナーキー」 は来れるだろうとジョンが言う。アンカーを下ろすとき、陸や他船からどのぐらい距離を離すか。アンカーチェーンの長さは深さの3~5倍で海底と天候の状態で決める、とジョンの講義がある。  アンカーを下ろし「ホット」してデッキにテーブルと椅子を持ち出し、コーヒーとスナックを取り周りを眺める。ここは切り立った崖に囲まれ樹木に覆われた、安全な風の当たらない停泊地となっている。ジョンがゴムボートを下ろしこの島の見学とよい滝があるのでシャーワーを浴びに行こうと提案し誘う。犬は島に降りてはいけないので、ヨットの留守番役とする。ゴムボートを操り二人で滝まで行く、 [ダイナーキー] に積んで有るゴムボートは4人が楽に乗れ、船底がアルミで抵抗を少なく、速く走る様に造られている。このゴムボートに8馬力の船外機をつけ、モーターボートのように走り使う事が出来る。海上での足として使い、ヨットと陸を行き来するのが主な使い道だ。  この滝は、高さ5メーターぐらいで、回りは原生林の樹木に囲まれ人影などまったく無く、外海から少し入ったところにあり、海水は澄み渡り、海底の様子が丸見え、魚の泳ぐ姿が見える。ゴムボートを近くの木に縛り、早速、裸になり海に飛び込む。少し泳ぎその後滝に当たる、水は少し冷たく、はじめてのセーリングで興奮した体に気持ちよい。目の前の海を眺め滝に打たれる。何かの修行に来ているようだ。 「なんと豪快なシャワーなのだ」、潮風に長時間当たった体に、真水のシャワーは感激だ! 原始の生活に帰ったようだ。シャワーを浴びた後、ゴムボートで小さな湾を見て周り、ここは風が変わったとき良い停泊地になる。ここを潜ると天然のホタテが取れる。ここにはグリーンムセルが、引き潮のとき現れる。釣った魚は、このスモークハウス湾でスモークすれば良い。天然のカキは、この岩で取れる。などなど、ジョンが説明しながら犬のセーラーの待つ 「ダイナーキー」 へと帰り着く。  チャーリー北原は、夕暮れ寸前に、ゴムボートで釣りをしてみる。風の無い静かな海で、ゴムボートを潮に乗せ仕掛けを落とす。すぐ当たりがあり30センチの鯛が釣れる。「何て簡単なのだ」、その後も2匹釣れ、夕食にはこれで十分なのでヨットに戻る。釣りたての鯛を、ヨットのデッキでバーベキューにする。白い米をたき、味噌汁を作り、ジョンにジャパニーズ焼き魚定食だと一人前渡す。ジョンはビールを飲みながら、日本食を美味しい美味しいと食べ、そのジョンも最近はチャーリー北原の作る日本食に慣れ、もともとなんでも食べるジョンだが、日本食のファンと成っている。チャーリー北原も、久し振りの焼き魚に醤油を落とし、ビールのつまみで、旨い、釣りたての魚は旨いと食べる。犬のセーラーも欲しそうに 「クンクン」体を摺り寄せ迫ってくるので、鯛の骨は硬く、犬が喉に骨を刺さないように骨を取り除き、ドックフードと混ぜ鯛の身肉をやる。チャーリー北原の親心なのだ。  夕食後、ヨットの周りにアジがいっぱいいるのを見付け、ジョンと二人で釣る。米をコマセにイカの刻んだ餌で釣ってみる。アジはこませを撒くと「ワァーッ」と集まり、コマセと一緒に落とした餌に食いつく。目で見えるアジ釣りなので食ったと思う瞬間合わせる。釣れたと喜んで強く引くと、アジは口が切れ水中に落ちてしまう。糸と針だけで釣っているので、針に掛かると釣り上げるのが大変だ,アジはよく暴れ、釣り上がるより口が切れ逃がすほうが多い。目の細かい網が有ると簡単に取り込めるのだが、あいにくヨットに持ち合わせていない。二人で釣っては逃がし奮戦しアジを釣る。バケツに半分になった頃、アジの姿がヨットの周りから消えたのをきっかけに釣りを止める。このアジを背開きにして、はらわたを出し、海水で洗い塩を振り網に入れ干す。たぶん明日の朝には美味しい干物が出来ているだろう。暗くなったので、マストのライトを点けデッキでビールを飲む。いい雰囲気だ。ジョンは先に寝てしまった、新米にセーリングを教え疲れたのだろう。静かな海の夜は、よく眠れそうだ。  チャーリー北原は、缶ビールを手に夜空を見上げる。今日は快晴の闇夜のため、空には星が一面輝いており鳥肌が立つぐらい無数にある。星とはこんなにあるものなのか?と単純な疑問を持つ。生まれて初めてこんなに多くの星を見る。子供のころ、学校の先生が、「空には星が一杯ある」と教えてくれた時のことを思い出す。純粋な子供心で家に帰りつき眠いのを我慢し夜を待ち、期待を込め夜空を見上げると、空には大きく数えるほどの星しか無くガッカリしたことを思い出す。公害の日本では、星がぽつぽつと在るだけで、「学校の先生は嘘をついたのだ」と子供心に思ったものだ。今、この星空を見ると、「あの話は本当だった、学校の先生は嘘をついていなかった」「やっぱりあの話は本当だった」。「天の川まで見える、」本当だ、「天の川ってあるのだ」、日本では見えないだけだ。時々人口衛星が通る。流れ星も見える。「流れ星が消えないうちに願い事を言うと叶う」と聞いたことがある。今のチャーリー北原は十分幸せで、願うことなど無いがやってみよう。 「安全な航海を」と願う。「嘘だ」、流れ星はすぐに消えてしまう。こんな短い願いも言う間がない、「願いなど言えるものか」、これは嘘なのだ。チャーリー北原はビールが回ってきたようだ、犬のセーラーにお休みを言い寝ることにする。  翌朝、目が覚めてデッキよりコーヒー片手に周りを見渡す。今日もよい天気のようだ、朝食を作る。トーストにスクランブルエッグ。昨夜のアジを焼いてみる。うまそうだ。強火でさっと焼き醤油をたらし食べる。パンにも合うとジョンはアジの干物を、骨を取り除きパンに挟み、サンドイッチとして食べている。犬のセーラーも喜んで食べる。外のテーブルで食事を持ち出しゆっくりと朝食をとる。朝日を浴びコーヒーを飲む。ヨット上で鳥の声を聞きながらジョンと犬のセーラーと一緒に朝食を楽しむ「最高の朝だ!」。停泊している湾は、海面がガラスの様に波一つ無く、アジを焼いた煙が流れる。匂いを嗅ぎつけた一羽の海鳥が海面に行儀よくちょこんと座り、餌が欲しいと待っている。昨夜、騒々しく近くの高い木に止まり、夜を過した「海ウ」たちは、どこかへ餌を求め飛び立った。その止まり木に残された白い糞が、自然の美しい木々を痛々しく見せている。  ジョンが言う、今日はキオラの町に戻るが、出発するときは昨日と反対にエンジンを使わず出発する。まずメインセールを上げ、アンカーを上げる。セールアウトしたらジブセールを広げ走り出す、と指示する。午前10時ごろになって風が出てきた。「さあ出発だ」ジョンの声が掛かる。南の風12ノットのいい風だ。メインセールを上げ、電動ウインチでアンカーを上げる。 「ダイナーキー」 は音も無くゆっくりと走り出し湾を離れる。湾を離れ広くなったところでジブを広げ本格的に走り出す。グレートバリアー島を離れたところで風は8ノットに落ち、昨日と違うコースでセーリングする。コロマンドール半島に向かい30分で方向を変え、オークランド方面に行く。しばらくすると、又、風が上がって来たのでその風をブロードリーチ(斜め後ろ)に受けキオラの町に向かう。ジブを巻き込み代わりにジェネカを揚げる。風船の様に膨らんだセールが風を受け止め 「ダイナーキー」 は飛ぶように走る。15ノット以上出ているだろう。 「ダイナーキー」 のセールはクルージングのため面積を小さめにしてある。リタイヤ夫婦が世界を回るための設計であり、スピードより安全を重要視している。それでもカタマランは、水中抵抗が少ないため他の船より速く「こんなに速く走ら無くても」と、初心者のチャーリー北原が思うぐらい速い。今日は、ジョンがテストを兼ねてスピードを出し走っているのだ。
   *嵐の海
ヨットがこんなに速く走るものとは知らないチャーリー北原は、不安になり、ジョンに聞く。「もし嵐に遭ったらどうすればよいのか?」、ジョンは 「嵐に遭う、と、言う言葉をよく聞くが、天気をよく勉強すると嵐に遭う事はない」、「陸に住んでいる人達は、海を恐れ嵐に遭うと思い込んでいるが、テレビを観る人や本などを読む人達が喜ぶように、マスコミが演出しているだけだ。「実際には天気と言うものは急に変わったりしない」 ジョンの説明がつづく。「多分、セーリングをしていると強風に遇うときが有ると思うが、それはセール面積を小さくすれば良いのであって、これは、嵐でも何でも無く、恐れる事はない」。「陸上でも同じで、良い日もあれば悪い日もあり。天気を読んで、良い日にセーリングすれば何事も起こらない」。マスコミとしてはそれでは話に成らず、嵐に遭って遭難した話を、敢えて取上げる。だから陸上に住む人は、海というと遭難や嵐をイメージするのだ。セーリング中に台風にあったとかの経験談をよくテレビや本で見たり聞くが、非常にわずかな人達で、情報が無かった頃の昔の話が多く、参考にはなるが、今の時代、何時でも天気図が見られ、台風が何処で発生してどちらの方向に行くか、何時でも分かる。そこから逃げるか、またその時期に台風の発生する地域に居ない事で避けられる。それでもたまたま強風に遇ったと想定すると、風に向かって進むのが無謀な時は、風を後ろに受け、風に逆らわずに通り過ぎるのを待つのだ。ジョンの話に熱が入る。ヨットレースは何日に出発して、早くゴールしたものが勝ちと言うゲームであり、よく荒れた海と遭遇するのだが、クルージングの場合、あえて荒れた海に向かう必要は無く、セールを小さくして、嵐が通り過ぎるのを待つか、嵐に逆らわずに走り、嵐が過ぎ去ると、又元のコースに戻り目的地に向かう。クルージングの場合、時間は一杯あり急ぐ事は無い、天気に逆らわずに安全に目的地に向かうことが前提だ。それには、天気を覚える事が一番大事で、荒天は、前にも言ったが、直ぐには来ないので天気図を見ていると、低気圧が自船の位置に近づいて来ることが分かる。その低気圧と高気圧がぶつかった所の圧縮されたところ。天気図で言うと等圧線だが、この等圧線がどの位詰まっているか?で、風の強さが分かる。ジョンが紙に優しく書いて説明してくれる。このカタマランは船足が速く、天気図を見ていると、二日前には荒れた天気が近づいて来ると分かるので、低気圧が向かうコースから逃げるのだ。このヨットは、一日200マイルは軽く走るので荒天から逃げる事が出来る。チャーリー北原が言う、 [それでも荒天に掴まってしまったらどうするか?] その時は、決して怖がらない事、落ち着いて自然に逆らわず、協調するように後ろに風を受け逃げる。このカタマランは、風に逆らわず、セールを総て下ろしてもまだ速いので、その時は、ヨットの後ろからドギューと言う、抵抗となるパラシュートの小さい物を二つ、波長の2倍以上後に流し、波より速くなく遅くなくヨットのスピードを調整する。もう一つの方法は、ヒーブツーと言って、セールを小さくし、このヨットでは、メインセールだけを一番小さくしてジブは巻き込み、船首を風に向け、風の方向と30度?位で、海の上で前に進まず後ろにも流されずに浮いている。風が押す力とセールが起こす前に向かう力のバランスを取り、ヨットで一番強度の有る、船先を前に向ける事で波と戦い荒天が通りすぎるのを待つ。この様な天気でも、このカタマランは、キャビン内で居心地がいいとは言えないが、料理や食事が出来る位の状態だ。ノンビリと覚悟をして、嵐の過ぎるのを待つのだ。{それでも海が荒れた}と、したら、船首からパラシュートアンカーを流す。この時は、セールは総て下ろし、アンカーロープは、波長の2~3倍の長さ以上に流し、波がまともにヨットの上に落ちてこない様に調整する。そして嵐が過ぎるのを待つ。慌てる事は無く、待っていると荒天は過ぎ去るので、パラシュートアンカーを引き上げ又走り出す。この時、まだ波が強く、風も強くて、パラシュートアンカーを引き揚げられない時は、切り捨てるか、海が静かになるのを待つか、どちらかを選ばなければいけない。このパラシュートアンカーを流すときに、ロープをヨットの何処かに縛らなければいけないので、この留め金にものすごい力が掛かり、留め金がよく壊れる事がある。このものすごい力を分散するか吸収する装置を考えておかなければいけない。  又、もしもだが、とジョンは前置きして、チャーリー北原を恐れさせない様に説明する。何かの事故でヨットに海水が入ってきてヨットが沈む時には、慌てずに、ヨットに積んであるライフラフトを海に投げ入れ、それに、救命道具を持って乗り移る。ライフラフトは、海に投げると自然に開くので、ヨットから離れないようにロープでつなぎ乗り移る。そして切り離す。これは最後の最後の手段で、ヨットというのは簡単には沈まず、ヨットにいて無線で助けを求めるほうが最善の策だ。もし又、もしもだが、ライフラフトに乗り移ると、一番大事なものは、真水でこれを作る造水器を持っていると飲み水に困らない。次に大事なのは、食料で緊急用食料と釣り道具が必要だ。次は救命隊が来た時、自分の位置を知らせる救命信号を出すフレヤーが必要だ。多くの場合は、ヨットが沈まない限りヨットに居て助けを求めるほうが得策である。ジョンが格言のように言う [岩はヨットを沈めるが、波は沈めない]。ライフラフトは穴が開いて沈むがヨットは簡単に沈まない。たとえ横転しても、沈まないので慌てずに助けを待つ事、慌ててライフラフトに乗り移り、人間は死に、ヨットは浮かんでいた話はよくある。ヨットが完全に沈んでしまう寸前まで、ライフラフトで逃げるのは待つ事。嵐に遭うことを総合して考えると、一番大事なのは、天気図を読むことである。昔のセーラーのように空を見ること、空を見ていると天気が荒れそうだと、空が知らせてくれるので、空を読む経験を積むと分かるようになって来る。とにかく自然に逆らわない様にセーリングすることだ。ジョンの講義だった。「ダイナーキー」は、快調にセーリングして、キオラヘッドが見えるところまで来た。昨日と違う速いペースだ。ジョンもチャーリー北原も満足そうだ。無事キオラの町に着き、川をエンジンで上る「最高のセーリングだったね」と言うと、ジョンがすかさずチャーリー北原に「風が吹くと格闘技に変わることを忘れないことだ」と釘を刺す。
  海を習う
    *初めてのトローリング  二回目のグレートバリアー島行きの時が来た。天気のよい日を選んではセーリングの練習をする。今回はナビゲーションを習う。ハンドコンパスで三点の角度を測りチャート(海図)に記入する。たとえばあの山の一番高いところが、何度、あの灯台は、何度、あの岬は、何度、三点の線が交差した三角形が、自船のポジションである、G,P,S,がある今の時代、使わないが、もし機械が壊れたとき必要となる。機械は機械なのだ。G,P,S,は人口衛星の電波を受け、自分のポジションを出し、誤差は10メートルぐらいしかない便利な機械だが、壊れることも事実だ。大洋に出ると目標物が無く、セキスタントで一日二回、水平線と太陽の合う瞬間の角度を測り、二本の線を出す。縦の位置は標準時間から数えた地球の経度線で、セキスタントで測った緯度線、朝と夕方の二本の線が交わった点が自船の位置である。それを毎日チャート(海図)に記すことでどのぐらい進んだか?、機械が壊れていないかわかる、大型船でも毎日の義務でやっているとジョンの講義である。停泊場所も、周りの地形で海底の状態がわかる。周りが切り立ち岩が多いところは、海底の岩にアンカーがかかるので避ける砂浜の前は遠浅で海底は砂浜である。この事はチャートにも記してあるのでアンカーを下ろす前に調べる。もし、チャートに無い場合周りの地形より判断する。ヨットは風に向かって30度~90度の角度で走る事が出来る。波の状態にもよるが、多分、このカタマランは風の方向を中心に35度~90度ぐらいだろう、ジヨンがやさしく説明してくれる。セールは風と進行方向の半分の位置に出す。クルージングの場合、レースと違い風に向かい上り過ぎないこと。クルージングは時間が制限されていないので危険を避け、安全にセーリングするほうを選ぶ。そしてセーリングの基本でもある、見張りが一番大事だ。色々な便利な機械がある今のセーリングでも見張る事が一番大事で、ヨットのスピードはパワーボートと違い遅いので、見張っているとかなり危険を回避できる。ジョンの講義を聴きながら「ダイナーキー」はグレートバリアー島に着いた。  今回は、マウントホブソンに登って見ることにする。マウントホブソンは標高621メーターで、島の中心部にある。この島では一番高い山。マヌカと呼ぶ背の低い野生の木に一面を覆われ、所々に岩肌が露出している。途中の川沿いにカオリダムがある。カオリ松を切り倒し人力で昔作られたというが、ここで溜めた水をゴールドの発掘に使ったと言う事だ。このダムを見ると人力で昔の人は良く作ったものだと感心する。頂上まで2時間で着き、山頂では360度見渡すことが出来、周りを海に囲まれ静かで広々としグリーン一色といったマヌカ林に包まれた島。青い海の波紋が作り出す幾何学的な波が岩に当たり岩の周りを白く形つくっている。「ダイナーキー」が停泊している湾も見える。海風に当たりながら瞑想をやって見る。マヌカ林の匂いを嗅ぎながら目を閉じる。心が異次元の世界をさ迷う様だ。風の音だけが聞こえマヌカのお茶に似た匂いが鼻をくすぐる。汗をかいた体に寒さを感じ下山することにする。帰りは1時間で犬のセーラーの待つ 「ダイナーキー」 へとたどり着く。  下山でかいた汗を流すため 「ダイナーキー」 から海に飛び込む。少し冷たい海水が気持ちよい。登山途中に何かで引っかいた傷が塩水でしみる。何度もヨットに上がっては、又、海に飛び込み遊ぶ。犬のセーラーも泳ぎたそうに海を覗きこむが、怖いらしく、幾ら呼んでも自分からは飛び込まない。海に掘り込むと、誰にも教わっていないのに泳ぐのだが、海に掘り込むのもかわいそうなのでチャーリー北原だけで泳ぐ。それにも飽きて、バケツを持ち今晩のおかずにグリーンムセルを岩場に取りに行く。引き潮で、海面上に出た岩に付くグリーンムセルの大きそうな貝だけ、手でねじるようにもぎ取る。バケツに半分になったのでヨットに戻り、シャーワーを浴び、今とったムセルを料理する。フライパンを火にかけ、ムセルを入れ白ワインを注ぐ、蓋をして口が開けば出来上がり。二枚貝の片方を外しスプーン代わりに使い、スープを飲み貝を食べる。ジョンはパンと一緒に食べ、パンをスープに少し浸し柔らかくして食べている。犬のセーラーにもやるが好きでは無さそうで、ドックフードだけの夕食だ。今夜はシンプルな夕食だが、ムセルは新鮮でうまかった。夕食後、前回と同じくアジ釣りをして、釣れたアジを干し保存食にする。アジの開きも、旨いし、面白いように釣れるので癖になりそうだ。犬のセーラーは何時も横にいて、チャーリー北原はビールを飲みながら幸せだと思う。あの畳み貯金を使いこの生活を買ったのだ。あのまま日本で 「コサマンジャーレ」 をやっていても、今の生活は無かったと思う。金は貯めるものではなく上手く使うものだ。  次の朝、冷凍ライスがあったのでおかゆを作り、昨夜のアジの干物と大事に隠してあった梅干しで朝食にする。ジョンに梅干しを食べて見る様に勧める。ジョンは恐る恐る一口食べ、突然顔をしかめ 「何だこれ」 と言い、そして海に梅干しを吐き出す。チャーリー北原は、「あ!もったいない、ニュージーランドでは手に入らないのに」と笑いながら言う。「ジョン、梅干しの種を海に捨てると嵐になると日本の伝説がある」、ジョン曰く 「ここはニュージーランドだ」。 こんな朝食を朝日を浴び、コーヒー片手に過ごす。やがて風が出てきたのでキオラの町に戻る。  人によると、セーリングは退屈だという人がいる。チャーリー北原はそんなことは無いと思う。海を見ていると波の大きさ方向が様々で、いろいろな海鳥がいて、この鳥は何を食べているのか、空の雲には色々な形があり、一つ一つに意味がある。などなどを考えていると未知の世界がひろがってくる。イルカがヨットの横を泳いでいる。時々顔を出し 「シュポシュポ」 と息をする。犬のセーラーは何が来たのかと驚き 「ワンワン」と吠える、犬のよい遊び相手だ。イルカは横になったりジャンプしたり、親子連れもいる、ヨットの周りを見事な泳ぎでわれわれを楽しませてくれる。犬のセーラーはあちらこちらに顔を出すイルカに向かって吠えようと走り回り、海を覗きこみ、こちらに出るか、あちらに出てくるかと忙しく探し回る。イルカもヨットの前に出たり、後ろで息をしたりと、毎回海面に現れるところが違い、犬とイルカの出没がぴったり合ったとき犬のセーラーは 「ワンワンワンワン」「ワンワン、ワンワン」 と吠えまくる。暫く遊びイルカはどこかに泳ぎ去る。以前、釣り好きのドイツ人が言っていたことを思い出す。イルカの周りには、サメやマグロが泳いでいる。マグロはイルカが風上に向かって泳いでいるときは、イルカの前に泳ぎ。風下にイルカが向かって泳いでいるとき、マグロはイルカの後ろにいる習性があり、大物釣りのゲームフイッシングの人たちは、この習性を利用してマグロを釣ると聞いた。イルカやマグロたちは小魚の群れを追い、小魚は水面上に逃げ回り、空から海鳥たちがそれを狙う。サメはその食いさしを食べる。これでも小魚の数が多く小魚たちは滅びずに生存できる。このように、海には毎日何かが起こっており、子供のように純粋な目で海を見ると色々なものが見られる。  12月になり、海水温も上がり、海には多くのイルカや海鳥を見るようになった。海には無数の魚卵が漂い、くらげも多く見かける。海水温が上がり産卵のシーズンが来たのだ。この魚卵が孵り、稚魚となり、そこにはその稚魚を食べる小魚が待っており、その小魚を狙う大物がやってくる回遊魚のシーズンだ。次のセーリングにはトローリングをしようとジョンが提案する。早速、チャーリー北原はキオラの町に帰って、釣具屋に行き釣り道具を買うことにする。ジョンが言うには、ヨットでトローリングするには、魚が掛かったときヨットを止めなければいけない。ヨットを止めないと魚の引く力とヨットの走る力で、魚を釣り上げる事が出来ない。セーリング中のヨットは止めるのが大変で、食料をとるには細いロープを使って魚が釣れたら引き上げるようにすると良い。しかし、この方法では釣りとしては面白くない。海が静かな日にモーターリングで走り、ルアーを流し、トローリングして魚を釣る。そこで竿とリールを買えばいい。しかしその前に、どの位の魚を釣るのか決めなければいけない。買う道具の大きさが違ってくる。このヨットは、小人数でセーリングする設計で、大きい魚が掛かっても、人手が無いため取り込めない。1メーターぐらいの魚を対象にすればよいとアドバイスする。チャーリー北原にとっても1メーターの魚で満足である、食料として魚肉も十分だ。ジョンは説明をつづける。50ポンド1000メーターの釣り糸が巻けるリールとそれに合った竿、小さめのルアー、ハーネス、魚を取り込むギャフかネットが必要だ。そして魚の取り込みは、まず、船を止めることだ。エンジンで走る場合いは、ギヤーをニュートラルにして止める。セーリングの場合は魚が掛かったら、ジブを巻き込み、メインセールの風を抜き、ヨットを止めて魚と戦う。「面白そうだ」、チャーリー北原は次のセーリングまでにこれらの道具を買い揃えようと決める。  チャーリー北原も少しずつセーリングが分って来た。しかしまだ自分一人では出来ないし、ジョンを雇いつづけ、強度の弱いところを見つけ出し、改修してもらい、完全にこのヨットを完成してもらう。ヨットというのは手造りのため、造る人の経験と、出来上がってからのチューニングが大事な仕事であり、乗りながら完璧に仕上げていく。  セーリングの日が来た。今度は、オークランドの北250キロにあるベイオブアイランドに向かってセーリングする。ここは国立海底公園で大小150以上の島から成る。多くの良い停泊地を持ち、ヨット乗りたちの憧れの地であり、世界のセーラーたちも一度は行きたいという所だ。 「ダイナーキー」 のホームポート 、キオラの町から75マイルの距離で、今回はトローリングをするためキオラヘッドの沖38マイルにあるプアーナイトキング島を回っていく。地元の釣り人に大物釣りで有名な場所である。今日のコースは、プアーナイトキング島を回りワンガムム湾で停泊して、翌日ベイオブアイランドに行く予定だ。キオラの町を出発した 「ダイナーキー」 は、静かな海を10ノットでセーリングしている。今日は天気もよいのできっと大物が釣れると期待する。もうすでに新品のシマノ28kgTI80Wリールに50ポンドの糸1000メーターがセットされ、黄色と蛍光グリーンのザッカーのルアーが、ヨットの50メートルほど後ろを海水を切り、白い飛沫を上げ、時々水中に潜り、本物のイカでも泳いでいるように見える。チャーリー北原はいつでも来いとばかりハーネスを着け、ジブを巻き取る用意をしている。もし200~300ポンドのマリーンやシャークが釣れると人間二人と犬のセーラーでは釣り上げれないどころか、海に引きずり込まれるかもしれない。今日の狙いは、キハダマグロであり小型のルアーを流す。空は青く澄み渡り、沖に見えるプアーナイト島の上にぽっかりと白い雲があり、海には微かなうねりがある、とは言え、青黒く澄み、時々ブルーペンギンが泳いで獲物をとっている。海鳥は飛び回り小魚を追い求めている。海鳥が餌を求め飛び回るときは、そこに小魚が居ると言う意味である。今日は大物が釣れれそうな最高のセーリング日和だ。「ダイナーキー」 はプアーナイトキング島を通り過ぎたところで、突然 「ぎぃー」 「ぎぃーぎぃーぎぃー」 とリールの叫び。ジョンとチャーリー北原が興奮して 「釣れた!釣れた!」 とわめく。犬のセーラーも 「ワンワンワンワン」 「ワンワンワンワン」 と何が起こったのだとパニック状態。 「早くジブ飛ばせ」 ジョンの声が掛かる。ウインチに巻かれてあるシートを離しジブを飛ばす、そしてメインセールの風を抜く。 「ダイナーキー」 はスピードを落としチャーリー北原は竿に飛びつく。竿をハーネスにつけ戦う。ハーネスに竿尻を掛けリールに肩からぶら下がったフックをかける。これで大物の魚でも体全体で戦える。この間に魚は、最初の走りで500メートルほど糸を出し、チャーリー北原はそれを巻き取ろうとする。少し糸を巻き込み、また魚が、糸を引き出す。魚との戦いだ。魚は糸を引き出し横に走ったかと思うと、深く海の底へと潜る。10分ぐらい過ぎた頃姿が見える。深いブルーの海にゴールドの色が広がる。二人の口から思わず同時に 「綺麗だ」「ビューティフル」 という言葉が出る。キハダマグロだ。初めて生きているマグロを目の前で見て、魚がこんなに美しいと言うことを知らされた。釣れたかと思うと、ヨットを見た魚は、又、水中深く潜っていく。糸を巻いては引き出され、又巻く、20分ぐらいつづけると魚が上がってきた。太陽の光を反射し、海の底からゴールドのライトをあてられた様に輝き、魚が釣り上がってきた。釣られた魚の大きな丸々とした目が悔しそうにこちらを見ている。ジョンが横から、左手で釣り糸を持ち、右手のギャフで魚を引っ掛ける。横倒れになったマグロは、ジョンのもつ釣糸に引っ張られつつ、ギャフをエラ辺りに引っ掛けられ血を流し、そのままデッキに引き上げられる。釣り上がったキハダマグロは30キロ位あり、デッキでバタバタ暴れる。そのマグロを押さえ込むように息締めにする。デッキは血だらけと成り、その血の中に横たわるキハダマグロを眺め、真っ赤の血と金色に輝く色合いに感激して、その血を洗い流すのを忘れ二人は見とれている。長さ1メーターとチョイ、丸々と太ったブルーの背に金色のヒレ、釣れたばかりのマグロは美しく輝いている。犬のセーラーも美味しそうとばかり覗き込み、眺め匂いを嗅いでいる。チャーリー北原は興奮してジョンの手を握り、「サンキュー、ジョン」「私の人生で初めての大物だ!」、こんな魚を釣ったのは生まれて初めてだ。「サンキュー、ジョン」。  「ダイナーキー」 を元のコースに戻す。30キロもの魚が釣れたので、釣りを止めリラックスする。デッキで横たわった魚が乾かないように時々海水をかけ血を洗い流す。コーヒーを飲みながら、釣れた魚をじっくりと眺める。 「さて、この魚をどうしようか」。 もうすでに息締めはしてある。美味しそうな所を今晩刺身として食べ、一部は刻んで醤油、砂糖、チリでマリネードして網で干し、残りは細かく切って冷凍庫に入れ、キオラの町に戻ったときヨット仲間に配ろう。ワンガムム湾に向かいながら、たった今、釣れた魚をさばく。デッキを血で染めながら魚をサクにおろす。  「ダイナーキー」 は、ワンガムム湾に着き、アンカーを下ろし停泊する。周りの静かで美しい海水と景色を眺める。ジョンが言う、この湾は天気の良い時には天国で、風がもし東に変わるとすぐに逃げ出すこと。この湾は東に向け外海に開いており、波が外から入ってくるため地獄に変わるから気を付けること。このひょうたん型をした湾は、外海の海水が入り、水は澄み海底の砂地が丸見えで、ここは元捕鯨基地だったらしくコンクリートで作られた壊れた要塞があり昔を偲ぶことが出来る。チャーリー北原は、ゴムボートに乗りいつものように探検に行く。岩場にゴムボートを縛りシュノーケリングで見て回る。海草の林には小魚の群れが泳いでおり、可愛いイカの子供も見える。子供でも一人前のイカの姿をしているところが可愛い。こぶし大の石がゴロゴロするところに、石と見間違えるほどよく似た貝がある。ナイフでめくり取る、アワビだった。1メーターの深さの波が砕けるところにいっぱいあり少し今晩の夕食に取る。ナイフを岩と貝の間に入れテコの要領で起こす。潜った身体が波に押され手元が狂い、間違ってナイフが貝にあたると、貝はピタッと岩に張り付き取れなくなる。日本では高いアワビがこんな浅いところにいっぱいある。10個ほど取り持ち帰る。今夜のメニューはアワビのステーキとキハダマグロの刺身だ。ビールがうまいぞ。  キハダマグロの刺身とあわびの刺身で、ジョンとビールをチビチビやりながらアワビを焼く、アワビの平たい真ん中をナイフの柄でたたき柔らかくする。そのままバーベキューにして醤油をたらす。それを刻んで食べる。炊き立てのご飯と食べ満足だ。犬のセーラーもうまそうに食べている。30キロもあるキハダマグロは、南マグロには味はかなわないがさすがに美味しい。今日も最高の一日だった。夜空は明日もよい天気だと知らせている、今夜は早く寝ることにする。  夜中にエンジン音で目が覚める、外を見回すと明々とライトの光で働いている漁船が停泊していた。夜中なのに漁師は大変だ。チャーリー北原はベッドに戻り眠る。翌日目が覚めると漁船の姿は無く、周りには誰もいない、静かな朝だった。何時もの様にコーヒーを入れ朝日の中でのんびりと朝食をとる、いい朝だ。今日の予定は、ケープベレットを回りベイオブアイランドまでの2時間ぐらいのセーリングだ。あわてる事もなく時間はたっぷりありもう一杯コーヒーを入れる。  セールを上げセーリングを始めてしばらくすると、海に突き出た半島の先に、ひとつ、波で侵食されたと思われる船が通れるぐらいの大きな穴の開いた島が見える。ケープベレットの目印となる島で、これを回るとベイオブアイランドに着く。「ダイナーキー」 は、岬を回りウルプカプカ湾にアンカーを下ろし、本日の停泊地にする。いつもの様に、ゴムボートを下ろし近くの岩場を散策する。シュノーケリングで海底を見て回り、何か獲物はないかと今夜の食料を探す。3メーターぐらいの深さにホタテ貝が見える、潜ってとりに行く。簡単に取れると思ったのだが捕まえようとするとホタテ貝は、シュッと潮を噴出し逃げる。ホタテ貝は泳ぐのだ、いつものように10個ほど取り、別の獲物を探す。5メーターぐらいの岩の下側にロブスターの赤いひげが見える。大きく息を吸い込み潜る。耳がキーンとなる。鼻を指でつまみ鼻から強く息を出す容量でフンと吹く、耳の痛さが消える。そのまま潜りつづけロブスターに届きそうなところで息が切れ、水面に上がる。もう一度大きく息を吸い潜る、耳抜きをし足ひれを動かし、必死に潜る、もう少しと言うところで届かない。息が切れたのだ。もう少し浅いところを探す。今度は3メーターぐらいの深さの岩の下にロブスターのひげが見える。潜ってみる。息を大きく吸い込み息抜きをしながら潜る。手袋をはめた手でロブスターのひげをパッとつかみ急いで水面上に上がる。シュノーケルの海水をブッと噴出し、手に持ったロブスターを眺める 「やった!」。その両手以上あるロブスターを持ち、ゴムボートに泳ぎ戻る。ロブスターを逃がさないように手に持ち網に入れ、ゴムボートの床に置く、ロブスターは暫くバタバタと暴れ、覚悟したのか大人しくなった。今日も海からの贈り物、食料は取れたのでヨットに戻る。ジョンと犬のセーラーが迎えて、ゴムボートのロープをヨットのクリートに結ぶ。ジョンは今日のロブスターとホタテの獲物を見て今夜も豪華な夕食だと喜ぶ。 午後はのんびりとデッキで本を読みビールを飲む。せっかくの静けさを楽しんでいるとき、観光船が周ってくる。船上の客が、こっちに向かって手を振る。ジョンとチャーリー北原もしぶしぶ手を振る。二人の手を振る意味は 「早く向こうに行ってくれ] の意味だ。船上の一人が犬が居ると叫ぶ、女性が「かわいい」といい写真を撮りだす。犬のセーラーも迷惑そうだ。観光船は湾内を一周りして次の湾へと向かって行った。二人と一匹は 「ホッ」 として、又もとの静けさに戻る。しばらくすると別の観光船がやってきて、又同じことが起こる。今日はなんて糞バエの多い日だと二人はため息をつく。夕方になり観光船も来なくなりバーベキューを始める。ロブスターを半分に割り、火に掛ける。ホタテ貝はそのまま火に掛け、貝が開いたら醤油をたらす。こぼれた醤油が焼け夕闇の迫る静かな湾内に匂いを振りまく。天然のホタテ貝は甘く、口の中で甘さが広がる、たまらなく美味しい。昨日取れたキハダマグロもステーキにして焼く。ロブスターを指で千切り食べながらビールを飲む。チャーリー北原がジョンに向かって冗談を言う。 「何かこの生活に文句があるか」 と、ジヨンが 「文句ないね~、このまま死んでもいいよ、お前と一緒なら」 冗談が返ってくる。調子に乗ってチャーリ北原が冗談を日本語で言う、「ジョン畳み貯金はこのように使うものだな~」ジョンは首を傾げ、「今なにを言った?」「ジョ-ク、ジョーク」とチャーリー北原は言葉を誤魔化す。夕日が沈む前の斜光線がビールを飲む二人の顔を照らす。夕食後ゴムボートに犬のセーラーを乗せ浜に降りる。犬のセーラーは喜び浜を駆け回る。このところ陸地に降りていない犬のセーラーは、カモシカのように駆け回る。浜を走り崖を駆け上る。気でも狂ったのかと思うぐらい走り回る。そして疲れたのかもう十分なのか走るのをやめ、「ウンコ」をする。ヨットライフは運動不足に成りがちなので気をつけなければ。たまに犬と一緒に浜でも歩かなければいけないと感じる。犬のセーラーは、最近、セーリングの「タック」と言う風上に向かって方向を変える言葉を覚え、方向が変わるたび風上側に移動する、トローリングで魚が掛かると 「ワンワンワン」 と吠え知らせる。食べ物も分け与えゴムボートにも乗り、一緒に泳ぐ。こんなことを星空の下でビールを飲みながら考えていると、いつか犬のセーラーと南太平洋のどこかで別れなければいけない、一度ニュージーランドを出ると犬はもうこの国へ入れない、アメリカもだめだ、こんな事はその時まで考えないで置こう。ジョンはもうベッドに行ってしまった、とかく海の男は寝るのが早い。
   *ナイトセーリング
夜中近くになってぐっすりと眠っていた所をジョンに起こされる。今からナイトセーリングに行くと言う。眠たい目をこすりながらチャーリー北原は起きる。セーリング中は夜も昼もなく見張りは一番大切であり、外洋セーリングでは交代で夜中見張ることに成る。チャーリー北原は、夜のセーリングの練習をまだ一度もした事は無く、セーリングというものは昼間だけするものと思い込んでいた。「え!今からセーリングをするの?」とチャーリー北原は驚く。ジョンが言うには、外洋セーリングに出ると昼間も夜もなく、目的地に着いた時がゆっくりと休める時だ、その練習もしなくては行けないと言う。真っ暗の中レーダーのスイッチを入れる。緑とも青ともいえない画面に今停泊している湾内が映し出される。レーダーによると 「ダイナーキー」は、ほぼ湾の真中当りに停泊しており、岸から約50メーターぐらい離れている事がレーダーの距離を表す画面内の輪で知らされる。岸は、もやもやとレーダーに現れ、U字型をしたウルプカプカ湾が映し出される。便利な機械である。人間の目で見えない真っ暗な闇の中でも自船の位置や周りが読み取れる。エンジンを掛けアンカーを上げる。ゆっくりとレーダーを見ながら停泊地を出発する。近くに多くの小さい岩があり昼間は目で見えるところでも夜は気を遣う。余り小さいとレーダーには映らず、水中に有るものもレーダーには映らない。測深器を入れ水中を監視する。停泊地を出発した海底の状態は、徐々に深くなってゆき時々水中の岩が映り急に浅くなっている。これを避けるように迂回して、外海に出る。海底はここから深くなる一方なので測深器は必要なくなりスイッチを切る。もう少し安全のためレーダーを見ながらセーリングを始める。完全に湾外へ出たところから、今度は沿岸に沿ってセーリングを始める。今夜は10ノットの西風で夜とは言え楽なセーリングだ。ジョンの講義が始まる。 「夜のセーリングの時は岸から5マイル沖を走ると危険が少ない」。「海が荒れているともう少し沖のコースを取ること」。「昼間はよく見えるので見張ってさえいれば3マイル沖をセーリングして良い」。ヨットでは、リーウェイと言うのがあり、これは横流れのことで、人間の目では真直ぐ走っているように見えても、実際には、ヨットは横流れをしながら走っている。この現象は飛行機でも同じようにあるが、空には横流れをしてもぶつかるものは無い、しかし、海には島や岩があり横流れする事により少しづつ近寄ってしまう。この横流れを計算に入れて対角線上に走らなければ成らない。真直ぐ進む事が言葉以上に難しく、ヨットレースでは出来る限り真直ぐ進むことが勝因に繋がる。その為にも、ヨットにはキールと呼ぶフィンが付いている。沿岸から横流れを計算して5マイル沖をどこでも走って良いのだが、海のルールとして、沿岸は大型船の決められた通り道でもあり頻繁に大型船が通るので見張りは何時も大事だ。  真っ暗な海をセーリングしていると当たり前のことなのだが、昼間見えた周りの景色が見えない。遠くにわずかにあれが陸かと思われるぐらいにしか陸が見えない。その陸から離れたところに、島が、黒くうっすらと見えてきた。昼間はこの島と陸の間を通りぬけられるのだが、夜は危険を避け、遠回りして島の沖を通る。ヨットが波を切る音だけが聞こえ、船首によって切り分けられた波が、夜光虫によって美しく光り輝く波となる。空は満点の星空が広がり、人工衛星が動かない星の群れを横切るかの様に走っていく。遠くに灯台の点滅した明かりが見える。ジョンが 「灯台の明かりは、灯台によって点滅の仕方が違う」 「海図を見ると、この灯台は何秒に一回光ると記してあり、それによってどこそこの灯台と解る」。「この明かりは照度により、何マイル沖から見えるとなっている、これは天気の良い日の数字である」、その明かりを目標として外洋から来た船は沿岸に近づく。今はレーダーとGPSで簡単に現在位置が分かるが、いつも言うように「機械が壊れたならば、基本の航海術が必要になってくるため覚えて置かなくてはいけない」とジョンの講義がつづく。昼間と同じく海図に、三箇所の灯台の角度をハンドコンパスで測り三本の線を出す。その三本の線が交わったところをジョンが指を差し現在地だと言う。GPSで確認してみる。「正解」。練習で正確に取れるように成ると、GPS、に負けない現在地を出す事が出来るとの話だ。スピードの遅いヨットは、現実的には大まかな現在位置が分かればよく、岩や島に乗り上げなければ良いのであって、見張っていれば安全である。危険な岸の近くに来た時は、そのまま進まず朝を待ち明るく成ってから近づいて行く、これが基本だ。ジョンの講義を受けていると{後ろからビルディングが来たか?}と思うぐらい真っ暗な海に明々とした明かりが見えてきた。ジョンが「あれは大型船だ」という。ヨットに比べ大型船は船足が速いので、相手側の大型船が周りを見張っているか?確かめるため、ここにセーリングボートがいると無線で知らせる。大型船は朝も夜も無く計器で運航しているため、人間の目で見張っていないことが多く、ぶつかって来ない様にこちらから知らせる方が小さい船としては安全だ。ジョンがチャーリー北原の練習のため無線で大型船に話し掛ける。 「こちらはダイナーキーです」 「こちらはダイナーキーです」 「聞こえますか?」 「聞こえますか?」。応答が無い。多くの大型船は仕事のため航海しており、昔と違い今では何時に着くと言うノルマのため、ヨットなどかまっていずドンドン進んでくる。時には当て逃げをする船もある。大型船がヨットなどぶつけても、ちょっと大きな波がぶつかった位にしか思わずドンドン行ってしまう。積荷のコンテナーや木材などを海に落としてもお構いなしで時間どうり港に着くことの方が重要であり、後の処理は保険で片付ける。このような船が最近は多いとジョンが嘆く。もう一度無線を入れて見る。 「こちらはセーリングヨット ダイナーキー」 [聞こえますか]やはり返事が無い、「聞こえているはずなのだが?」。大型船はだんだん近づいて来て恐怖を感じるぐらいの距離になって来た。もうこれは練習とは言っていられない。ジョンが慌てた声で 「こちらはセーリングヨット ダイナーキー」 「こちらはセーリング ヨット ダイナーキー」 「聞こえますか」 「聞こえますか」と大型船に呼びかける。やはり返事が無い。突然真後ろで船の汽笛が[ボー ボー ボ」となり二人と一匹を脅かす。ボーと長い汽笛が二回と短い汽笛が一回、これは右に曲がり追い越していくと言う合図であり、後ろの大型船は 「ダイナーキー」 を避けて通りすぎて行く。ジョンが怒って 「聞こえているのに返事もしないで馬鹿野郎」 、ジョンが嘆く 。「最近は海の友情や助け合いなど無くなった、皆金儲けばかりになってしまった」。チャーリー北原は、{何も判らないのだが、もしかしたらぶつかるのでは?}と恐怖を感じた。ジョンの講義では、出来る限り大型船の航路に入ったならば見張りを強化して、大型船を見付けたら必ずこちらの存在を知らせる。可能な限り夜は大型船航路を避けてセーリングすること。  この辺でUターンをして元の停泊地に戻る事にする。ケープべレットの灯台の明かりを目指 し、元来た方向に戻る。ケープべレットの明かりを手前に右に折れ、ベイオブアイランドに戻ってきたのだ。この湾の奥がウルプカプカ湾で停泊地だ。無事停泊地にアンカーを下ろした。すでに朝の四時になるが一眠りをする。夜のセーリングを初めて経験して少し恐怖も味わい、興奮する気持ちを抑えるためラム酒を少し飲み眠る。
   *イルカと泳ぐ
  ゆっくりと朝寝をして目が覚める。犬のセーラーにおはようの挨拶をして、ゴムボートで岸に行き犬の散歩を兼ね浜を歩く。犬のセーラーは、喜び、走り回り、崖を駆け上り、突然 〔ウンコ〕をする。その後、犬のセーラーと一緒に海に入り一泳ぎする。今では、犬のセーラーは慣れたもので、もうすでに岸に着く前にゴムボートから海に飛び込んでいる。岸の近くで泳ぐのは慣れていて、前を泳ぐチャーリー北原の平泳ぎを犬掻き泳ぎで追い越してゆく。追い越して少し前まで来ると、犬のセーラーは後ろを振り返り、「大丈夫?」と心配そうにチャーリー北原の顔を見る。そして又泳ぎつづける。犬のセーラーの方が速く泳ぎ得意そうな顔をする。朝の一泳ぎを済ましヨットに戻る。シャワーで体に付いた塩を流し、犬のセーラーもぬるま湯で洗ってやる。 デッキに腰をかけコーヒーを飲む。今日は、遅くまで寝ていたのでもうすでに太陽は高く上っており、ぬくぬくとした気持ちの良い朝だ。ジョンがゆっくりと起きてきて、モーニングコーヒーに加わる。「昨夜は危なかった」とまだ怒っている。無線で呼びかけているのだから返事するべきだ、「海のルールも知らないのかまったく困ったものだ」と嘆き怒る。  朝のコーヒーと朝食が済み、ベイオブアイランド見物に行く。ここは湾が深く切れ込んでおり、台風シーズンにも安全な場所で、多くのヨッティーたちが長期の停泊をしている。ジョンもチャーリー北原も顔なじみが多くいるので、見学がてら挨拶しながら湾内を見て回る。深く切れ込んだオプアの湾は、荒天にも安全なところだが、海水の循環が悪く海の水が濁っている。その海にコンクリートの塊を沈め、コンクリートからチエーンとロープを繋ぎ、ヨットを停泊させるモアリングが200箇所ぐらいある。そのモアリングに停泊しているヨッティーたちに声をかけながら、モーターリングで横を通りすぎ、短い挨拶を交わす。  オプアの湾を一回りして、その後ウルプカプカ湾に戻り海の水が綺麗な外海で鯛釣りをする。チャネルになっているところを抜け、外海に出てエンジンを止め、ヨットを潮に乗せ流す。ジョンがヨットの流れ具合いを見張り、チャーリー北原は釣りを始める。イカの足を餌にして針に掛け海底に落とす。竿先を 「ちょいちょい」 とあおり巧みに魚を誘う。突然 「グ グッ」 と重い当たりがあり、巻き取ると、45センチの鯛が釣れる。「いい型の鯛だ」。ジョンが網で取り込んでくれる。この後次々と5匹釣れこれで十分と停泊地に戻る。今宵のメニューは鯛の刺身と言いたいところだが、夏の鯛は産卵後で脂が乗っておらず味が落ちるので、鯛の腹にハーブ、スパイス、ライス、などを詰めアルミホイルで包みバーベキューで焼く。今宵も美味しいシーフードの夕食だ。  翌朝、コーヒーをデッキで飲んでいると、犬のセーラーがイルカを見付け[ワンワン」と吠え出す。5~6匹のイルカがヨットの周りを泳いでいる。チャーリー北原は朝のシャワーの代わりに、イルカと一緒に泳ぐことを試みる。シュノーケリングを付け、イルカを驚かさないように静かに海に入る。水中眼鏡を透して海中を覗く。イルカは実際より大きく見え自分の二倍もありそうだ。その大きさに一瞬体が「ゾクッ」とする。暫く、海に身体を浸けイルカを眺める。もし襲ってきたら直ぐにヨットへ逃げ戻れるように、しっかりと手でヨットの取っ手を掴みイルカの様子を窺う。鼻が長く伸びたボトルノーズドルフィンで薄い茶色と言うか薄いグレイの背に腹の白い人間より少し大きいぐらいのイルカだ。イルカは別に驚かず仲間が増えたぐらいの雰囲気で泳ぎ回る。ヨットの上からは犬のセーラーが心配そうに覗きこんでいる。チャーリー北原がからかい半分に犬のセーラーに 「お前も来るか」 と声を掛ける。犬のセーラーはイルカが怖いのか、イルカに向かって吠えている。イルカは襲ってきそうも無いので思い切ってヨットの手すりを離し海に入る。このイルカは誰かが餌をやり慣らしているのではと思うぐらい恐れを知らず、チャーリー北原と一緒に泳ぎ回る。といっても、チャーリー北原は足をバタバタするだけだが、イルカは巧みに泳ぐ。速く泳ぎ又戻ってきたり、ヨットの船底に体を擦るのではと思うぐらい近寄り、体をひねり、又戻ってくる。チャーリー北原の体に触れそうなぐらい近寄り、反転してゆく、そして、又戻ってきては泳ぎ去る。シュノーケルに足ひれを付けたまま海面に浮き、海中を覗き、うまく泳ぐものだとチャーリー北原は感心する。深く潜っては水面上に飛び出し、ジャンプしたり、体をひねって横になり泳ぐ。イルカの真似をして足をそろえイルカの様に泳いで見るがなかなか難しい。日ごろ鍛えていない体には、この泳ぎ方はぎっくり腰になりそうだ。足ひれだけでイルカの後を追う。潜ってみて下側から覗いて見る。母親と見える一頭の大きな白い腹に寄り添うように、子供のイルカが泳いでいる。親に泳ぎを習っているのか、可愛い表情で一生懸命泳いでいる。母親が息を吸いに海面に出ると子供イルカも息切れを我慢していたかの様に海面に飛び出す。チャーリー北原も息を吸いに海面に出る。イルカに掴まり泳ごうとするがなかなか簡単には掴めず、手を出すと素早く泳ぎ去る。イルカと鬼ごっこしているみたいだ。10分ほどで何処かに泳ぎ去ったのでヨットに戻る。いい経験が出来た。イルカは人間を恐れず、襲ってくる訳でもなく仲良く一緒に泳いでくれる。初めは身を硬くしたが後は気楽に泳げ楽しかった。イルカは遊び心が多いのか何時でもヨットのそばに来て泳ぎ回る。もしかしたら、ヨットと言う浮遊物に着く小魚や蟹など、餌を求めてやって来るのかもしれないし、遊びに来るだけかもしれない、愛嬌のある海の動物だ。セーリング中もイルカはヨットと一緒に泳ぐが、決してトローリング中のルアーには食いつかない。間違って食わないかとハラハラするのだが何故か食いつかない。たまに100頭ぐらいの集団がヨットの周りを取り囲み泳ぎ回るが、イルカはルアーには不思議と食いつかない。よほど頭がよく、餌とルアーを見分ける事がイルカには出来るのだと思う。デッキに座って見ていたジョンに、イルカと泳いでいた時 〔フッ〕と思ったことを聞いてみる 。「ジョン イルカというのは眠ると思うか?」ジョンが答えるには、「イルカも哺乳動物だし、やはり眠ると思う」。「イルカを専門に調べている人の話だと、頭の良いイルカや鯨は、人間みたいに長くは熟睡しないらしい。横になって眠らずゆっくりと泳ぎながら寝るそうだ。人間も疲れると立っても眠ることが有るのだから、イルカが泳ぎながら寝てもおかしくない。人間も同じように、「賢い人は」長時間眠らないらしい。{私は眠るがネ}。{睡眠時間をとらないと頭がボーっとしてしまう}。「きっと賢い人は起きながら寝るのだ」とジョンが言う。ジョンは話す 「睡眠の話で思い出したが、セーリングでの夜の見張りは4時間交代が良いと思う」 ジョンの講義が始まる。人間の睡眠時間は、普通の大人では7~8時間の睡眠が必要で、寝不足になると失敗や事故を起こしやすい。そこで交代で見張るのが良い。人間の睡眠サイクルは90分熟睡して5分~1時間ウトウトする。そして又90分熟睡する。このパターンなので4時間交代で各自が8時間の自由時間を持つほうが、短く交代するよりも良いのだ。緊急時は仕方は無い。  そこで、外洋セーリングに行く時の見張りのパターンだが、二人のクルーとチャーリーで一日4時間ずつ二回見張り、8時間二回休憩時間とするとよい。このヨットは少人数で操船できるが、見張りのクルーを二人探したほうが良い。と、ジョンがアドバイスする。
  南太平洋へ向かって
     *クルー  このような日々を過ごし、セーリングにも慣れ、着々と準備が整い南太平洋の台風シーズンも終わりに近づく。チャーリー北原はセーリングもうまくなり、海の世界も分かるようになった。ジョンと別れて南太平洋に向かうとなると、どうしても夜の見張り役、ヨットでの雑用、毎日の料理など人手が必要であり、ヨットクラブの掲示板に広告を載せ、二名クルーを募集する。一般にヨットのクルーと言うのは、ペイドクルーとノンペイドクルーの二種類に分かれる。ペイドクルーというのはヨットレースのような時、プロのセーラーを雇い、ヨットを早く走らせる。ベテランのセーラーたちが、レース艇を正確に速く走らせることを目的に雇われる場合と、仕事の忙しいヨットオーナーが、自分でヨットを目的地に運ぶ時間が無い時など、ベテランのヨットマンたちを雇い回航してもらい、オーナーは目的地へ飛行機で飛びヨットライフを楽しむ。普通のクルーと言うのは、ヨットの仕事を手伝い一緒にセーリングする目的の人達であり、仕事や食事作りを共同でする事で、その人達は自艇を持つことなくセーリングできるし、ヨットオーナーも人手を得ることにより、ヨットを走らせる事が出来る 「ギブアンドテイク」の関係なのだ。クルーは未経験者でもよく、嵐のとき以外特別な仕事も無い。 「ダイナーキー」 は小人数で動かす設計に出来ており、一番の仕事は見張りである。外洋で一番怖いのは、貨物船と海に落ちたコンテナーにぶつかる事である。夜の外洋では、灯台の明かりさえなく、月と星だけ、すぐに眠たくなり見張りをしていられない。そして誰も居ない海は寂しすぎる。レーダーは、何かに近づくとベルが鳴り知らせるが、それでも目が覚めずにぶつかる時もある。交代要員があれば4時間ずつ交代しながら見張ることが出来、他の交代要員は8時間つづけて寝ることが出来るし、疲れも少ない。風が変わった時や強くなったとき手伝うことが出来る。気持ちの良いセーリングでは、ヨットの揺れが子守唄になり睡魔が襲うのでこのとき眠気との戦いが一番つらい。チャーリー北原自身、ヨットのセーリングをやり始めた頃、ジョンに操船を任せきりで、居眠りばかりしていて、よくジョンに起こされては 「寝てばかりいるとヨットの操船を教えないぞ」としかられたものだ。クルーは少し経験があると、海が荒れたとき、恐怖のため自己主張して船長の言うことを聞かなくなり、言い争いとなる。何も知らないと「はい はい」と船長の言う事を聞くしかなく、頼れるのは船長だけでクルーは従順に働く。時には船酔いもするが、大体3日ぐらいで体は慣れる。このように人間は、便利な半面問題も多いので、出来る限り機械化してクルーを少なくする。ジョンの忠告である。船の世界では、船長が一番権力があり、クルーは絶対服従であることがルールとして決まっている。もし従わないときは、船を降りるしか道はない。船長は総ての責任があり、たとえば、もし誰かが船内で死んだとする。船長が無線で陸と交信して様子を知らせ、陸では医者が状態を聞く。陸で死んだ死体は3日たつとウジが湧き出す。しかし大洋上ではハエがいないのでウジが湧かない。このときもしウジが湧いていると、陸で死に船に運ばれたことになる。これは、殺人問題に絡み、海に水槽することは出来ず陸に持ち帰り検視を受ける。このように死体の状態でわかるので、もし、陸上の医師が死因を正しいと認めるとその後船長が水葬する。もちろんクルーが病気になれば、無線で支持を仰ぎ船長が医師に早代わりする。外洋では12マイル陸から離れると何を海上に投棄してもいいことになっている。海の人間は海で死んでゆくのを喜んでいる。ちなみに、山男も同じで、山で死にたいと言う。勿論船も沈めても良い。現実に古くなった船は、漁礁として海に沈められこともある。  チャーリー北原は、キオラの町で南太平洋行きの準備をする。食事に変化を付けるため、各種のカンズメ類を積み込み、卵は新鮮なものを買い求め、それにワセリンを塗る。そうすれば4ヶ月ぐらい長持ちして食べられる。無論生では食べない方がよいが火をとおすと食べられる。紙類はビニールに入れ密封する。船内は湿度が高いので湿らないように注意するのだ。航海中のメニューはインスタント食品やビスケット、パン、 ドライフード 、など、コーヒー 、ティーはいつでも飲めるように用意する。南太平洋は現地産以外の食料品は高いので、多めに積み込む、醤油、ワサビは必需品。もちろん多い目に積む。海の生活で一番不足するのは、生野菜であるが痛みやすい。これだけは今の時代に成っても解決できない問題で、ビタミン不足になりやすい。ヨットで野菜を栽培しているヨッティーもいるが、何時もわずかでも揺れている船上では、野菜はなかなか育たず、行く先々で買い求めるしか手はない。多くのヨッティーはビタミン剤を飲んでいるのが普通だ。釣り道具は、食料調達に絶対必要なもので,釣り針、 釣り糸、 錘など、細かいものを多く積んでおく。 冷凍食品も積み込むが、魚が釣れたとき入れるので冷凍庫の隙間を空けておく。ヨットの部品、オイルフィルター、セールの修理道具などなど紙に書き出した買い物リストを見ながら毎日忙しく働く。ヨットにこれらを積み込むとき重量を考えバランスよく積む事。ヨットは浮くように作られており、バランスをとらないと片方の船体が沈む。これが意外と難しく,重心はピッチングを抑えるため出来るだけ真中に集める。カタマランはピッチングと言う、前後の揺れが起こりやすいので、船首を少し軽く重心を真中に集め、左右のバランスをとる。カタマランの性能を発揮するためにもバランスは重要だ。と、ジョンが言う。  ある朝、二人の若い女性が 「ダイナーキー」 に現れ、クルーに成りたいと尋ねてくる。ヨットに招き入れ、コーヒーを飲みながらクルーの仕事やヨットの行き先など細かい事を話し合う。名前をキャシーとベティーと名乗り、ともに24歳。キャシーは看護婦 ベティーは美容師で、デンマークより二人で働きながら世界を旅行していると自己紹介する。キャシーは赤毛でほっそりした背丈は170センチ位、ベティーは金髪のやはりスマートな少し胸の大きな170センチ弱、二人とも10人並と言った顔立ちで、ヨーロッパアクセントの英語をしゃべる。デンマークを出てからサウジアラビヤで働き、サウスアフリカ、オーストラリア、ニュージーランドと回って来たところだという。この後南太平洋を回り、アメリカ、南アメリカ、と旅行してヨーロッパに戻る予定だと話す。旅の予定は無く時間もたっぷりとあるので、ヨットの経験は無いが、仕事は何でもするからクルーにして欲しいという。チャーリー北原の印象は、赤毛のキャシーと金髪のベティーは容姿も普通だし、気さくそうだ。キャシーが看護婦というのも助かる。今何処に止まっているのかと聞くと、安ホテルだと答えるので、今日から部屋を与え早速クルーにする。三人と一匹の生活が始まった。  チャーリー北原はいつもの習慣で、犬のセーラーとキオラの町を毎日散歩しつづける。二人のクルーが来てから時間が取れ自分の仕事が出来る。よく働いてくれるし食事も作ってくれる。クルーも決まったことなので、チャーリー北原は南太平洋セーリングに出発するのは5月の終わりと決める。ちょうどビザも切れる頃だし、南太平洋の台風シーズンも終わり時期的にも良い。この事をキャシーとベティーに伝える。出発の準備が出来次第、ジョンとヨッティー達を呼び、さよならパーティーをやることに決める。ジョンとはお別れだがヨットの連中は同じ時期に同じ方向に行くので、又会うからこれからも心強い仲間だ。ジョンには大変世話になったしセーリングも習った。何時までも一緒に行きたい気持ちだが別かれなければいけない。何時のときも別れは悲しいものだが、素晴らしい明日があるのも事実だ。  チャーリー北原の最初の目的地は、キングダムオブトンガで、ニュージーランドから北東1150マイル離れた王国。首都はヌクアロハ、コースはケルマディック海溝に沿って北東に向かう。もし天気がよければ、少し遠回りだが、ミネバリーフが素晴らしく良い所だと聞いたので寄って行きたい。チャーリー北原がヨッティーたちに聞いた所によると、ニュージーランドを離れると始めの2日間位が一番荒れるらしい。そこで出国の検査が終わりしだい、ベイオブアイランドに向かい、そこで何日か停泊して良い風を待つ。この時期のニュージーランドは、4日夏の良い天気で、そして2~3日は低気圧が通過するため荒天になる。これが平均的な夏から秋に向かう一般的な天気のパターンだ。この荒天の低気圧が通り過ぎると、風は南西に変わるので、海はまだ荒れているが、その南~南西の風に乗り出発する。そして、ケルマディックに向かう。出発して2日位たつと、ケルマディックに近くなると天気は良くなり海も安定する、そうすればもう心配は無い。台風が発生すると話は別だ!。 出発のタイミングだけ間違わなければ大丈夫だ。ヨット乗り達の話では「初めての航海は荒れる」という脅かしの言葉に、チャーリー北原は心のどこかで恐怖を覚える。   出発の日が来た。税関を済ませ、風待ちの為ベイオブアイランドまで行く予定だ。ここはもう何度もジョンといった所で、不安は無いが、今までは経験深いジョンと一緒だった。今回から、自分の責任と判断でセーリングをしなければならない。不安が頭の中を横切る 「大丈夫私にはできる」 とチャーリー北原は自分に言い聞かす。キャシーとベティーも少し船酔いを心配しており、犬のセーラーを除き今日の三人は何かぎこちない。何時ものようにキオラ湾に出てセールを上げ走り出す、「ダイナーキー」 は西からの風を受け快調に走る。ベティーが明るい声で言う 「思ってたより揺れないのね!」 チャーリー北原が説明する 「このヨットはカタマランで船体が二つ有り、お互いに片方の船体が傾きを抑えるため揺れは少ないのだ」。 キャシーとベティーが喜びを表すように 「私たちは大丈夫ぜんぜん平気だわ」 順調に最初の目的地ベイオブアイランドに到着する。何時もの様にウルプカプカ湾に停泊する。ここはジョンと来ても停泊するところで、海底までもよく知り尽くしているところだ。このセーリングでは、初めて総ての判断を自分で下さなければいけないのに、ジョンと行ったところや遣ったことを、おさらいのように真似をしてしまう。自信が有りつつも不安が同居する複雑な気持ちだ。チャーリー北原がクルーに伝える 「われわれはもうニュージーランドから出国していることになる、ここでよい南西の風を待ち、多分一週間以内に出発する」。  今日のチャーリー北原は、不安と未知への外洋セーリングのため、喜びの興奮と恐れの混ざったような、体が硬直する感じがある。なぜか自信が有るのに心がユラユラする。ジョンから教わり練習もしたし大丈夫と思うのだが、沿岸のセーリングから外洋のセーリングに変わるだけで、どうしても不安が頭の中を横切る。技術的には沿岸のほうが外洋セーリングより難しい、と、ジョンの教えも有るのに、なぜか落ち着かない。沿岸セーリングはそこに何時も陸と言う、今まで生まれ育った親しみの有る土と言うか陸と言うか、それが何時も見えるのでなぜか安心感がある。ヨットの世界では陸や岩にぶつかる事が一番危険なのに、何もヨットを壊さない大洋に出る事が不安になってくる。ヨットで嵐に遭うと、自然と気持ちが慣れ親しんだ陸地に向かうようになる。海の世界では陸地にぶつかったり乗り上げたりする事が一番といって良いほど危険である。「危険な時は沖に出る」 と言われるほど広い海は安全なのに、なぜか未知の世界に自分の判断で行く、と言う事が、不安になってくる。気持ちを落ち着かせる意味と出発のお祝いに、三人と一匹で静かなウルプカプカ湾で夜遅くまでパーティーをやる。  キャシーとベティーたちと飲むといつもチャーリー北原が先に酔ってしまう。この二人は酒に強く頼もしい。二人の旅行の話を聞きながらラム酒をコークで割りちびちび飲む。ラム酒は、以前ジョンが船乗りの酒だと教えてくれて以来、船乗りにあこがれる今のチャーリー北原はラム酒を愛飲する。ジョンが言うには{昔の船乗りはカリビアン海で、砂糖を取った残りかすのサトウキビより作ったラム酒を愛飲したのが始まりだ}コークで割ると女性でも飲めるという。女性でもと言うけれど内のクルーたちはお構いなしでグビグビやっている。出発の時、免税の酒を一杯積み込んだので目的地まで持つとは思うが?。  酔いが回り彼女たちの話を聞く。デンマークでは夜が長く、寒く、夏も太陽の日射しが少ない国で、若者たちは酒を飲み、ダンスをして、SEXをすることが週末の楽しみだ。休暇時期は暖かい地中海に行き日光浴をする。人々は太陽を求め太陽にあこがれる。キャシーとベティーも太陽を求め、サウジアラビアに働きに行ったのだと話す。サウジアラビアの太陽は強すぎて日光浴が出来ない、日光浴すると体中火傷になってしまう。酒は外国人は飲んでも良いが、禁酒のため酒が手に入りにくいので、酒を飲むには自分で造らなければ成らない大変な国で、酒を飲むのには苦労した。しかし収入がよいので一年間我慢して働きその後サウスアフリカに向かった。ここでキャシーは、新しいボーイフレンドが出来たのだが酒がもとで喧嘩別れする。そしてオーストラリア、ニュージーランドとキャシーとベティーは今でも一緒に旅をつづけている。今日のチャーリー北原は何故か酔いが回らない。多分外洋セーリングのことが頭のどこかに残っているのだろう。初めての事に挑戦すると言う時は、不安なもので、今回はもしかしたら海の藻屑となるかもしれない。一年間ヨットのことを習い、自信が出来たと言っても、沿岸のセーリングばかりで、今のチャーリー北原には外洋の波がどのくらい大きく、もし、台風にあったらとか余分な心配が頭に浮かぶ。ストレートでラム酒を飲みだす。キャシーもベティーも酔ってきて話し方がおかしくなってきた。ベティーがキャシーの肩を押す。キャシーがチャーリー北原に持たれかかり、キャシーがチャーリー北原に言う 「デンマークはフリーSEXの国だと知っている?」、 チャーリー北原が聞き返す 「フリーSEXの意味は、誰とでも一緒に寝るのかい?」 「誰とでもじゃ無いわ、気に入った人だけよ」 絡み付き答えが返ってくる。二人は抱き合ってベットへ消えていく。ベティーが後ろからからかい 「次は私の番よ」 と声を掛ける。しばらくして 「ひゃひゃひゃひゃ」 とおかしな笑い声が聞こえてきた、とか、聞こえ無かったとか?。ベティーは犬のセーラーを抱きしめ、酔っていて分からなかった。
 * イザ出発
  二日後低気圧が通り過ぎ、この北西の風が南西に変わったら直ぐに出発することにする。次の朝、ゴムボートで犬のセーラーを浜に降ろす。しばらく陸に降ろせないので少し浜で遊んでやる。犬のセーラーは喜び浜を走り回る、チャーリー北原とおっかけっこをして走り回る。そして、突然 「うんこ!」 をする。  さあ出発だ。「ダイナーキー」は、アンカーを上げると停泊地からゆっくりと動き出しメインセールを上げ外海に走り出す。目的地は北東の方向600マイル、ケルマディックアイランドで方角コンパス30度。この風がつづけば三日以内に着くだろう。今日は20ノット南西の風だ。 「ダイナーキー」 は小さめにジブを広げ良い風を受け飛ぶように走る。このまま行けば二日で気温は暖かくなり海も安定するだろう、それまでの辛抱だ。海は白波が残っており北東のうねりと南西の風がぶつかり 「ダイナーキー」 は少しピッチングをしながら走る。GPS,によると地対空速度15ノットの速さでセーリングをしており、「ダイナーキー」はもっと速くセーリングできるがセール面積を小さくして安全に走る。このまま行くと二日でケルマディックアイランドに着きそうだ。「ダイナーキー」は自動操縦で走っており、風が変わるとセールを調整するだけで特別やることも無くトローリングを始める。順調に走っているヨットを止めたくないので、細いロープを使いルアーを流す。停泊地を出て今まで忙しく 「ホッ」 として、陸が遠ざかるのを三人は黙って眺める。少しずつ陸が視界から消え青い海と青い空だけの世界に変る。キャシーがそれとなく聞く、「もしも嵐に遭ったらどうするのか」 と。チャーリー北原はジョンに教わったとうり「天気図を見ていれば絶対嵐に会わない。このヨットはスピードが出るので荒天から逃げられる」と教える。キャシーが尊敬の目で、チャーリー北原を見て納得する。そこでチャーリー北原は調子に乗り 「嵐の海では私の指示に従いなさい」という。キャシーがふざけた様に 「キャプテンわかりました」とおどけてみせる。  交代で見張りをする。1人で4時間ずつ見張り、残りの2人は自由時間だ。人手のいる仕事があるときは皆で手伝う事と決める。夜の見張りは神に祈るのみだ。夜空の明かりでは海にコンテナーが浮いていても見えない。貨物船はライトを点けているので分かるが、避けてくれるかどうか分からない。陸が完全に見えなくなったころ、トローリングラインに何かが掛かる。キハダマグロの小物5キロだ。チャーリー北原がロープを引き寄せ魚を取り込む。それをベティーが網で掬いデッキで生き締めをする。チャーリー北原が二人にこの魚をどうして食べたいかと、聞くと、 「刺身」 と声をそろえ返事が返ってきた。血抜きをしてサクにする。それを各自が食べれるように冷蔵庫に入れ、見張りの時間に交代で自由に食べる。魚を処理していると又一匹釣れる、食料には十分なので釣りを止める。夜の見張りは4時間交代で後の2人は8時間休める。見張りはハーネスをつけ、片方の端をヨットのどこかに掛ける。夜に海に落ちると助けられない。夜の見張りは退屈で周りは海しかなく、本を読むか海を見ているしかない。こんなとき犬のセーラーは良い話し相手であり、いつも我々の横にいて助かる。  チャーリー北原の見張りの番が来た。ちょうど日没で夕日が美しい。今日の彼は 「夕日よそんなに美しく成らないでくれ」 と願う。夕日が美しくなると明日は海が荒れるからだ。今は大洋の真ん中にいる、陸にいるときのように美しい夕日は見たくない。西の空が燃えるような夕日が落ちると決まって次の日は荒天なのだ。これは西の空に水蒸気が多く、それが太陽の光をプリズムのように乱反射するために屈折率の高い赤外線だけが反射して、赤く燃えたように見えるのだ。この夕焼けを見ると明日は荒天だと昔から言われている。やがて日が沈み、水平線が燃えるように赤く成らなかったので 「ほっ」 とする、「サンキューお休み、太陽さん」。マストライトを点け、しばらくすると東の空が明るくなってきた。又、太陽が上がって来るのか?と、思うほど明るい。月の出なのだ。チャーリー北原は水平線に上る月がこんなに大きいものと知らなかった。月が太陽のように大きいとは。東の水平線より現れた月はドンドン頭上に昇る。一旦、月が上がってしまうと何時も見ている馴染みのある 「月」 に替わる。交代の時間が来てベティーがコックピットに現れる。交代してオーナーズルームへ行きラム酒を飲む。ログブックを書き忘れたのを思い出しラウンジに戻りベティーと少し話し、ログブックを書きベッドに戻リ眠る。酒の為かよく眠れノックの音で起こされる。そこに眠たそうな目をしたキャシーがいて交代の時間だと告げられ、キャシーと見張りを変る。  朝の4時、外はまだ真っ暗、異常は無いかとデッキを見回す。前方にも後方にも何も起こった様子も無く、犬のセーラーに 「おはよう」 の挨拶をしてコーヒーを入れる。犬のセーラーにはビスケットをやりコーヒーをゆっくり飲む。やがて東の空が明るさを増し夜が明けて来た。日が沈むときと比べ、何と気持ちが良いものだと思う。日が沈むときは、不安で寂しく孤独なのに、夜が明けるときはなぜこんなにも清々しいのだ。「人間も他の動物と同じく暗闇や火を恐れるのか?」[人間も動物なのだ」。もし、太陽が無かったなら人間は存在しなかっただろう、と、朝日を眺め感じる。朝日に向かって「おはよう」と言う。夜間のログブックを調べる。船の方向、スピード、風の強さ、 現在地、と、一言、 「一人の見張りはなんて寂しいのだ、ベットに行きましょうチャーリー」 と書いてある、キャシーが書いたのだ。なんて事を書くのだと苦笑いする。 「ダイナーキー」 は15ノットで走っており順調だ、温かい朝日が昇る。セーリングで一番幸せな時間だ。今日も一日よい日に成るだろう。 明るくなったのでデッキを見て回る。5匹のイカと2匹の飛び魚がヨットに飛び込んでいた。まだ生きてバタバタしているのもいる。これらはマストの明かりに引かれ、波頭から飛び出しヨットのどこかにぶつかってデッキに落ちたのだ。ありがたく朝食のおかずに頂く。イカと飛び魚を処理して塩を振りオーブンで焼く。キャシーとベティーを起こし朝食を一緒にする。白いご飯を炊き味噌汁と今日の珍客イカと飛び魚の塩焼きで朝食だ。大洋の真ん中で日本食とは最高だ!。食後食べた皿を海水で洗い流す。外洋の海水は綺麗ですすぎは入らない。もう1~2日すると海水温度が上がるので海に飛び込み体を洗おう。海の男の儀式でもある。チャーリー北原は今海の男なのだ。  今の、 「ダイナーキー」 の位置は南緯33度、西経178度、と、GPS,は記している。コンパス40度の方向、北東に進んでいる。海底の割れ目、ケルマディック海溝の上をセーリングしている。この割れ目はニュージーランドからサモアまで繋がる火山帯に沿って割れており、海の深さは海図で見ると2000~3000メートル、一番深いところで1万メーター以上あり、デッキから深さを意識して海を覗いて観ると、青紫色をしておりどの位深いのか想像もつかない。こんなところで泳ぐことはしたくないものだ 。「もし、船が沈んで緊急信号を出したとしても、どの位生きていれるだろう?」 考えないようにしよう。ニュージーランドを出るときジョンが言った言葉を思い出す。「岩はヨットを壊すが、波はヨットを壊さない、自分のヨットを信じることだ」 信じよう。周りは海しかないのだ。ヨットを壊す岩は無い。今、われわれは順調で「ダイナーキー」 はよい船だ。ベティーと見張りを替わりベットに行く。ヨットの揺れが心地よいなんて良く寝れるのだ。また見張りの時間がやって来た。船長として一番大変な日暮れと夜明けを見張る。最低15分に一回は外を見る。大型船は20ノットで走っているので、ヨットより水平線に大型船が見えると、大型船は5マイル沖にいることになる。20ノットで走っている大型船は、そこからヨットまで15分で来るため、15分に一回は見回すことが必要だ。見付けたら無線で大型船に話しかけセーリングヨットがいると知らせる。国際法ではエンジンで走る船は、帆船を避けて走ることに決められている。しかし大洋の真ん中、大型船は見張っているかどうか分からない。国際法のようによけてくれる?か当てにならない、相手次第だ。大洋の真ん中で、大型船に当て逃げされ消えてゆくヨットもあるときいてる。現実には本船航路を外れると、滅多に大型船に会う事も無いが、もしもの時のために見張りをつづける。しかし恐怖心ばかりでなく、この夜の海をロマンチィックに考えると、空は満天の星が輝き、海は夜光虫でダイアモンドをまき散らばせたように美しく輝き、恋人同士なら最高の雰囲気だ。   チャーリー北原はベティーと見張りを交代する。今日は大きいイカが飛び込んでいた。これを刺身で食べようと料理するのがなかなか大変であり、荒く千切りにしてご飯の上に載せわさびと醤油で食べる。二人にも大好評で、このメニューをフイッシャーマンズイカ丼と名付ける。また魚が取れたらこの様に料理して食べようとベティーが提案する。なんて優雅な暮らしだ。朝から刺身を食べて、それも向こうから飛び込んでくる。贅沢を言うと刺身になって飛び込んできてほしい。  今日は初めての島が見える日だ。何時もより注意して見張ることと言い渡す。島が近くなったのでトローリングを始める。大洋の真ん中より、島の近くは浅くなっており、といっても2000~3000メートルが200メートル以内になる程度の深さであるが、そこには魚の食料のための食物連鎖があり魚の餌さと成るものが多く、魚が良く釣れる。しばらくすると、ベティーが叫び犬のセーラーが吠える。キャシーとチャーリー北原がサルーンから飛び出し、ロープを引く 。「キャシー、ギャフを渡してくれ」 ギャフで魚を掛け取り込む。1,5メーターの鯖科のワフウという暖海に住む魚だ。口から牙を出し今にも食いつきそうな顔をしており、直ぐ頭をナイフで切り落とす。適当に切り分けライフラインに干すことにする。又トローリングラインを流す、また直ぐに掛かる。何て簡単なのだ。今度はシイラ1メーターの大きさで、釣り上げたときはきれいなブルーなのに死ぬと金色に見る間に変わっていく、美しい魚で食べても美味しい。ハワイでは最高級魚とされている。この魚も干し魚とし、冷蔵庫のマグロから食べることにする。今日のメニューはたたき丼にしよう。 釣りをしている間に遠くに薄っすらと島が見える。ニュージーランドを出て初めての島だ。ラオールアイランド、ケルマディックで一番大きな島で516メーター、南緯30度にあるこの島にはニュージーランドの気象観測所があり、そこに物資を運ぶ小さな飛行場があるだけで、安全な港も無く、横目で見ながらここでコンパス50度の方向に行き先を変える。
  * ミネバリーフ
  次の目標は、現在地より360マイル北に位置するミネバリーフである。大洋の真ん中に海面より1メーターぐらい出ているサンゴ礁の島、GPS,が出来る以前は見付けるのがむつかしく、多くの船はこのさんご礁を避けて航海していた場所だ。GPS,が普及した今、簡単に見付けることが出来るので、もし天気が良ければ1~2日ぐらい停泊したい。このサンゴ礁は、満ち潮のときは白波が洗っており、引き潮の時は完全に姿を現す。立ち寄った事のあるヨッティーの話では、ここはロブスターや魚の宝庫だということだ。海が荒れている場合は、波がサンゴ礁を超え入って来るので、サンゴ礁内は大波となり危険なので近寄ることを諦めセーリングをつづける。そして次の目的地トンガ王国に向かうことにする。  幸いにも天気は高気圧が張り出し、ここ何日かは天気が良さそうなのでミネバリーフに船首を向ける。「ダイナーキー」 はミネバリーフに二日目の夜に着いた。レーダーがあるが夜入って行くのは危険なので、海に浮かび朝を待つことにする。 「ダイナーキー」 のセールをすべて下ろし、もしもの時用に作ったシーアンカーを実験を兼ね船首から流す。これは効き目が有り、GPS、で調べると現在地を余り移動せずに浮いていることが確認出来る。いつものように交代で見張りをして眠る。見張り番が時々GPS,を見ながら、海流がどちらに流れているか確かめ夜のリーフに「ダイナーキー」が乗り上げないように見張る。もし海流で流される場合は、エンジンを掛けシーアンカーを引き上げリーフから離れる。  翌朝、ミネバリーフに入るためにシーアンカーを上げる。海が静かなのでパラシュート型をしたシーアンカーが簡単に電動ウインチで引き上がる。これが嵐の海であれば、パラシュートアンカーが抵抗となり簡単には上がらない。パラシュートのテンコチョウに細いロープが取り付けてあり、その先に浮きがある。その浮きを捕まえパラシュートに含まれた海水を、パラシュートの頭のほうから引っ張ることにより抵抗を取り除きつつ引き上げる。一旦このパラシュートアンカーを流すと効き目は抜群だが、引き上げるのが大変なので荒れた海では切り捨てる事が多い。パラシュートアンカーをクルーが片付けている間、GPS,で位置を確認し、エンジンを掛けミネバリーフ内へと向かっていく。このリーフはひようたんの様な形をしており、大きく開いた口から、最低の速度で慎重に見張りながら入っていく。キャシーがマストに登り、ベティーと犬のセーラーが船首に立ち、ゆっくりと、濃いブルーに見える、海の深い場所を二人の合図により進んでいく。リーフの中は外海と比べ信じられない位静かであった。海の底はサンゴの砂と所々大きなサンゴの頭ではないか?と思う様なテーブルサンゴが見える。深さ3メーターぐらいのところにアンカーを下ろし停泊する。海水は澄み、島アジの群れ、ヒラマサ、 色とりどりの熱帯魚、大きな犬マグロ、多くのサメなどが泳ぎ回っている。まるで水族館だ。自然にしては魚が多すぎる。中から見るリーフは、壊れた石垣のようで幅5メートルぐらいのグレーがかったサンゴで囲まれており、水面から30センチぐらい海水上に出ている。今は満ち潮のため隠れたサンゴ礁が干潮にはもう少し姿を現す と思われる。あたかも天然のマリーナに入ったようだ。「ホッ」として朝のコーヒーを入れ、三人と一匹でデッキより、この異様なリーフを眺める。大洋の真ん中で周りを石垣で囲まれたような景色だ。しばらくの間三人は黙って眺める。暖かい風と波の音だけが聞こえる。「ホッとしたのだが、大洋の真中で三人は何故か落ち着かない」、たぶん時間がたつと慣れるだろう。 引き潮時を待ちロブスターを取りに行こうと話し合う。  潮が引いたのを見計らい、キャシーと犬のセーラーをヨットに見張りとして残し、ベティーの操船でリーフにゴムボートで渡る。ヨットから80メーターぐらい離れたリーフは、所々クレバスの様に割れており、サメの姿があちらこちらに見える。水中の石垣には海栗やシャコ貝がいっぱいあり、シャコ貝の怪しきブルーや紫色の唇に似たひだがかすかに揺れている。その10メーター位の割れ目に、水中眼鏡を付け恐る恐る体半分海に沈めロブスターを探す。ロブスターのひげがリーフの割れ目のあちらこちらに見える。手を入れそのひげを捕まえようとするが、ロブスターはサッと穴に後ずさりして逃げ込む。その瞬間、サメがチャーリー北原の目の前に現れ、それに驚き飛び出すように水中から逃げる。それを見ていたベティーが大笑いする。「笑い事じゃない、食いつかれたらどうするのだ」、チャーリー北原が笑っているベティーに言う、「ごめん、でも可笑しかったの」ベティーは謝りながらまだ笑っている。よく見るとリーフは下の部分に大きな穴が開いており、この穴を、サメが出たり入ったりしている。サメはブラックチィップという背中のフィンが黒い1メーター位のサメで人間を襲わないサメなのだが、獲物を捕まえようと海中に入れた手に向かって、その獲物を横取りするかのように、その大きな口を開きチャーリー北原に向かってくる。間違って手を咬まれたくないのでこれは危険と別の案を考える。夜を待ちライトを持って獲りに来よう。夜にロブスターは餌を求めリーフの上に出てくる。それを捕まえよう。ヨットに帰り夜を待つ。いつものように交代で夜の見張りはつづける。ここは大洋の真ん中なのだ。三人とも興味がちにサンゴ礁のあちらこちらを眺めている。このサンゴ礁はどうして出来たのだろう。生きたサンゴが長い 長い 年月に積もり、石灰岩と成り、その上にサンゴが、又、積み重なり、このような今のリーフと成ったと思う。このリーフは、魚にとっては最高の場所にあるマンションというところだ。  辺りが暗くなり、ベティーの見張りの番なので、キャシーとリーフへ行く。リーフは時間的に満ち潮になっており、足首まで海水がある。割れ目に落ちない様に、慎重にライトで足元を照らし、ロブスターを探して歩く。「いた!」ライトで照らし出されたロブスターはサンゴ礁に張り付いたように動かず、自分では保護色とでも思っているのか、逃げる事をしない。その、 ロブスターを軽くサンダルを履いた足で抑え、そして手で捕まえキャシーの持つ網袋に入れる。又、探して歩く 「いた!」 30分で10匹簡単に捕まえる。ヨットに戻り一人2匹ずつ6匹を海水を沸かし湯がく。残りは網袋に入れヨットの横の海水に浸けて置く、湯がきあがったばかりのロブスターを手でちぎって、熱い、 美味しい 旨いと短い感激に似た声を出しながら食べる。海水で湯がいたロブスターは塩味が効いて、甘みがあり、歯ごたえを感じる口当たりで、野味溢れる大胆な旨さだ。これを陸で食べると大味とでも表現するが、大洋の真中と言う雰囲気のレストランで食べるロブスターの味はよい。誰も話す者はいないもくもくと食べる、手は道具だと言わんばかりに両手を使いむさぼる様に食う。犬のセーラーにも少しやる。味は、ニュージーランドのロブスターの方が美味いが、大洋の真ん中で食べるロブスターは最高だ、味も大事だが食べる環境が一番大事かもしれない?。今日は初めての上陸?記念にワインを抜く 「乾杯」。  翌朝、天気図を調べる。もう一日は大丈夫そうだ。条件が揃わないと来れないリーフなので、もう一晩停泊することにする。クルー達も大賛成だ。ここは南緯23度60分のところに在り、ニュージーランドよりかなり暖かく、海の儀式に皆で海水に飛び込むことにする。チャーリー北原は、体中石鹸の泡で包み海に飛び込む。キャシーとベティーは何も着けずにヌードで飛び込む。フリーSEXの国から来た娘だ恥ずかしがらない。チャーリー北原の方が恥ずかしい。しかし、全裸のほうが大洋の真ん中では自然に思えてくる。三人は全裸で飛び込みヨットに素早く上がる。サメが来るからだ。犬のセーラーも飛び込みたそうだが、怖がって海を覗いているだけで、尻尾を振っている。主人のチャーリー北原が 「飛び込んで来い」と言うのを待っている。ここはサメが多いので犬には危険だと泳がすのを止める。三人は海に飛び込んでは素早くヨットに上がる。まるでサメと鬼ごっこしているみたいに飛び込んでは逃げ這い上がる。そして又、飛び込む、これを飽きるまでつづける。チャーリー北原が興奮して演劇のまねをして叫びだす「自由なのだ!」「周りには自然しかなく三人の人間と一匹の犬」、「この世には我々しか居ないのだ」、「大洋の真ん中で、食料は食べるだけあれば良い」、「古代の人間のように一日何もしないのだ」、「我々は自由なのだ」!!! キャシーとベティーも同じ様に演劇調に 「自由なのだ」!「われわれは自由なのだ」!と叫ぶ。いくら叫んでも文句を言うものは、ここ大洋の真ん中には誰も居ない。この広い大洋、舞台のお客は風と波だけ、三人の演劇に波と風が拍手を送る。王様になったように叫びつづける。「素晴らしい、これが人生なのだ!」三人は腰巻だけの姿で自由を叫ぶ!「本能のまま生きるのだ」 「人間という動物には何が必要なのだ」 又叫ぶ。 「本能のまま生きるのだ」。 チャーリー北原はベティーに一緒に寝ようと誘う。ベティーがうなずきキャシーがウインクを送る。「ひゃひゃひゃひゃ」の声が聞こえる。???想像の世界???。
  南の海
     *ナブラ  翌朝、チャーリー北原はクルーに伝える 「さあ、トンガに向かって出発だ」。 軽い朝食をとりアンカーを上げる。来た時と同じように,見張りながら安全に外海に出てミネバリーフを出発する。外海に出てセールを上げ走り出す。  次の目的地は、現在地より北東300マイル、トンガ王国、二日で到着予定だ。「ダイナーキー」 は快調に走りつづけると思うと風が無くなり、止ってしまう。空を見ると綺麗な青空で何事も無く、以前ジョンが言っていた 「風の方向が変わる前30分ぐらいは風が無くなる」と言う話を思い出す。又空を見上げる、少し高層雲が出ているがトンガまでは良い天気だろう。エンジンをスタートさせ、ヨットを走らせトローリングを始める。モーターリングをするとヨットのスクリューが泡を立て、それがいかにも小魚の群れが表層にいる様に見え、大きい魚がそれを襲ってくるため、セーリングより魚が釣れる確立が高い。もし本物の魚の群れがあるときは、セーリングの方がエンジン音が無く静かで、魚を脅かさずよく釣れるのだが。今回はモーターリングで竿とリールを使いトローリングする。もし、釣れたらギアーをニュートラルにすればヨットは直ぐに止まり、セールを下ろすより楽だ。海は静かで、ルアーを流し終えるとコーヒーを入れにギャーリー{ヨットの台所}に行く。サルーンでのんびりコーヒーを飲んでいると、前方に、カツオドリの群れが海面上20メーター位の高さからまっ逆さまにダイビングをしている。「ズボ ズボ ズボ」と白い体に黄色い頭をしたカツオドリが空を旋回し、上空より獲物を狙い、大砲の玉が海に落ちるようにまっさかさまに海中に飛び込む。暫くして、カツオドリが海面にポコッと現れ、口に銜えた小魚を飲み込み、また、海面をヨタヨタと駆け出し飛び立つ。前方100メーター四方でカツオドリはダイビングしている。 きっと大きなナブラだ、この周りにはきっとマグロが小魚を狙って集まっているのだろう。「ダイナーキー」が近づいてもお構いなしで、船体ぎりぎりにズボーンと飛び込む。余りに船体近くの海に飛び込むのでその音に驚く。海面には小魚の群れが逃げ回り、海面上に飛び出すやつもいるくらい多く、網ですくえば採れそうな無数のカタクチイワシの群れだ。この群れの中に 「ダイナーキー」 が飛び込みカタクチイワシの群れが二つに割れる。その瞬間、リールが悲鳴を上げる。犬のセーラーがワンワンワンと吠え、「釣れた釣れた」と知らせる。コーヒーを飲んでいた三人は、サルーンから外に飛び出す。チャーリー北原が釣り竿を竿立てから外し、ハーネスに挿し、リールのドラッグを少し締める。ベティーがギアーをニュートラルにしヨットを止める。打ち合わせどうり手分けして魚と戦う。最初の走りを止め、その糸を巻き取る。又、魚が糸を出す。その糸を竿のポンピングで巻き取る。竿を手に持ち体を反らしゆっくりと竿先を立てる。そして竿先を下げるのと同じ速さで釣り糸を巻き取る。これの繰り返しをし、余りリールのドラッグを締めずに魚とやり取りをする。ここで釣り急ぎ、リールのドラッグを硬く締めると魚と引き合う事になり、糸や魚の口が切れ魚を逃がしてしまう。出来る限り時間をかけスムースに釣り糸を巻き取る。魚は深く潜ったり、右や左に走り回るが、少しずつ釣り糸を巻き取ると近寄ってくる。30分位たった頃、魚が釣り上がり、ヨットのそばに横たわるように引き寄せられる。キャシーとベティーがギャフでキハダマグロを取り込もうとするが、慣れない二人には難しそうで手こずっている。やっとの事で取り込み、目と目の間にナイフを立て直ぐに生き締めをする。血が飛び散り、コックピット中血の海となる。バタバタ暴れていたマグロは、小刻みにピクピクとして動かなくなる。30キロ以上もあるキハダマグロだ。三人は飛び散った血を洗い流しながら、今夜は美味しいマグロの刺身が食べられると大騒ぎ。大きな魚を釣ったことの無い二人は、飛び上がりお互いに抱きつき喜んでいる。飛び散った血を海水で洗い流し、ふき取る、ものすごい量の血だ。魚が釣れるのは嬉しいのだが、デッキでバタバタと暴れ血を飛び散らかすのには参る。後で3人で四方八方に飛び散った血を洗い流すのだが、これが大仕事であり、キャシーのアイデアで、「次に魚が釣れたとき、まずバスタオルを魚にかけ、血が飛ばないようにしてから生き締めをする事にしましよう」と提案する、「それはいい案だ」と採用する。デッキの横で犬のセーラーが血をペロペロと舐めている。血をふき取ってくれているのか、腹を減らしているのか?。海水でデッキを洗い流していると、今まで居なかった一羽の大海燕が、血の匂いを嗅ぎ 「ダイナーキー」 の周りに飛んできて海面に降り立ち、おこぼれの餌にありつこうと待っている。魚をさばいている間中、海面に座りヨットから離れようとしない。マグロをサクにして引いた魚の皮を海に投げてやると、大海燕は待ってました、とばかり海面に落ちた魚の皮に飛び立ちその皮を銜え持ち去る。魚の皮が大きすぎるため途中でそれを落とし、また海面に降り立ち、落とした皮を銜えなおしてどこかへ飛び去る。ここで又、風が出てきたのでセールを上げ走り出す。魚は適当な大きさに切り分け、刺身用は冷蔵庫に残りは冷凍庫に入れる。一番脂の乗った腹の部分は皮をはぎ、薄く切り、刻み、少し包丁の背でたたき、炊き立てのご飯に掛け、薬味と醤油で食べる事にしよう、漁師のたたき丼、漁師のファーストフードだ。犬のセーラーにも薬味を掛けずにたたき丼をやろう。
    *ファーストランドフォール
  ミネバリーフを出てから二日目、トンガ王国に近づく。この国は150の島からなる王国で、一番大きな島のトンガタプとハアパイ、ババウ、三つの主要グループから成り立ち、首都はヌクアロハ、ヌクアロハには国民の20%が住んでおりこのトンガタプ島には国民の70%の人が住んでいる。経済は他の南太平洋の国々と同じく、農業、漁業ライセンス販売、観光、などの収入と出稼ぎよりなる。ニュージーランド、オーストラリア、日本、などが援助国だ。遠くに火山島マウントカオ1030メーターが見えてきた。トンガタプ海に近づいたのだ。もうすぐトンガ王国だ。チャーリー北原の初めての外洋セーリングで、最初の目的国だ。 「ダイナーキー」 に乗る三人と一匹は神聖な気持ちで、過去に見たことが無いような、不思議なものでも見るように陸を見ている。ニュージーランドを出発してから9日間の外洋セーリングだった。その間二日ミネバリーフにいたが、自分たちで海を越え陸に着くのは、生まれて初めての経験である。なんとも言えない感激で神妙な気持ちだ。毎日が、海と空のブルーの世界よりやって来て、緑と茶色の世界へ着く、海の世界から陸を見るというのは、何にか初めての宇宙にでも着いた様な、神聖な錯覚を感じる。今まで住んでいた、知り、親しみ、なじんだ、陸なのに、たった9日間離れていたとは思えないほど別世界を見るような気持ちだ。最初のランドホールは感激だ。未知の大洋を自分たちで渡り、危険と言うリスクを乗り越え、初めての目的国にたどり着いたと言う感激は、何にも変えられない思い出となるだろう。多分二回目では、この陸を見てもこの感激は無いと思う。  神聖な気持ちでヌクアロハ港へと近づく。 「ダイナーキー」 は、トンガ国旗を親善のため上げ、ゆっくりと、キャシーとベティーを船首に見張りに立たせ、赤と青の標識に沿って港に近づく。マストの真中辺りにある、スプレッダーに入国検査が必要の黄色い旗を揚げ、 「ダイナーキー」 を桟橋に着ける。  先着の顔見知りのヨットマンが来て、着岸を手伝ってくれる。我々の、海から着いたばかりのあられ無い姿を見て、彼は忠告してくれる。彼が言うことには、この国は法律で一般人の前では、短パンをはいてはいけないと決められている。短パンをはいている女性が、興奮したトンガの男によく強姦されていると注意する。大洋の真中より着いたばかりのわれわれ三人の今の服装は、半裸と呼べるほど露出していて、自由を満喫してきた様な有様である。税関員が来る前に急いで普通の服に着替える。国により習慣が違うのだ。  入国官がやって来て書類検査をする。三人のパスポートを調べ書類に書き込む。別の係官がヨットの中を見て回り、何か怪しい物は無いかと調べる。タイミングを見計らって、トンガタプに来る前に釣れた魚をプレゼントする。係官はニッコリとし、態度が変わる。心配した犬のセーラーは、陸に降ろさなければOK,となり入国検査がスムースに終わる。〔彼も生活が掛かっているのだ〕。「着いた」 まずは乾杯。ヨット仲間とパーティーをやる。顔見知りが何組かいて、昔の友達が10年ぶりに再会したような気持ちだ。たった9日間、未知の大洋に三人と一匹でいた事が、さも酒を長い間飲まなかった宇宙飛行士が、地球に降り立ち,酒に餓え、酒を求める様に嬉しさの余り、酒を飲む。  ヌクアロハの町は、さすが首都と言うだけあり、多くの人が派手なシャツに腰巻のようなスカートをはき、町を行き交う。正装なのか、黒のシャツにゴザの腰巻姿で歩く人達もいる。全体に体格が南太平洋の国としては大きいほうではないかと思う。ここトンガは、トンガ王国と呼ぶ王様が支配している国で、総てが王様の一言で動く。人間一度はやってみたいと思う独裁的な国である。「王様がいかにして出来たのか?」とか、 「何故こんなに王様が豊かなの?」と思う、いまどき不思議な国で、観光で訪れたチャーリー北原達は好きになれないが、他国干渉はいけないと無視する。滞在中に見た、豊かな王様が、太りすぎによる糖尿病のため、御付きに囲まれ運動としてやっているカヌーを横目で眺め、そろそろ、もっと南太平洋のイメージがあるところへ行きたくなる。南太平洋の昔のポリネシアンたちは、体が締まり、勇敢に戦う姿をよく博物館や写真で見るが、現実に町で見るポリネシアンは、ブクブク太り昔の面影など無くなり、マイクロバスに乗るにもドアーに支えて入れない人もいる。昔の精悍なポリネシアンはどこへ行ったのか?。理想と現実の違いにがっかりする。町を観光したりして一週間滞在し、ババウに向けて出発する。今の三人の考えは、南太平洋まで命を掛け、大洋をセーリングして渡って来て、この町の生活はごめんだ、と言う気持ちだ。初めて着いた国がどこにでも有るものを売り、どこにでもある生活をしている。チャーリー北原が求める原始の南太平洋は、身勝手な発想だがここには無い。きっとどこかに求めるイメージの南太平洋があるはずだ。再出発しよう。 北に向かってトンガの内湾をセーリングする。ハアパイからババウに向かって繋がるサンゴ海は浅く、10メーター位の水深でも、水は澄みはっきりと海底が見え、1メーターか2メーターぐらいに浅く感じる。一見きれいに見える南の海は、海水中にプランクトンが少なく、魚の餌となるものが少ない、生物が住みにくい海なのだ。浅い海をセーリングするとき目で見るほうが実際より浅く見え、ヨットの船底をサンゴにぶつけないかとドキッとさせられるが 、「ダイナーキー」 は、船底の深さが最低50センチなので底をぶつける心配は無く、もともと 南の海で開発されたカタマラン、この時とばかり性能と利点を生かす事が出来る。ハアパイの町に寄って見る。ここは良い港が無いため、トンガでは一番開けていないひなびた町、カヌーが多く陸に上がっており、貨物船がたまに来るぐらいで昔ながらの生活を送っている。大通りと思われる一本の道に、地元で取れた産物やコーラの様な飲み物を売っている粗末な店屋が数件あるだけで、椰子の木に取り囲まれた村である。車は一台も見えず、現代生活に犯されていない幸せそうな村だった。ここから北へババウに向かう。ババウで税関審査がもう一度あるので、税関員へのプレゼント用にと、トローリングで魚を釣ろうと試みるが釣れない、サンゴ海は大きな魚が少ないのだ。   途中サンゴ海で、ハンプバック鯨の群れを見かける。およそ10頭くらいの鯨が、適当に散らばり泳いでいる。 良く写真で見かける、尻尾を持ち上げ思いっきり海面をたたき、海水を飛び散らかすシーンが見られる。オスの鯨かメスか見分けが付かないが、10メートル以上もある鯨は尻尾のところまで全身を垂直に空中に飛び出し、あたかもマリーンが釣られたときテールウォークするように、空中に飛び上がる。そして海面に滝のように落ちて行き、ものすごい水飛沫を飛び散らかす。ダイナミックな鯨のショーに見とれ拍手を送る。「ダイナーキー」 の三人と一匹は大声でアンコールの声援をする。そしてチャーリー北原が写真を撮るため、「こっちに来い」「こっちに来い」 と叫ぶ。鯨は聞こえたのか、船に近づきジヤンプして海中に落ちる。ものすごい海水を飛び散らして落ちる。あまりにも近づきすぎたため怖くなり、身勝手な三人は今度は 「向こうへ行け」 「向こうへ行け」 の掛け声を掛ける。それでも又、飛び上がり海面に滝のように鯨は落ちる。その海水が 「ダイナーキー」 の三人と一匹に頭から降り掛かり、海水の洗礼を受け、三人で必死に、「むこうへ行け」 「もっと離れろ」 「向こうへ行け」 「危ないじゃないか離れろ」「わんわんわん」 の声を激しく怒鳴る。鯨が近寄ると、鯨の息の匂いなのか、臭い匂いがする。「これは鯨の屁なのか、または歯糞の臭いなのか」とにかく臭い。「鯨は歯を磨いていないのね」とキャシーが冗談を言う。「これは鯨のオナラだ」とベティーが冗談を返す。「あれは腋臭の臭いじゃないか」チャーリー北原が合の手を入れる。「鯨にどうして、わきの下があるの?」キャシーが返す。「鯨の背中にある小さな穴から潮を噴出す時に、キット臭いにおいがするの、だからあれは鯨の口臭じゃない?」。「とにかく臭いから少し離れて」「向こうヘ行け」などと馬鹿な事を大きな声で鯨に向かって叫ぶ。  鯨は、 お産のため南の冷たい海より、暖かいこの海にやってきてラブソングを奏で、オスの鯨はメスの気を引き求愛をする。鯨のラブソングは、少し甲高い物悲しげな叫びの様に聞こえ、メス鯨を必死に求めているようだ。少し離れた所ではオス同士なのか、あのゴツゴツした体をぶつけ合い、よく動物のオス同士が、角を絡め戦う様に、鯨同士もメスの取り合いをしている。盛んに方々で海面に飛び上がり、求愛し、ぶつかり合い、ラブソングを奏でる、にぎやかな海だ。ニュージーランドでは何度もイルカのジャンプは見たが、鯨は初めてだ。ずぶ濡れになり写真も取れなかったが、三人は鯨のショー を見る事が出来幸せだった。
  * ババウ
  鯨のショーを見ながら 「ダイナーキー」 はババウに到着した。再度入国の申請のため税関事務所に訪れる。同じトンガ王国なのに、二回も入国申請をするとは、文句を言いたい所だが決まりなので仕方なく入国申請をする。今回は、途中で魚が釣れなかったので手ぶらで行き、何も文句を付けられなければと、心配しながら税関の事務所に顔を出す。机が一つ置いてあるだけの税関には、一人のトンガ人が座っており、トンガ人には珍しい痩せた税関員で、手ぶらで行く心配顔の三人は、オドオドと書類を提出すると、予想に反して税関員はやさしく、ニコニコと簡単にスタンプを押してくれる。余りに簡単に終わり拍子抜けした。何時も税関と言うのはなぜか苦手で、何も悪い事をしているわけではないのに、なぜかオドオドしてしまう。  ここババウは、多くの小さな島を持ち安全な停泊地があり、ヨッティーたちが好むトンガのベイオブアイランドと言った所である。台風シーズンでも、多くのヨットが停泊していることが出来る。とは言え、台風の中、停泊しているのは大変な事で、たとえ無事であっても、いくらかのダメージを受ける可能性があり、多くのヨットは台風を避け、安全な地域に移動するのが常だ。  この熱帯の島は、ココナツ、 バナナ、 バニラ、 多種類のポテト、 などが採れ、ポテトなどは収穫後又土に挿しておくだけで、暫くすると、また、ポテトが出来る。だから、欲しければ持ってゆけと言う。ありがたく少し頂き茎をまた土に刺しておく。お礼も兼ね、地元民からバナナを一房 買い、ヨットのブームに吊り下げておき、乾し魚を切り取り、バナナと食べる。食べたいときに食べ、寝たいときに寝る。料理もしないし、皿も洗わない、海に潜り小魚をとり、貝を拾い、皿が必要ならバナナの葉を使い後は捨てる。今までの日本の生活のように、豊かと言う言葉で、品物を一杯買い込み、使い捨て、又金を稼ぐ生活と比べ、最小限の物を持ち、何とシンプルで合理的な、人間本来の姿では無いだろうか?。これが南太平洋の島の生活だ。  この島にはサンゴ礁が保存されている一部があり、三人で観光を兼ねシュノーケリングに行く。南太平洋といっても近頃は観光のためサンゴ礁が荒らされ、自然の姿をした所は珍しく、この美しいサンゴ礁をシュノーケリングで覗いてまわる。海底は一旦5~10メーター位の棚状に成っており、20メーターぐらい沖で、その棚は終わり暗い深みへとつづいている。この棚にサンゴがあり、多くのテーブルサンゴに混じり、木の枝状のサンゴが咲くように出ている。その周りをカラフルな小さな熱帯魚が泳ぎ回る。熱帯の竜宮上だ。片方は崖のように深く海の底に向かって落ち込み、暗い光の届かない未知へとつづく。深みの側を覗くと吸い込まれそうで体がゾクッとする。恐ろしいので又浅い方へ泳ぎ戻る。ミニチュアの海の森を熱帯魚が泳ぎ回り、サンゴを突つき何か餌を食べている。その可愛い口をとがらせ、目に見えない何かの餌をついばんでいるようすが見える。明るい熱帯の太陽を受けた、澄んだ海に色とりどりのサンゴと色とりどりの魚、光の届く10メーター位の深さまで、サンゴ礁はつづいて熱帯の竜宮上になっている。三人で交代に竜宮上を見学し又他の海底名所に移動する。ここは海底公園になっており、船でなければ訪れる事はできないが、自然が保存されている。  もう一箇所面白そうな水中洞窟がある。洞窟の前に 「ダイナーキー」 を停泊させ、交代で潜ってみる。最初は恐る恐る入り口を調べてまわる。洞窟の入り口は、海面から30センチ位下の水中に有り、2メーター四方の広さのトンネルに成っている。ヨッティーから話に聞いてはいるが、その洞窟は一旦潜ると途中息はできないが、行き止まりになった広さ10メーター四方の空間に出る。そこは海面上に空気があり息が出来る。この空気は、何処から入ってくるのか不明だが、多分、引き潮時にわずかな空間が出来、そこから入るのか?それとも何処かに小さな穴があり、空気が入ってくるのか? もし、行き着いたところで空気が無い時はどうする?不安だ。ヨッティーの話では、「大丈夫、行けるとのことだ」、案内人もなく不安だが思い切って行ってみる事にする。チャーリー北原が、まず最初に潜ってみる。何事も最初は不安であり刺激的なものである。洞窟の入り口まで泳いで行き、大きく息を吸い一気に潜る。水中を平泳ぎ泳法で必死にこぐ。水中眼鏡を透して見る前方は、暗く何も見えず、見えるのは周りのトンネルの壁だけ。後何メーターかもわからない。ただ闇雲に手を動かし、前進するだけで何も考えられない。もし、ここで息が切れ、息をしたくともトンネル内には、空間は無い。海水を飲み死ぬだけだ、一旦潜ったら、先に行くか戻るしかない。必死で手を動かす。手を動かしながら上を見る。トンネルの壁がつづくばかり、暗くて初めての場所なので後どのくらいかも検討がつかない。だんだん息が苦しくなってきた。少しずつ肺の空気を口から泡としてブクブク吐き出す。一度に吐くと息がつづか無いので少しずつ吐く。もうだめだと思う瞬間、今まであった頭上の壁が無くなる。ガバッと一か八か海面上に出る、もう息がつづかないのだ。ここが行き止まりの洞窟なのか分からないのだが、頭上の壁が切れたので頭を上げる。「ブシュ」 とシュノーケルの海水を吐く。もし空気があればこの後シュノーケルから空気が入ってくるはずだ。空気で無くもし海水がシュノーケルから入ってきたら一巻の終わりだ。海水ではなく空気が入ってきた。洞窟に着いたのだ、「やったぁ!」 シュノーケルを口から離し叫ぶ。叫んだ声が洞窟に響き渡る。ほっとして周りを見回す。洞窟の中は暗く、なんとなく内部が見えるといった程度の明るさで、息が出来るとはいえ、誰もいない洞窟は気持ちが悪い。海面上に浮かび顔を出し立ち泳ぎの状態で休む。洞窟を観察するにも暗くて分からない。突然右腕にペタッと冷たい感触を感じる。海草でも腕に当たったのかと思う感触だ。手にとってよく確かめる。ギャ~!「蛇の皮だ!」長さ1メーター位の海蛇の抜け殻なのだ。恐しくて逃げるように元来たトンネルを潜って帰る。こんなところに長くはいたくない。又息をこらえ必死に手足を動かす。頭の中では海蛇が後ろから追いかけているのではと言う恐怖に駆られ、その恐ろしさと、気持ち悪さから逃げようと、泳ぐと言うよりもがくといったほうが良いのではといった泳ぎ方で逃げ帰る。帰りのトンネルは、前方に外海の明かりが見え目標となり、行きと違い、二回目でもあり、あそこまで行けばという目標がある。このトンネルは距離にして25メーターぐらいか?、一度潜ると、意外と簡単に戻る事が出来る。初めて洞窟に向かうときは、未知と暗くて不安と恐怖のため、息がつづかないような気持ちがして大変だったが、帰りは意外と楽だった。「ダイナーキー」 に泳ぎ着き、「どうだった?」キャシーとベティーが休む暇も無く声を掛ける。二人も不安なのだ。チャーリー北原は蛇の皮の話は怖がるので秘密にしておき、トンネルの事 、息の配分や洞窟の事を説明する。キャシーとベティーも安心したのか海に飛び込み潜りに行く。洞窟の前に泳ぎ着き、二人は振り返り手を振り一気に潜ってゆく。チャーリー北原は犬のセーラーの頭を撫ぜてやりながら、デッキの椅子に腰掛けて二人の帰りを待つ。10分ぐらい立ったのか洞窟の方を見ていると 「ポカッ」 と二人が海面に現れ、こちらに向かって泳いでくる。 「ダイナーキー」 に泳ぎ着きデッキに上がる。チャーリー北原が二人にタオルを渡してやりながら 「どうだった」 と聞く。キャシーとベティーは、少し不安で息がつづかず、死ぬかと思ったが大丈夫だったといい、洞窟に着いたあの瞬間は 「やったぁ!」 と感激した。帰りは意外と楽だったという。『蛇の皮を見なかったか?』と聞くと、二人は顔を見合わせ驚き、何も見なくて良かったとキャキャと騒ぐ。   今夜の停泊地に戻り「ダイナーキー」はアンカーを下ろす。この停泊地は、ホテルの前にあり、ヨッティーたちが集まる社交場のような停泊地で、ゴムボートでホテル桟橋に行け、ホテルの施設を利用できる。ホテル側も目の前にヨットが停泊している、海の景色が得られるため共存共栄している。ヨッティーたちが、夜になるとホテルに集まりビールを飲み、真水のプールで泳ぐために集まってくる。チャーリー北原達も、今夜はヨッティー仲間として参加する。ホテルのバーは顔なじみのヨッティーたちであふれ、もうすでにパーティーは始まっているようだ。ビールを注文し仲間に加わる。ヨッティーたちの話は、何時も船と海の話と後は食い物の話になり、あれが食べたい、これが食べられる、この料理は旨い。何処其処についたらここに行くとうまいものが食べられるなど、食い物の話が飛び交う。  ヨットには最低限のキッチンがあるが、船の中での料理作りは限られており、簡単な料理が多く、何時も家庭的な食事を食べたいとヨッティー達は思っている。特に野菜の多い料理に憧れ、陸地に着くとその土地のマーケットに野菜を求めに行く。このときは思いっきり野菜を食べ、菜食主義者と変わる。ヨッティーたちの話にも、野菜の手に入りにくい生活のため、どこそこの島でこの植物が食べられる。この果物はビタミンが多いといった話が交わされる。  チャーリー北原達はビールを飲み、プールで泳ぎ遊ぶ。何時も海水ばかりで、久しぶりの真水は有り難く、泳ぎはしゃぐ。ヨッティー達にとっては真水は飲み水というイメージで、その中で泳げる事は最高に贅沢なことなのだ。ババウにいた二週間の間、15の安全な停泊地を探検して回り、熱帯の生活を楽しみ、観光して回り、真水で泳ぎ、楽しい時を過ごした。「そろそろ次の国へ向かってセーリングに出よう」とクルーたちに伝える。
   *サモア
  次の目的地は,ここババウから北に300マイルにある西サモア。西経172度南緯14度。二つの大きな島、サバイとウポルに分かれ、赤道に細長く平行に広がる国で首都はアピア。この国は、ニュージーランドよりケルマディック~ トンガ~ サバイにあるマウントシリシリ『1858メーター』に繋がる、火山帯の一方の端に当たる国で、この山に偏西風があたり雨を多く作り出し、良質の木材が取れることで有名だ。アピア湾は、北に面して大きく開いており,荒れた天気には隠れるところが無い。特に台風に弱い港である。港では大型船が浜に乗り上げ赤茶けて横たわっている姿が痛々しい。船にとって良い港が無いと言うのは致命的で、飛行機において空港が無いようなものであり、よほど条件が良くないと停泊していられない。幸いにも今のところ天気も良く、観光のため一日二日停泊して風が北に変わると直ぐに逃げ出すことにする。アピアの町は、海岸に面して大通りが伸びており。真ん中あたりに、周りの建物よりは、「少し大きい」と思えるぐらいの建物の国会がある。毎朝大きな男たちがラバラバと呼ばれるスカートをはいた楽隊が国歌をかなで、それと共に国旗が挙げられる。これは観光の出し物となっており、毎朝観光客がカメラを持ちそれを目当てに集まって来る。サモアの家の特徴は、柱は、大黒柱風に立派な木を用い、床は、しっかりとしたコンクリートで作られているが、屋根は、ココナッツの葉で葺き、壁は、無い。よく「人と人の壁は無い」と言われるが、ここの家は壁が無いしおまけにプライベートも無い。この家に家族が寝起きしており、時には居候などが居る。ポリネシアは強姦や夜這いが多いと聞いているが、この環境では無理もないと思う。日本でも出稼ぎの多い地方では男が少なく、生理的にも夜の楽しみとして、必要悪としての夜這いが多かったらしいが。ここポリネシアも出稼ぎが仕事の大きな割合を占め、壁の無い家に、夜這いが入る風習が出来たのではと、チャーリー北原は余分な詮索をし、プライベートはどうするのかと心配する。この、必要悪と犯罪との解釈の差を考える時、がんじがらめに法律で縛られている、先進国と呼ばれる人達の理解できない壁である。台風が来るとココナッツで葺いた屋根が飛び、植物が風で倒される。修理は簡単、屋根にヤシの葉を葺くだけ。植物は高温多湿の気候で一年もたつと元通りに回復する。これが台風の銀座サモアの自然に逆らわないやりかただ。昔のポリネシア人セーラーも同じ考え方である。セーリング中に台風が来ると、海に飛び込み首まで浸かる、カヌーは海水を入れ沈め、台風が行過ぎるまで海面から首だけだしカヌーに掴まり通り過ぎるのを待つ。そして行過ぎるとカヌーの海水を汲み出しまたセーリングを再開する。ナビゲーションは南十字星と他の星を目安に使う。たとえば、東西の方向は、太陽と月が東から上り西に沈むため分かり、南北は、あらかじめ自分の手の指と指が、何度と計って置き、南十字星と水平線に自分の指を当てると角度が何度あるかで分かる。もしそれが35度あれば南緯35度ニュージーランド近辺だと分かるし、もし、数字がわからないとしても、この指、と、この指、は何処そこと決められる。一つの星を船首に捉え、他の星を、カヌーの他の場所に捉える。そして一定の方向へセーリングするなどして、南太平洋中、新天地を求め、昔のポリネシアンはセーリングした。チャーリー北原でさえもこの頃は、毎日の見張りで夜空の星を見ていると、星というのは、正確には少しずつ動くのだが、スピードの遅いヨットから見ていると、いつでも同じ所にあるように思える。太陽と月は、何時も同じように東から昇り、広い海洋の空は、陸上の様に雲は多くなく、陸上の温度差によって出来た雲が、風によって流れてくる。今までの浅い経験で判断すると、南太平洋では太陽、月、星どれかが見える。何時間か、見えないときも有るが、いつか雲が切れ空には何かの目標が見える。このように今まで、陸上では判らなかった事が大洋では現れる。もしも、何も見えない日があるとすると、何日かであれば推測航法で見当がつき、最悪の場合は、海に浮かび晴れるのを待てば良い。  以前、GPS,やチャートプロッターがナビゲーションの強い見方だと陸上では思ったが、外洋をセーリングしている今、夜空の天体を見ているだけで、我々はこの方向に進んでいるし、今この近くに居る、と、いったことが分かる様になってきた。以前は一日何回も見たナビゲーションの機械も、最近では、一日一回~二回、確認のため見る程度に変わってきている。この海を生活の場としてきたポリネシアンは、何も持たなくてもこの大洋を島から島へ航海できたのだと、今なら理解できる。  夜になり海岸に沿った大通りにあるアギーホテルに行く。停泊した 「ダイナーキー」 に犬のセーラーを留守番としてのこし、ゴムボートを海上タクシーとしてホテル近くの海岸に向かう。このホテルはヨーロッパ人が経営する歴史あるホテルで、そこで毎晩開演しているサモアンダンスを見学に行く。安全な港の無いサモアなので他のヨッティーはおらず、ドレスアップした普通の観光客ばかりであった。普段われわれヨッティーたちの行くホテルは、カジュアルな服装でわいわいと話しているが、今日は少し場違いな雰囲気で,毛色の変った三人がワインを飲みながらサモアンダンスの見学だ。一般的に、ポリネシアのダンスは、波が白い砂浜に押し寄せ、 又、引いてゆくような、ゆっくりなテンポの音楽を想像するが、サモアのダンスは力強く戦いのダンスが多い。特に火のダンスは、手に持った松明が夜空に浮かび上がり美しく力強い踊りで、サモア人の勇敢さを表している。最後の、我々はサモア人だという歌は、サモア人として自身と誇りを持った歌で素晴らしかった。三人はサモアンダンスのショーを楽しみ犬のセーラーが待つ 「ダイナーキー」 へと戻る。明日はアメリカンサモアに向かって出航だ。  本日の目的地アメリカンサモアは、西サモアの東にある。名前からも分かる様にアメリカの植民地で、南太平洋で一番安全な港を持つところだ。首都はパゴパゴ、アピアから一日のコースだ。ここパゴパゴは、良港の利点を生かしアメリカのカンズメ工場があり、南太平洋全域よりマグロ類、主にビンナガマグロやカツオなどを日本、 韓国 、台湾などの漁船が、網を使ったトローリングによって獲った魚を持ち込む。そのマグロをカンズメにしているため湾内は汚れ公害の海となっている。湾は大きく南に開けており、偏西風が一定して南東から吹くため、湿った風がパゴパゴ湾を取り巻く山に当り雨が多く湿度が高い。台風や荒れた天気の時の南半球では、強風は北から吹くため、南に開いたこのパゴパゴ湾は安全な港となっている。  パゴパゴには戦争時代に来た、多くの日本人名を持つ人達が名士として活躍している。また方々でその名前を聞く。漁船員のための韓国、 中華レストランも多い。これらのレストランは昔漁船を降りた人達が営業している。この町はU字形をしたパゴパゴ湾を中心として広がっており、また免税地区なので、漁船やヨットの人達も食料と酒類の補給をする所でもある。お世辞にも綺麗な所とは言えないし、南太平洋のイメージに程遠いところだが、安全な港と免税と言う魅力のため停泊する。ヨッティーたちが言うには、一ヶ月この富栄養の海に停泊していると公害のため船底にフジツボが付き、ヨットは底を洗わないと走らないと忠告してくれる。久しぶりの金 、酒 、女と公害の、俗悪な世界で懐かしく、暫くの間物資の補給に滞在する。  無事入国審査の済んだ 「ダイナーキー」 の三人と犬のセーラーは、安全にパゴパゴに着いたお祝いをする為、海沿いにある俗世界のホテルに向かう。ホテルの外にある席に座りビールで乾杯を交わしながら、パゴパゴ湾に浮かぶヨットを眺める。世界中のヨットが自国の旗を揚げ停泊している。このヨッティーたちも、久しぶりの俗世界を楽しんでいる事だと想像しながらビールのグラスを三人で合わせる。犬のセーラーも久しぶりの陸地で、止めるのも聞かず走り回り 「ウンコ」 をする。それを飼い主のチャーリー北原は片付ける。それを見ているキャシーとベティーは、チャーリー北原の仕草を笑い、その笑いをつまみにまた三人で飲みだす。  対岸には、マグロ漁船が入港してきて、ベルトコンベアーに載せられたマグロがカンズメ工場に運ばれてゆく。漁船は激しく使用されている様で、一見、錆だらけのボロボロである。あの船がよく海に浮いて居られる、と、思うぐらい良く使い込まれている。ベルトコンベアーで桟橋から工場に運び込まれ、出てくるときにはカンズメになっていて、そのカンズメはシーチキンと呼ばれ世界中の台所へ売られてゆく。  久しぶりにノンビリとした陸上の日々を過し、犬のセーラーと散策をして歩く。パゴパゴ湾の対岸に行くにはゴムボートが速いのだが、チャーリー北原は、どうしても船の生活は運動不足になりがちなので、自分のためと犬のセーラーのため体力回復に散歩する。湾の半分のところまで来たとき、久しぶりの散歩のためか空腹を感じ、近くに何軒かある韓国レストランの一軒に入る。犬のセーラーを外に繋ぎ中に入る。テーブルに座り、出てきた店の主人にビールと海苔巻きを注文する。店内はまだ、夕方前のせいか他の客はいず、店の主人と話しながら食べる。この主人の話では、彼はもと漁船員で、一生懸命働き金を貯め、今の店を持ったと言う。多くの船員は金をため国へ帰るが、この主人は磯釣りが趣味で、このパゴパゴに店を持ち、休みの日に島の反対にある磯で、釣りをして過ごしていると言う。漁船の仕事はきつく、一日中、睡眠時間以外働く生活で、給料は漁獲高の何パーセントかをもらう能率給。少しでも多くもらうため働きつづけると主人は話す。仕事がきつくて逃げ出す漁船員もいるが、この主人は頑張ったと言う。今食べた、海苔巻き寿司が旨かったので、主人にこの寿司をお店で作ったのか聞くと、主人が言うには第二次世界大戦より、日本人家族がこの島に住んでおり、今では政治にまで影響するほど力を持つ名士になっている。この家族が仕出しの経営をしておりそこから仕入れていると説明する。料金を払い主人にお礼を言って店を出る。そして又犬のセーラーを連れ歩き出す。暫く歩くとこの島に不釣り合いと思われるぐらい大きなカンズメ工場にぶつかる。道もこの先は湾からそれている。工場の中を覗き込む。多くのポリネシアンがもくもくと働いており、出来上がったカンズメがトラックに載せられ出荷されてゆく。ここから船に乗せられ輸出されるのだろう。ここでUターンをして又一時間歩いて 「ダイナーキー」 に戻る。このぐらい歩けば犬のセーラーにも十分だろう。船に向かって 「ゴムボートで迎えに来てくれ」 と叫ぶ。キャシーがゴムボートで迎えに来る。  チャーリー北原はクルーに話す。急ぐ旅では無いのでもう少し停泊し、これから行くフレンチポリネシアは、すべてが割高なので食料や酒類を大量に積み込み出掛ける 事にすると伝える。キャシーとベティーは喜び 「もっと酒が飲める」 と騒ぐ。  昼間は買い物と散歩で過ごし、夕方にはホテルのハッピーアワーに行き安い酒を飲む。時々は、そのまま朝まで免税の安い酒を飲み酔っ払う。キャシーとベティーは酒が好きで、時々酔っ払っては「ダイナーキー」に戻る時、パゴパゴの汚い海に間違って落ち汚い海の水を飲んでいる。このホテルは島の社交場と言ったところであり、毎晩島の住民たちが集まって酒を飲むのが何も刺激の無い島での娯楽だ。ある朝突然、キャシーとベティーが船を降りたいと言い出す。チャーリー北原が驚いて理由を聞くと、二人にボーイフレンドが出来たのでこの島に、ボーイフレンドとしばらく一緒にいたいと言う。チャーリー北原は二人を止める事も出来ない。セーリング中二人と自然と自然が触れ合うように、関係が有ったとしても、二人はフリーSEXの国から来た娘だ、そのことに対して何も思っていず、ただ生理的に体と体が触れ合ったぐらいにしか考えていない。日本人のチャーリー北原が思うとき、「性」とは愛とか恋とかを連想するが。彼女たちは「快感」と考えるのか?考え方の違いを教えられるところだ。チャーリー北原はO,K,を出す。荷物と二人を岸に渡してやる。キャシーとベティーは、チャーリー北原と犬のセーラーに軽いキッスをしてさよならを言い別れる。岸には二人のボーイフレンドが待って居て荷物を持って遠ざかってゆく。   ニュークルー
    * 大洋で泳ぐ
  チャーリー北原と犬のセーラーになった 「ダイナーキー」 は、翌日からクルー募集の張り紙を、パゴパゴヨットクラブに張り出す。クルーが見付かるのを待ちながら、荷物を積み込み、再出発のための用意をしながら過す。三人と一匹の生活から急に一人と一匹の生活になり、キャッキャッと時にはうるさかった「ダイナーキー」も、何と無く張り合いの様なものが無くなる。犬のセーラーも何と無く元気が無い。毎日とぼとぼと散歩をする。いつもと同じように、一人と一匹での散歩なのだがどこか違う。今まで一緒に海を渡った仲間が急に居なくなると寂しく、ヨットの中も静かになり、食事も犬のセーラーとボソボソと話しながら簡単に食べる。何か間が空いたような、あのキャッキャと騒いでた二人が抜けた今、大きな 「ダイナーキー」 が余計に大きく思われる。   犬のセーラーとヨットの出航準備を、ひっそりとやっているある日。ポリネシア人カップルが 「ダイナーキー」 に訪れ手を振っている。散歩に行こうとしていた所で、岸に行き話す。二人はクルーに成りたいというので、散歩を取り止め、船に招き話をする。男の方は筋肉質の痩せた体でガッチリしたたくましそうな、顔立ちの良い青年。女性の方は、大きな目のパッチリした美人で褐色の肌をしたポリネシア人の二人だ。男は言う 「金は無いが何でも一生懸命働くので、生まれ故郷の島まで乗せてほしい」 と頼み込む。彼らはタヒチアンダンサーで、名前をピエールとイザベルと名乗り、ニューカレドニアのホテルで働いていたと言う。タヒチの南にあるポエポエという島へ帰るところで、そこまで乗せてほしいと言う。チャーリー北原は彼らをクルーにする事に決める、イザベルの美しさに惹かれたからだ。今日からこの船に泊まると良い、直ぐに荷物を持って来なさいと伝える。ピエールが 「これだけで私たちの荷物はすべてです」と答えバックを見せる。「ポリネシアンは自然に近い生活をしているので物はいらない、何時も必要と成れば現地調達でき余分なものは持たない」ピエールが説明する。納得したチャーリー北原はその二人にクルーの部屋を与える。  クルーが見付かり次第出港する用意が出来上がっているが、その前に船底のフジツボを洗い落とすため、満ち潮のときに浅瀬に「ダイナーキー」 を持って行き引き潮を待つ。船底が海面上に出たところで、パゴパゴ名物フジツボを削り落とす。これを落とさないと船底がデコボコしており、それが抵抗となり、船が走らずセーリングできない。一ヶ月もパゴパゴに停泊していた土産だ。ピエールが申し出て、「私が一人でやるからそこに座っていてくれ」。大変な仕事なのに一人でやるとは、チャーリー北原が手伝うといっても、ピエールは一人でやると言い張る。なんとなくクルーだけに働かしているようで気が引けるが、仕方ないのでピエールにまかす。ピエールが独りで船底を洗い終わり、満ち潮を待ち、元の停泊地に「ダイナーキー」は戻る。アンカーを下ろし直し、三人と一匹の新しい夜を過す。「明日は出発だ」とクルーに伝える。  明朝、出国申請の税関に行く。ピエール達に言うと、二人は、我々はポリネシアンなのでパスポートはもちろん、出国の申請も要らないと答える。「あれ!ほんとかな?」と、思ったが。チャーリー北原は本気にしてその話を信じる。どこの国でも同じだが、出入国のときには飛行機の場合と同じく、書類を提出し、パスポートにスタンプをもらう。船の場合税関が直接船に来て、入出国審査と持ち込んでは行けないものなどの検査をする場合と、本人が税関事務所に出頭する、二つの方法があり、国によって違うが、どちらの場合でも、人と船は入出国届けをしなくては行けない。現実には、南太平洋の様な国は届けなくとも誰が入り出たか分からない。しかし、もし見つかるとそれは犯罪で、密出入国となり罰せられる。チャーリー北原は、翌朝一人で税関に行き出国する。  「さあ出発だ」、 アンカーを上げエンジンで外海に出る。外海でセールをすべて上げ走り出す。この地域は偏西風が一定して東より西に15ノットで吹いる。ヨットでは向かい風となり真直ぐ東には行けない。偏西風に向かって30度ぐらいの角度でセーリングをする。この風に向かい、どこへ行けるか分からないが、暫く俗世界に居たので人のいない自然な島に行きたいと願う。    クックアイランドのスバロフ、現在位置から540マイルか、フレンチポリネシアのマウピチ、現在位置から1100マイルに行きたいと願うが、すべては風次第で、タック{前進方向を左右に変更する}タックでセーリングする、余分に時間が掛かるがこの辺は海が静かなので助かる。「神のみ知る」。 とにかくセーリングし易い方向に行く。どこへゆけるか保証はない。これがセーリングだ。  久しぶりの新鮮な魚を食べたいため、トローリングを始める。アメリカンサモアにいる間、俗悪な生活に浸り、漁船が毎日何艘も魚を満載して入ってくる港にいても、一般人が食べられるのはカンズメだけで新鮮な魚に餓えているのだ。ルアーを流し何か掛かるのを待つ。暫くするとクッションのためトローリングラインに付けてあるゴムが突然音も無く伸びる 。「釣れた!」 ヨットを走らせたままトローリングのロープをゆっくりと引き寄せる。針に掛かった魚は前に引っ張られるので簡単に釣り上がる。魚というのは後ろの尻尾を動かし泳ぐため、車で言うと後輪駆動、バックのギアーを持たず前進のみ進む、そして頭の方向を変えない限り真っ直ぐ泳いでくる。そのため魚の口に針が掛かったトローリングロープを引くと、簡単に引き寄せることが出来、その後ギャフで引っ掛け取り込む。久しぶりのカツオだ。魚を割き、皮を引き、身のところをぶつ切りにする。炊き立てのご飯にその魚を載せ、薬味を入れ、かき混ぜて食べる 。「う~ん 最高だ!」 簡単で最高に旨い。これは料理といえるか?判らないが旨い。魚が新鮮なのがコツだろう。ピエールもイザベルも旨いといい、普段は米は食べないがカツオのたたき丼を喜んで食べている。基本的にポリネシアンも魚が好きで、日本人と食生活が似ているように思われる。一説にはポリネシア人はアジアからカヌーで南太平洋に渡ってきたと言う説があるくらいで、言葉、 食習慣 、風習などが似ている。食料調達のためトローリングを毎日しながら走る。セーリング中の見張りは今までと同じく4時間交代で行う。この辺は大型船は滅多に来ないところで、漁船が操業している事と、たまに海図に無いサンゴ礁があるので、何時も見張りは大事な仕事だ。サンゴ礁は島と違い低く、海面より数メーター出ているだけなので、よほど近かづか無いと見付ける事が出来ない。熱帯の海は水平線が蜃気楼のようにぼやけて見え、さも透明の湯気が水平線上に漂っているように見える。海から見るとサンゴ礁どころか、小さな島でも慣れないと見付けることが出来ない。  パゴパゴを出航して何日か経った。イザベルが見張りの時、突飛な声を上げる。毎日海ばかり眺めている外洋のセーリングで、水平線上には蜃気楼があるだけ、眠りそうになるのをこらえ、もしも何か?と、ぶつかる事を想定して見張っているとき、遠くにサンゴ礁が見えるのだ。 「サンゴ礁だ!」イザベルが叫ぶ。南太平洋の穏やかな海で眠ったように静かだった船内が突然騒がしく成る。チャーリー北原とピエールがデッキに飛び出し犬のセーラーが「ワンワンワンワン」と吠える。デッキに飛び出しイザベルが指す方を目を細めて見る。蜃気楼の中に椰子の木が見えるような見えないような?イザベルが又指を指してサンゴ礁だと言い張る。子供の頃から南太平洋の海で育ったポリネシアンにはサンゴ礁がよく見えるのか?。ピエールも見えるという。チャーリー北原にはまだ何も見えない?水平線がユラユラしているだけだ。船上から椰子の木が生えているサンゴ礁が見えるのは3マイル沖ぐらいからである。椰子の木の無いサンゴ礁は1マイルぐらい近づかないと見えない。このようなサンゴ礁は、よほど目が慣れないと見付ける事が出来ない。たいてい通り過ぎてしまう。運悪く乗り上げる時もあるので見張りは重要だ。犬のセーラーもサンゴ礁の方を眺めているし、二人が言い張るので、今だに見えないチャーリー北原は、「それでは近寄ってみよう」と、セールをすべて下ろしエンジンを掛け、近寄ってみる事にする。イザベルの言う方向に行くと,何と無く輪郭がチャーリー北原にも見えてきた。少しずつ白く波に洗われているサンゴ礁が現れ椰子の木が見えて来る。ピエールがスルスルとマストに登り前方を見張る。浅瀬を警戒しながら、ピエールの合図でエンジンを使いゆっくり近寄る。サンゴ礁の入り口は狭く、中から強い流れがありとてもサンゴ礁内に入る事が出来そうもない。ピエールがマストの上から浅瀬を見付け、ここならアンカーを下ろすことが出来ると上から指示する。サンゴ礁の外にアンカーを下ろし、長めにアンカーチェーンを出しヨットを止める。ゴムボートを下ろしサンゴ礁内を探検して見るため、ピエールが用意し始める。  「ダイナーキー」 をサンゴ礁の近くに止め、中からの流れにヨットを流しサンゴ礁から少し離す。ゴムボートでピエールがサンゴ礁内を探検に出かけて行く。それを待つ間、チャーリー北原はパゴパゴで買った新しい釣竿でルアーをサンゴ礁の流れに向かって投げて見る。そしてリールを巻き取る 「ぐっ」 と何かが釣れる。リールを巻き、取り込む。流れに負けそうになりながら魚を寄せる。赤い魚体に白い斑点のある40センチ位の魚が釣れて来た「この魚はたべられるか」とイザベルに聞くと、イザベルがこの魚は美味しいと言うのでキープして又キャスティングして見る。投げる度に釣れる。人間など来た事など多分無い南太平洋の真ん中にある名も無いサンゴ礁で、鉄のルアーなど知らない魚が、きらきら光る鉄を餌と思い飛びつく。面白いほど釣れる。魚は三匹ほど獲り釣れ過ぎるので後は逃がす。突然重い当りがある。「グゥーグゥー」と引き込む。何か大物が釣れたのだ。 「重い」、 犬のセーラーが吠える。釣りをすると最近では、犬のセーラーは大物が釣れないと吠えなくなっている。犬も良く分かっていると見え、小さい引きだとチラッとこちらを見て知らん顔をする。リールを巻いては糸を引き出され巻いては糸を出す。暫くやり取りをしていると魚が見えてきた。イザベルが海中を覗き込み「サメだ」と叫ぶ。背中のひれが黒いブラックチィップシャークだ。 「がっかり!重たいはずだ、サメだった」 ヨットに引き寄せる。近くに来た時船を見たサメは又暴れ糸を切られる。あのサメの鋭い歯で糸を切られルアーを取られてしまった、これをきっかけに釣りを止める。ルアーを取られてしまったが、あのサメの口からルアーをはずす事を考えると、切って逃げてくれた方が良かった、と、チャーリー北原は満足だった。  丁度ピエールもサンゴ礁内部の探検より戻る所だ。サンゴ礁に繋いであったゴムボートに乗りこちらに向かってくる。舫いを取り「ダイナーキー」 に結びつける。ピエールがお土産の二匹のロブスターと一個のココナツを渡す。海も静かで居心地が良いので夜までノンビリとすることにする。チャーリー北原が魚を三枚に下ろし、それをイザベルが細かく刻みレモンジュースでマリネしておく。ピエールの持ってきたココナツのとんがった先を、ナイフで削り穴を開ける。ココナツの中にあるココナツジュースを三人で回し飲み、空になったココナツを半分にマチェテと呼ぶ蛮刀で割る、半分に割ったココナツの内側につく白い実をスプーンで丁寧に削り取り、それを布で絞りココナツミルクを取る。先ほどマリネした魚と混ぜ出来上がり。フレンチポリネシアの有名料理 「ポアソンクルー」 である。ロブスターはバーべキューにする。チャーリー北原はワインボトルを開け、ピエールとイザベルに勧めるがアルコールは飲まないと言う。  ポリネシアンはアルコールを飲む文化が無いのか、飲むと直ぐに酔ってしまう。酒に弱くそして暴れだすので、ヨッティーたちから酒は飲ますなと言われていたのを思い出す。アルコールはイーストが砂糖を食って炭酸ガスとアルコールに分解する。この炭酸ガスを小麦粉のドウに閉じ込め、膨らませ、焼いた物がパンで、アルコールを水に閉じ込めたものが酒である。イーストが発酵できる温度は16度Cから28度Cの間で、極寒に生活するエスキモーや熱帯に生きる人達の間には、一般的に温度が合わず、間違って酒が出来た事があっても、天然に存在する酵母が発酵せずアルコールにならない。一般に酒が広まる文化が無かったようだと、元飲食店経営者のチャーリー北原は勝手に想像する。飲み相手が居ないので仕方が無くチャーリー北原は独りで飲み、イザベルの作ったポアソンクルーを食べロブスターを食べる。食事の後、チャーリー北原は悪戯と期待を込め、空になったワインボトルに 「ヨットが出来る限り高く売れますように、と日本語で書き」 書いた紙切れをワインボトルに入れ海に投げる。昔のセーラーがやった様に、このビンがいつの日にかどこかの国の砂浜に打ち上げられることを願って海に投げ込む。  夜が近づき、もし風の方向が変わると、サンゴ礁に乗り上げる危険性があり、安全のためサンゴ礁を離れる。アンカーを上げセールを広げて又サンゴ礁と反対の方向にセーリングする。夜は大洋の方が安全で、サンゴ礁を離れれば乗り上げる心配も無い。ヨットの場合セールを上げゆっくりとセーリングをしているほうが、停泊している時よりも乗り心地がよいときがある。勿論天候によるが、南太平洋ではセールを小さめに上げ走りつづける方が気持ちよく安全だ。今夜は、黒い雲が空を一面覆い珍しく何も明かりが見えない。ためしにヨットの明かりをすべて消してみると真っ暗になる。本当に真っ暗だ。「30センチ先の自分の手が見えないのだ!」。話に聞いていたが本当に真っ暗だ!。これを「暗闇」というのか!?犬のセーラーが怯えた声を出す。人間たちも不安になってきたのでまた明かりをつける。本当に真っ暗な世界が有る事を知った。何時も暗いといっても、月があり星がある。満月の時など、夜といっても昼のように明るい。今日は真っ暗な中で、船体に当たる波とセールに当たる風の音だけが聞こえる。多分夜に目を瞑ってもこんなに暗くは無いだろう。時々用心のためレーダーを入れるが何も映らないので安心する。あまりに暗いと暗いだけで不安になり、又レーダーを入れる。何も映らない。交代で見張るには心細い夜だ。  翌日、スバロフに向かうことにするが風が無くなる。昼ごろになると完全に風が無くなった。セールをすべて下ろし大洋の真ん中に漂い昼食にする。今朝はトローリングで魚が獲れなかったので簡単にコーヒーとクッキーで済ます。風が無くなり一時間経つ「暑い」、 「ダイナーキー」 は完全に大洋の真ん中に止まった様だ。気温はだんだん上昇してきて暑くなってきた。[暑い]我慢できないので深さ3000メーターの海で泳ぐ事にする。泳ぐといってもどこかに掴まり海水に浸かる程度で多少の不安はあるが、3000メーターといっても潜る訳ではなく、水浴びするだけと自分を慰め海を覗く。海は青黒くどこまでも深く見える。吸い込まれそうだ。ピエールがまず最初海に入る。手すりに掴まり滑るように入る。ピエールが一旦上がるとチャーリー北原も手すりをしっかり掴み海に入る。海は冷たくて風が無く暑くて焼けた体を冷やしてくれる。手だけは手すりをしっかりと掴み、もしサメでも襲ってきたらと不安が頭から離れない。適当にヨットに上がる。今度はイザベルが海に入る、やはり手すりに掴まり海につかる。同じ海でも10メートルの海に浸かる気持ちとは恐怖心からかどこか違い、どうせ足が付かないのに海が深いと思うだけで、頭の中を不安感が走り回る。それでも、何度も浸かっているとだんだん慣れてきた。少しずつ手を離し泳ぐ。一旦慣れると3000メーターも10メーターの海も同じで、サメなど襲ってくる様子も無く、相変らず風も無く熱帯の太陽が照り付けている。チャーリー北原は喜び、子供のようにハシャグ。飛び込み泳いでヨットに戻る。潜ってみる、きれいな海なのに深くて何も見えない。ヨットに戻り又飛び込む。[でっかいプールだ」。犬のセーラーが心配そうに見ている。チャーリー北原が手で海水を犬にかけお前も来いとからかう。そして又ヨットに泳ぎ戻る。ピエールとイザベルは泳ぎ飽きたと見えサルーンに座りコーヒーを飲んでいる。もう一度チャーリー北原は飛び込み泳ぐ、2メーターぐらい離れたところに浮かび上がり海水を切るため頭を激しく振る。その瞬間!、風が来て 「ダイナーキー」 がスーと音も無く流される。チャーリー北原は一瞬青くなった 。「ヨットが離れて行く」 「目の前のヨットが離れて行くのだ」。3000メーターの海の上に取り残され、ヨットが見る見る間に離れて行く。あまりのショックに直ぐには声が出ない。体の力が抜け急におぼれそうになる。「助けてくれ」の声が直ぐには出ないのだ。頭の中は冷静にヨットだけが離れていくのを見ている。だが声がでない。犬のセーラーが異常を感じて 「ワンワンワンワン」 「ワンワンワンワン」 吠える。セーラーの声でわれに返ったチャーリー北原も大声で叫ぶ 「助けてくれ~!」「助けてくれ~!」 しかしヨットはドンドン離れて行く。もし、人間が海に落ちると。誰かが見張ってない限り、海中より頭しか出ていないので見付けることは難しく。一旦助けにヨットを回しても、周りは同じ海ばかりで目標となるものが無く、右なのか左なのか、前なのか後ろなどか,見分けが付かなくなってしまう。その中で黒い頭を探す事は不可能に近い。もし、近くに陸でもあれば、それを目安にして方向を見定め助けに行くことも出来るが、ピエールもイザベルも運悪くラウンジにおり、犬のセーラーだけが見ていた。犬の声で異常を感じ飛び出した二人は助けようとしたが、すでにどこにもチャーリー北原の姿は見えず、エンジンを掛け探し回るが見付からない。ピエールはマストによじ登りチャーリー北原の姿を捜し求めるが発見できない。マストから下を見ると犬のセーラーが吠えつづけている。ヨットが探し回る間、犬のセーラーは場所を変え、何時も一定の方に向かい吠えている。ピエールはそれに勘づきその方角にヨットを進める。イザベルに舵を任せ、マストの上から指示する。犬のセーラーの吠える方向に向かって行くと、海面より頭を出し手を振るチャーリー北原が見えた。ピエールが大声でイザベルに知らせヨットを止める様に指示する。ピエールがマストよりすべり降り体にロープを巻きつけ海に飛び込む。ピエールがチャーリー北原に泳ぎ着き、助けた体を後ろから抱きかかえ後ろ向きに泳ぎ、ヨットに連れ戻る。イザベルと二人で 「ダイナーキー」に 疲れきったチャーリー北原を引き上げた。「助かった」 チャーリー北原は震え泣いている。「一生懸命泳いだがヨットは行ってしまった、もうだめだ」と思った、「後悔が頭をめぐる、なぜロープで体を縛らなかったのだ」と、「もう助からない」と思った、涙を流し恐怖で体を震わしている。「助かった良かった」と、喜びでピエールもイザベルも顔中を涙でぬらし泣いている。犬のセーラーも尻尾を激しく振り、チャーリー北原の顔をペロペロ舐め、顔をこすりつける。そして又、助かって良かったとペロペロ顔を舐める。イザベルがベッドに付き添い抱きしめ、恐怖に震えるチャーリー北原にラム酒勧める。ラムを一気に飲み干しそれでも震えている。イザベルは強くチャーリー北原を抱きしめベッドに横になり、恐怖と戦う体を慰める。チャーリー北原が顔中嬉し涙を流しイザベルの体を求める、イザベルがそれに答えてより強く抱きしめる。大洋の真ん中で一人残された恐怖を打ち消すように激しく抱き合う。  翌朝、チャーリー北原は恐れとの戦いから立ち直っていた。イザべルの優しい介抱のおかげだ。ピエールに少しためらいながら 「おはよう」 と声を掛ける。チャーリー北原は、イザベルと寝た事でピエールが怒っているだろうとピエールの目を見る。その目は怒っているどころか喜んでいる 「なんて優しいのだ!」 。ピエールは本当に良かったという表情で握手する。「おめでとう 立ち直って良かった」 と、チャーリー北原は 「ピエール助けてくれてありがとう、この事は一生忘れない」 とお礼を言う。ピエールが謝る。もしヨットが走り出した時私が見張っていたら、もっと早く助けられたのに、気が付いた時にはもう周りは海しかなく、犬のセーラーが吠えていただけで、どちらに戻ればいいのか分からなかった。マストに登ったが何も見えず、もうだめかと思った。マストから犬のセーラーが吠えるのを見た時、ヨットで探し回っているのに、犬のセーラーはいつも一定の方向に向きを変え、吠えているのが分かった。それでその方向にヨットを向け走り出したのだ。するとマストの上から海上に浮かぶチャーリーを見付けることが出来たのだ、ピエールは話す。犬のセーラーがあなたの命を助けた。チャーリー北原はその話を聞き、ピエールの優しさと、その驕らない気持ちに感謝するとともに、犬のセーラーにも感謝して抱きしめる。犬のセーラーも嬉しそうにチャーリー北原の顔を、尻尾を振りながらペロペロとなめる。


    *  歯ブラシ島  相変らず風が無いので今日は泳ぐのはもう沢山と,方向を変えてマウピティに向う事にする。無風のためモーターリングで風の出るまで進む。昼頃になり風が出てきたのでセールをあげ走り出す。目的地のマウピティには、いつ頃着くか分からない。風次第なので何日掛かるかも検討が付かない。ここ数日トローリングで魚が釣れていない。何故釣れないのかと考える。多分、あまりにも深い海上をセーリングしているのだろう。魚の釣れるもう少しサンゴ礁の近くを走りたいと海図を調べる。今の風の方向から考えて 「ダイナーキー」 が進めそうな方向は、もう少し北に向けるしかない。偏西風は時々少し方向を変えるが一定した15ノットの強さで南東より吹いている。  ピエールが見張り番の時サンゴ礁が見えると叫ぶ。デッキに飛び出しピエールの指す方向を目を細め見るが、チャーリー北原にはいつものように海しか見えない。ピエールの指差す方向にセールを下ろし、モーターリングで向かう。又ピエールが見えてきたと言う。イザベルも見えるという。少しぼやけて海上に歯ブラシを横にしてブラシを上にした様な、たぶん島だろうぐらいの形がチャーリー北原の目にも見えてきた。あのブラシはヤシの林だろう。犬のセーラーも鼻をピクピクさせている。近づいて行くと輪郭がはっきり見えてきた。多分名もない無人島のサンゴ礁だろう。食料も欲しいので探検してみよう。慎重にサンゴ礁のそばまで、船首に立つイザベルと犬のセーラー 、マストに登ったピエール、 舵を持つチャーリー北原の体制で、海図に無いサンゴ礁に近づく。サンゴ礁のすぐ近くまで深くなっており、防波堤のように突然サンゴが盛り上がっている。アンカーが下ろせないので外海に 「ダイナーキー」 を浮かせたままでゴムボートを下ろしピエールが偵察に行く。ゴムボートには8馬力のエンジンが付いており、力強くサンゴ礁の割れ目をピエールは入ってゆく。どのサンゴ礁も同じ様に、サンゴの無数の割れ目より入った海水が出口を求め、サンゴ礁の大きな割れ目より流れ出る。その割れ目は川の様に流れており、サンゴ礁内の海水を排水している。又其の処はサンゴ礁の入り口でもあり、広ければ、この流れに打ち勝つ強さのエンジンの力で入る事が出来る。もし、その船に力の無いエンジンが積まれているとすれば、このサンゴ礁の入り口には中からでる流れが強く入ってゆけない。暫くしてピエールが戻ってくる。ピエールの話ではサンゴ礁の入り口は広く、流れはそれほど強くない、中には安全な停泊地があると報告する。チャーリー北原はそれでは中に入ろうと決断する。太陽光線が進行方向より照らす時、静かな水面は太陽の反射で鏡のようになるためマスト上からでも海底が見えなくなる。その為、サンゴ礁などに船底をぶつける危険性があり、太陽の光を背に受ける時間を待ちサンゴ礁の入り口に進む。  ピエールがマストをスルスルと登りイザベルと犬のセーラーが船首に見張る。ピエールが手の合図で方向を指し浅瀬を避けエンジンの回転を上げサンゴ礁の中に入ってゆく。「ダイナーキー」 の200馬力エンジンは力強く、流れを切り分けドンドン進む。サンゴ礁の入り口の長さは20メートル位で。そこを抜けると流れは弱くなりエンジンの回転を落とす。一旦中に入ってしまうとサンゴ礁の中は、白い砂の敷かれた静かな、小さめの湖と言ったラグーンで、潮の流れはほとんど感じられない。テーブルサンゴを避けアンカーを5メーターぐらいの深さに下ろす。「ダイナーキー」はゆれる事も無く停泊して浮かぶ家とかわる。「なかなか良いところだ、このサンゴ礁を歯ブラシ島と名付けよう」チャーリー北原が決める。「賛成」、皆の歓声がある。すぐさまピエールがゴムボートに乗り浜に降りる。無事停泊できたチャーリー北原はイザベルの入れたコーヒーを飲みサンゴ礁内を眺める。コーヒーメーカーで入れるのだがイザベルの入れたコーヒーは何故か特別旨い。自分で入れるコーヒーと味が違う。コーヒーを飲み終わった頃、ピエールが戻りヤシガニが取れそうだと報告する。早速とりに行こうと犬のセーラーも暫く陸に降ろしていないので連れて行く。イザベルをヨットに残しピエールと犬のセーラー 、チャーリー北原の二人と一匹で浜に渡る。ヨットから浜までは泳いでも行ける距離なので、犬のセーラーは早く降りたくて仕方がない。今直ぐ海に飛び込みそうだ。その犬のセーラーを飛び込まないように抱きかかえ、ピエールの操船で浜に向かう。浜に着くと犬のセーラーは、堪らなくチャーリー北原の手を振り解き浜に飛び出す。浜を駆け回り海水に飛び込み、又狂った様に走り回る。その間二人はゴムボートを浜に引き上げ、犬のセーラーが走り回るのを笑いながら見ている。暫くして突然 「ウンコ」 をする。落ち着いた犬のセーラーを連れ、ヤシの林に入って行く。ピエールの案内でヤシガニを探す。さすがポリネシアンだけあってサンゴ礁の島に詳しく慣れたものだ。途中、海鳥が卵を抱いていた。ピエールがこの卵は食べられると教えてくれる。ヨットに持ち帰るために少し海鳥よりいただくことにする。浜と林の境目で砂の上で作った巣に、しゃがみ込む海鳥を追い出し卵をとり海水に浮かべる。ピエールが言うには、海水に浮かぶ卵は半分孵っているから、沈む卵を持ち帰ることと教えてくれる。半分孵っている卵は、殻に人間の目では見えない穴から空気が入り、水に浮くのだ。そこで、沈む卵を10個ほど獲り、海水に浮く卵は元の海鳥の巣に返す。海鳥はギャーギャー文句を言いながら又巣に戻り卵を温める。獲った卵を持ち森の中に入る。暫く歩くとココナツが半分にいくつも足元に割れて落ちている。誰も立ち寄ることもない大洋のサンゴ礁島で石のような硬いココナツを誰が半分に割ったのか?ミステリーだ。ピエールが近くを探して歩く。ヤシの木の根元に30センチ四方の穴が開いていて「ここに居るのだ」とピエールが指を刺す。ヤシガニは夜歩き回り、餌となるココナツを見付け半分に割り、なかみを食べる。昼間はヤシの木の穴に枯葉の布団に包まって隠れて眠る。とピエールが教えてくれる。ここに居ると教えてくれたヤシの木の穴に、1メーター位の細い棒を突っ込み突っ付く、ヤシガニがはさみでうるさいと、その棒をはさみ、ピエールが棒を引っ張ると、青紫色をした宿蟹の殻のない、ココナツぐらいの大きさの、蟹と呼べるのかと思われる?不思議な見慣れない蟹が出てきた。よく見てみようと近寄ると「危ないから近づくな」とピエールが注意する。このはさみは大変危険だ、人間の指ぐらい簡単に切り落とすから「近寄るな」。ピエールが素早くココナツの葉を裂いて紐を作り爪を縛る。チャーリー北原は何の手伝いも出来ず、犬のセーラーが吠えるのを抱きかかえ止めているのが精一杯、犬のセーラーも、近くによると鋏で指を切られるのでピエールのやることを見ているだけが仕事だ。少し離れたところに又同じ様な所があり、もう一匹捕まえる。今日の食事が取れたのでヨットに戻ることにする。今日のメニューは海鳥の卵のオムレツとヤシガニのバーべキューだ。  今夜はピエールにビールを勧める。珍しくピエールも受け取る。缶の飲み口を開けてやり、一口飲んだピエールは苦そうに口をゆがめ、「これは薬か?」と冗談を言う 。チャーリー北原が「そうだ心の中を洗う薬なのだ」と言い返す。イザベルが横で笑う。飲みなれないピエールは苦そうに又一口舐める。イザベルにも勧めるが、愛想無く[いらない]とことわられる。  海鳥の卵は、鶏の卵と大きさが変わらず、少し形が丸く、濃くのあるオレンジ色をした黄身で、スーパーマーケットで買う養殖の薄い黄色の黄身?と違い、ねっとりとした味のある卵だ。ヤシガニのバーべキューは、ココナツを主食として育つヤシガニのため、ロブスターよりこってりとしてココナツの香りがする。脂の乗った味と言えば良いのか、なかなか旨い、でも、毎日は食べられない味と言える。ヤシガニの硬い爪の殻を割りながら、中の身を取り出し味わう。そしてビールを飲み冗談を言い合う、が、チャーリー北原は、今夜はピエールに謝りたく、いまいち心から笑う事が出来ない。思い切ってチャーリー北原は話し出す。「ピエール、昨夜イザベルと寝た事を謝りたいのだ」 。ピエールはにこっと笑い話す。 「昔からポリネシアンは、すべてを共有するのだ。家族はお互いに助け合い分け与える。チャーリー我々は家族なのだ」ピエールは話をつづける、「チャーリーに話さ無ければいけない事があるのだ。実は我々はポリスに追われている」 チャーリー北原は驚く。ピエールは話をつづける 「ニューカレドニアのホテルでダンサーとして働いていた時、お客の一人が酒に酔い興奮してダンス中のイザベルに抱きつき、その客を引き離そうとした時、酔っ払っていた客はよろめき頭をどこかに打ち死んでしまったのだ。」「その事を知らずに、イザベルを連れ逃げたので殺人の罪で負われている」。 ピエールに秘密を打ち明けられたチャーリー北原は、戸惑いながらも 「ピエールお前は絶対殺人者ではない、もし殺人者なら、あの海で死にそうになった俺を助けないでヨットを持って逃げることが出来たのに。お前はそれをしなかった。」 「私は信じる。お前は殺人者では無い。お前は私の命の恩人だ。」 「私は絶対お前達を助ける。お前達は私の命の恩人だ。」 横からイザベルが 「チャーリーありがとう。我々は家族なのね。」 チャーリー北原が宣言する。「我々は家族なのだ!」大洋の真ん中、サンゴ礁の島で家族の誓いをする。
  新しい家族
   *タヒチアンダンス  次の朝、チャーリー北原は外海に海亀が泳いでいるのを見付ける。ピエールが捕まえに行こうとチャーリー北原を誘う。チャーリー北原がゴムボートを操船してピエールと外海に出る。外敵など知らないこの辺の海亀は、ノンビリと頭と背中を出し泳いでおり、海亀に近寄り、ピエールがゴムボートから海亀めがけ飛び付く。ゴムボートから飛び込んだピエールは飛沫を上げ見事に海亀を捕まえる。捕まえた海亀の肩の辺りに手を掛け、しばらく海亀と一緒に泳ぎ海の散歩と洒落込む。海亀はピエールを引っ張るように四本のパドルで海水を漕ぎ泳ぐ。方向を変えるときは片方のかめの肩に体重を掛けるとその方向に曲がってゆき、反対側に体重を掛けるとそちらの方向に行く。ピエールは上手いもので、車の運転の様に海亀をコントロールして遊ぶ。ピエールも自分の足でバタバタ海亀の泳ぐのを手伝い、海の散歩を楽しむ。遊び飽いたら海亀をゴムボートに引き上げ裏返す。海の散歩で疲れている海亀は仰向き手足を動かすだけで、逃げる事が出来ない。そのままヨットまで持ち帰る。二人でこの亀をどうして食べようかと相談していると、横からイザベルが 「亀を殺さないで」 と頼む。イザベルに言われると二人ともいやと言えず、海亀を海に返してやろうと言う事になり、ヨットからピエールとチャーリー北原は海亀の背中を押し海に投げ入れる。離された海亀はヨタヨタと泳ぎ、サンゴ礁の入り口から外海へ出て行き、やがて見えなくなる。  その後チャーリー北原は、一人でシュノーケリングをしてサンゴ礁内を見て回る。海水は澄みサンゴの粉で出来たと思われる白砂の海底を、ブラックチィップシャークの子供が群れで泳いでいる。シャークの子供でも可愛い、まるで水中幼稚園だ。その近くの白砂に、棒で線を引いたような後があり、何の線なのかと興味を持ちその線を追って泳ぐ。その線に沿って暫く泳いで行くと線が止まって、白砂が盛り上がっている。なんだろうとその盛り上がった所を指で掘る。コーンシェル 〔トウモロコシの形をした貝〕 が出てきた。貝は隠れたつもりでも人間には簡単に見付けることが出来る。辺りをよく観察すると一杯同じ線があり、その先は、やはりこんもりと砂が盛り上がっている。もう一つ面白い貝を見つけた。宝貝で、この貝は岩場にあり、黒っぽいベールをかぶり、岩と同系色のため見付け難く、岩だと思い何かの拍子で触ると、突然その黒い岩は、舞台の幕が開くように表皮がめくれ、黒い表皮は貝の中に引っ込み宝貝が現れる。一度判ると岩に張り付いた貝を見つけるのは簡単で、指先でそのベールをつつくとベールが開き、美しい白や茶色の貝が現れる。以前ヨッティーの一人に、活きた貝を採った時の貝殻の保存のやり方は、絶対太陽の光に当てない事と聞いていた。まず活きた貝を採ると土の中に埋めておく。土中のバクテリヤや虫が貝の身を食べるので、10日ぐらいで掘り出し海水で貝の中を洗う。このときも絶対太陽の光線に当てないこと。もし太陽の光線に当てると光沢をなくしてしまうので気を付けること。もっと光沢を出すにはあとでニスを上に塗ればよいと教えられた。チャーリー北原は、今取った貝を教え通り、ヤシの木の根元に埋め目印の木を挿しておく。そして又、今日の食事のため何か良いものは無いかとシュノーケリングをつづける。サンゴ礁の近くで40センチ位のシャコ貝を見付けた。話では大シャコ貝は人を食ったと言われる、この貝に手足を挟まれると簡単には開かず、そのまま溺れ死んでしまう。シャコ貝は花びらの様なひだをユラユラとなびかせ、小魚やプランクトンを餌として誘い込み食べる。この貝を今夜の夕食に獲ろうと一旦息をするため海面に上がり、大きく息を吸い込み潜る。このシャコ貝は水深1、5メーターぐらいのところにあり、水中グラスで見るシャコ貝は現物より二倍ぐらい大きく見える。ダイビングナイフを抜きシャコ貝の口に差し込みテコの要領でこじ開ける。今までユラユラとゆれていたひだがシャコ貝の中に引っ込み、ダイビングナイフを挟み込み口を閉じる。挟まったナイフをそのままに息を吸いに上がる。一度では開かずもう一度やって見る。 もう一度 、何度も息を吸っては潜る、ナイフでこじ開けるが簡単には開かない。カラフルな熱帯魚が海中に散らばった貝の切れ端を食べに集まって来る。それを手で払いながらナイフでこじ開ける。息を吸いに上がるとその間に熱帯魚たちが「有難う」もいわずに貝を食べている。「この貝は俺のものだ」 口に銜えたシュノーケルよりブツブツ言い、手で払いのけるように貝と熱帯魚を相手に戦う。カラフルな熱帯魚はお構いなしで、チャーリー北原がこじ開けた貝の身を食べに来る。やっと貝は開き、片方をナイフで切り離す。身の付いた貝を持ちゴムボートに泳ぎ戻りながら、カラフルな熱帯魚に、「残りはお前たちにやるぞ」と言い残す。40センチ大のシャコ貝は三人分の食事には十分量があり得意げにヨットに戻る。ヨットに持ち帰りイザベルに自慢げにシヤコ貝を見せ、イザベルは素晴らしく大きなシャコ貝だとチャーリー北原が喜ぶようにほめ、チャーリー北原も嬉しそうに今夜はシャコ貝の刺身を食べようと言う。イザベルの前では何時も子供のようになってしまう。  イザベルはポエを作ってくれる。ポエはココナツ 、タロ芋 、パパイヤなどで作るポリネシアンプディングのようなもので一般的な家庭料理だ。チャーリー北原は今日取った貝の刺身を作り始める。シャコ貝を薄く切り貴重な醤油とわさびを少しシャコ貝の切り身につけ食べる。雰囲気を出すために船の台所から箸を持ち出し、シャコ貝の刺身を箸でつまみあげ、ピエールとイザベルに箸の使い方を教える。普段のピエールとイザベルは手で食事をする風習なので箸など持ったことも無く、不器用に握り箸でシャコ貝を掴み、醤油につけようと醤油皿に持って行き、そこで「ぽちゃん」とシャコ貝を皿に落とす。それを素早く手で掴み口に運び、うまいと笑う、「手を使ってはいけない」と言うと、再挑戦するのだが、又落としては、素早く手で掴み口に運ぶ。チャーリー北原は箸の使い方を教えるのを止め「手で食べても良い」とギブアップだ。彼らには自由に手で食べるほうが旨いだろう。シャコ貝の刺身をつまみにワインを飲みたいところだが、ピエールもイザベルも飲まないので仕方なくビールを独りで飲む。シャコ貝を食べるのは初めての経験であり、熱帯の貝にしては少しねっとりと脂の乗った感じで、歯ごたえもあり美味しい。一般に魚にしても熱帯のものは、暖かい海水温のため風呂上りの魚の様な味で脂も乗っていず、料理もマリネードなどにしないと旨く食べられないが、このシャコ貝は旨い。熱帯の海で貝は食べない方がよいとヨッティーから言われていたが、このシャコ貝は食べても大丈夫だ。あと食べられそうな貝はジャイアントマスルというカラス貝のお化けみたいな両手大の貝柱が旨そうだ。皆もポエとシャコ貝の刺身で美味しいと満足そうな顔をして食べている。犬のセーラーはポエは好きだがシャコ貝は食べない、匂いを嗅ぐだけで顔を背ける。からかい半分に無理に食べるように押し付けると、口で銜え横に向きポトッと捨てる。そして 〔此れは食べられません〕と言う顔をする。  今からこの  「ダイナーキー」 がチャーリー北原, イザベル, ピエール ,犬のセーラーの浮かぶ家である。イザベルとピエールがポリスに追われていることが分かった今、これから公にはどの国にも入国出来ない。今いる,この小さなサンゴ礁の歯ブラシ島は我々のよい隠れ家で、その昔、この小さいサンゴ礁にココナツの実が流れ着き、ヤシの林が出来たのか?経済的には誰も興味を示さない魅力の無いサンゴ礁島で、訪れる人もいない。三人と一匹には最高の隠れ家だ。天気も安定しているし、水もヨットの造水器で作れる。食料もヨットにある、ここに暫く居て熱帯の生活を楽しむ事にする。  チャーリー北原は新鮮な魚が食べたいのでピエールとサンゴ礁に魚釣りに行く。ゴムボートで渡り流されないようにゴムボートを引き上げサンゴ礁に上がる。サンゴ礁にはそこら中にクレパスがあり、以前ニュージーランドでやったアジ釣りの要領でオモリを使わず、小さな針に貝の身を餌にして、そのクレパスに落とす。簡単に直ぐ20センチぐらいの金目鯛のような魚が釣れる。ピエールがこの魚は旨いと言うのでキープして釣りをつづける。10匹ほど釣ったところでピエールに釣りを代わり釣り糸を渡す。小物釣りは飽きたのでチャーリー北原はルアーを外海に投げ、もう少し大物を狙う。外海に向かいサンゴ礁の落ち込みを目がけ投げ込む。竿先をうならせ鉄のきらきら光るルアーは外海に向かって飛んでゆく。着水するとリールをゆっくりと巻き始める。大物が食いつくのを期待してゆっくり巻く。ユラユラと海を泳ぐルアーを、リールを巻く手に感じながらゆっくりと巻く。何か違った感触を手に感じると、直ぐに「ググゥ」と強い引きが有る。魚がリールの糸を引き出す。「取り込めるか?」 心配するほどの強い引きだ。慎重にやり取りをする、竿を一定の高さに保ち糸を巻き込む。その糸を一気に引き出される。強引に巻き取ると魚との綱引きをすることになり、せっかく釣れた魚の釣り糸が切れ逃がしてしまう。魚に逆らわないように出来る限りスムースに暫くやり取りをする。暫くたって魚は疲れたのか?簡単に寄せられる様になってきた。手元まで引き寄せるとその魚は銀色に光る60センチのトラバリーだった。ピエールに自慢げに持ち上げ見せる。Vサインを手で示しピエールが言うには、残念ながら、この魚はあまり旨くない。フライにすると何とか食べられると言う。ちょっとがっかりするがキープする。釣り味はよくファイトは最高で、釣りとしては面白いのだが、一般に熱帯の魚は食味にかけるのが難点だ。もう一度ルアーを投げる、又魚が釣れる。ここは魚が一杯いるみたいだ。釣り上げながら思い考える。毎日ここへ釣りにくれば新鮮な魚には困らない。ここは魚の宝庫だ。又同じトラバリーだ。釣り上げた魚をキープして又ルアーを投げる。ゆっくりと巻きだすと突然ものすごい当りがある。トラバリーの時も凄かったが問題にならないほど強い引きだ。ドンドン糸を引き出しリールに巻いてある400メーターの糸を半分以上?イヤ、三分の二ぐらいか?糸をすべて持って行かれるのか?、と思うくらい釣り糸を引き出される、そして魚は突然止まる。引き出された糸を巻き取り、又引き出される。これを一時間も繰り返す。チャーリー北原の手は疲れ、腰は痛くなる。ピエールが助けに来てサンゴ礁に腰をかけさせてくれる。適当な大きさのサンゴの岩に腰をかけ、時間を掛け戦う。座ったほうが立って戦うよりずーッと楽だ。魚が寄ってきた 「やった」 魚が釣り上がりそうだ。口に鋭い歯が見える。「マグロだ」、又、糸を引き出し逃げるが以前のような強さはもう無い。ピエールとどうして取り込もうかと話しながら引き寄せる。魚は疲れ横向きになり引き寄せられる。30キロもある犬マグロでサンゴ礁の周りに住む犬のように二本の牙を持つ魚だ。魚を引き寄せ、海とサンゴ礁の上までの1メーターの高さのギャップを、30キロもある魚をどうして引き上げるか?が問題だ。ピエールがサンゴ礁を降り取り込むと言う。サンゴ礁は垂直に海に落ち込み、見るからに危険そうで、気を付けるように注意する。何か良い案はないか二人で話し合っている、と、その瞬間、魚の口から糸が切れ、魚はユラユラと海へ消えてゆく、 「残念!魚の歯で釣り糸が切れてしまった」 悔しがるチャーリー北原とピエールがサンゴ礁にガックリと座り込む。多くのサンゴ礁に住む魚は、サンゴを食うせいか鋭い歯を持ち、釣り針が口のちょうど良いところに掛からないと簡単に魚の持つ牙で、釣り糸が切られてしまう。次の時は、この対策を考え、ルアーの先に切られないようにワイヤーを取り付けようと考える。魚は十分食べるだけ取れたので、イザベルと犬のセーラーが待つヨットに戻る。ピエールが釣れた魚を処理してイザベルが料理してくれる。マグロと長時間戦ったので疲れ果てたチャーリー北原は、食事が出来るまで寝酒のラム酒を飲みベッドで横になる。眠っていたチャーリー北原はイザベルに夕食だと優しく起こされる。イザベルが今日釣れた魚を、ポアソンクルー、トラバリーのムニエルに料理してくれ、それに ヤシの若木の芯をつかったサラダを作ってくれる。今夜も素晴らしい夕食だ。  夕食の時、話題がタヒチアンダンスになる。ピエールとイザベルは元々タヒチアンダンサーである。 「チャーリー教えて上げるから夕食後浜辺へ行きましょう」 と、イザベルが言う。チャーリー北原はダンスなどやったことは無く照れていると、ピエールも「チャーリー教えるから行こう」 と誘われる。チャーリー北原は照れながら 「O,K] を出す。夕食が終わり、ゴムボートで三人と一匹は浜辺に降りる。犬のセーラーはいつもの様に浜を走り回り 「ウンコ」 をする。タヒチアンダンスに犬の 「ウンコ」 と言うのは場違いだが、犬のセーラーにしては本能の一つで、快感を感じるときかもしれない。犬のセーラーに聞くと照れて[尻ません」というかもネ。  浜に降りたピエールとイザベルは、即席にヤシの葉で腰みのを作り始め、木の葉で頭の飾りを三人分作る。なれたものでヤシの葉を手早く編んで何でも作ってしまう。海鳥の卵を入れるかごもついでに作ってくれた。うまいものだと感心する。  ステージは月明かりが照らす大海のサンゴ礁の浜辺で、三人と一匹のダンスショーの始まりだ。三人とも上半身裸で、月明かりに照らされたイザベルの乳房は美しく神聖さを感じる。ピエールとイザベルに手をとられ、ダンスのレッスンを受ける。チャーリー北原はイザベルのように艶かしく、柔らかく腰をまねて振るのだが,くらげの様に尻を振るだけでなかなか旨くいかない。一生懸命やるのだが、一生懸命やればやるほど、見っとも無く、尻を振るばかりで、イザベルも噴出しそうになりながら、グッとこらえ手をとり教える。尻を振り振り、手を上に上げ、揺すぶり踊る。知らない人が見たらまるで頭のおかしい人が、ヤシの葉を体に巻き、浜辺で気が狂ってしまったかのようである。 「ちょうちょ ちょうちょ」の歌が似合いそうな踊りかただ。チャーリー北原はギブアップして観客になることにする。さすがにピエールとイザベルのダンスは素晴らしく、トンガ サモアでも見たがタヒチアンダンスは、より艶かしくセクシーで、褐色の肌にパッチリとした黒い大きな目、美しい乳房のイザベルは見ているだけでだんだん興奮し抱きつきたくなる欲情を感じる。ニューカレドニアのホテルで酔っ払いが抱きついたのも理解できるようだ。イザベルとピエールのダンスは最高で、細かく絶え間なく体を動かし艶かしく踊る姿を見て感激する。 「最高だ」、チャーリー北原は興奮する。美しい夜の浜辺で、月明かりに照らし出された美しい二人が一心に踊るタヒチアンダンスは、今までに見たどのダンスよりも最高だ。海の中で、サンゴの林をカラフルな熱帯魚がユラユラと泳ぎ、シャコ貝の原色の青や紫色のヒダがそのカラフルな熱帯魚を誘うように悩ましくゆれ、自然界の掟に従い、強いものが生き残り、恋をして生殖を行う。このダンスも男は強く、女は優しく欲情を誘うように踊る。ピエールが踊る姿に自分を置き換え、イザベルと踊る自分の姿を想像しながら、チャーリー北原は興奮するのだった。  ヨットに戻ってからも興奮が冷めず、ベッドに寝転びタヒチアンダンスを空想する。ドアをノックしてイザベルが入ってきた。チャーリー北原はイザベルに 「今夜のダンスは最高だった」 と言う。「私も最高に興奮したわ、今でも興奮が冷めない」と言い、チャーリー北原にもたれかかりその形のよい乳房を押し付ける。・・・・・・・・・想像の世界?????  翌朝、チャーリー北原は修理用のワイヤーを利用しルアーの前に取り付ける。魚の歯に対抗して、切れないように仕掛けを作り、昨日と同じ場所にピエールと釣りに行く。ゴムボートで行く途中、ピエールが昨夜はどうだったと聞く、 「最高だった」 とチャーリーが答える。ピエールが言う 「彼女は最高の女性だ」。 チャーリー 「ピエールお前嫉妬をしているのか?」ピエール 「あんたは私の家族だ、あんたの体は私の体みたいなものさ、心も ネ、」。 チャーリー北原は思う。何んていい奴だ、彼らは絶対殺人などしていない!。  釣り場に着きルアーを投げる。昨日と違い作りたてのワイヤーが取り付けてあり、切られる心配は無い。直ぐに当りがある。竿を立てリールを巻く。いつものように釣り糸を引き出されそれを巻き込む。リールはスムースに動き暫くやり取りの末、手元に釣り寄せる。ブラックチィップシャークでピエールに聞く 。「ピエール シャークは食べられるのか?」ピエール 「ポリネシアンは食べる、しかしあまり好まないがね」 「じゃあ話の種に一度食べてみよう」とサンゴ礁に引き上げる。ピエールが説明する、シャークは海の掃除屋と呼ばれ、弱った魚や死んだ魚を食べるので、アンモニア臭がある。釣り上げると直ぐに殺し血抜きしなければいけない。血抜き後しばらく海水に浸け、臭みを抜くと食べられるようになると言う。「干したり スモークにしたらどうだ」 チャーリー北原が聞く、ピエールがここでは魚は一杯いるので、そんな必要は無いと言い、腸を出し、頭を切り落とし、海水で洗う。まだ食べたことの無いものは興味あり、食べて見たいと思うチャーリー北原である。シャークを持ち帰りイザベルに渡し料理してもらう。  以前埋めて置いた貝を思い出し取りに行く。目印のヤシの木の根元を掘る。まだたんぱく質の腐った強烈な匂いのする貝を掘り出し、その臭さに鼻を曲げながら、海水で洗い中身を取り出す。しばらくの間臭みを取るため、ネットに入れ太陽の光に当てないように吊り下げ、海水に浸けて置く。  この間食べた、パームハートのサラダが食べたくなり、ピエールに取りに行こうと誘う。犬のセーラーを連れ浜に降りる、何時もの様に浜を走り回る犬のセーラーは走り終わると 「ウンコ」 をして落ち着く。ヤシの林に入る前、海鳥の卵を獲り海水に浸ける。沈む卵だけ拾い浮くものは巣に返す。イザベルの作ったヤシの葉で編んだかごに入れ、卵は最低限だけ獲り持ち帰る。自然のものを乱獲すると、外的の少ない野生の動植物は、抵抗力が無く、直ぐに滅びてしまうので少しだけとる。ピエールが適当に見繕い、直径15センチぐらいのヤシの木を蛮刀で切り倒す。バシッと根元の方を切る。三回目でヤシの木は倒れる。そのヤシの木の幹に当たる部分を残し、縦に切れ目を入れ、竹の子の皮をむくように中の芯を取り出す。野菜の少ないヨット生活では貴重な食料で、切りたてのパームハートは水みずしく、この芯を薄く切り塩を少し振り食べる。やはり竹の子と同じく、日にちが立つと、水気が抜け硬くなり味が落ちてくるので、二日分位を取り持ち帰る。これが最高に旨い。今の、チャーリー北原の一番の好物だ。ヤシも若木は貴重なのであまり切り倒せない。一本はその場でかじる。海水の塩味で食べるとアスパラガスのもっと旨い味がする。もう一本はイザベルに持ち帰る。ピエールが今晩ロブスターを獲りに行こうと誘う、「もちろんO,Kだ」。夜になりピエールとゴムボートでサンゴ礁に、ロブスターを獲りにライトを持ち訪れる。以前、ミネバリーフで獲った時の様に、夜のサンゴ礁にゴムボートを縛り付け、慎重に足元をライトで照らし割れ目に落ちないように気をつけ、夜のリーフを歩く。ライトでロブスターを見付けるとサンダルを履いた足で逃げられないように軽く踏みつけ手で掴む。失敗するとロブスターは割れ目に潜り込む。直ぐに10匹取れたのでヨットに戻り、今夜の食事は既に済んだので網に入れ明日のために海水に浸けて置く。  二人は寝たのか、今夜は犬のセーラーとビールを飲みながら話す。と言っても犬は一方的に聞くだけだが、嬉しそうに甘えながら聞く。今夜も美しい夜空だ。毎日、自然のままに生活をしており、素晴らしい仲間と犬のセーラーもいる。南太平洋に来てからスコールはあるが25度~35度の安定した気候で、快適な素晴らしい日々を送っている。台風シーズンまではこの天気がつづきそうだ。何て居心地がいいのだ。この先は何処へ行こうか。このまま居ても良いのだが、あと二ヶ月で台風シーズンに入る。それまでに北半球に行かなければ成らない。アメリカに行き本来の目的、このヨットを売らなければいけない。毎日自然の中で暮らす今の生活では金も要らず、このヨットを売った金を、どのように使えばよいのか判らない。日本に居た時は金を稼ぎ無駄なものを買い集め、従業員にもっと使うように仕向け金を儲けていたが、金を儲けその金を消費する事が、本当に人間本来の生き方なのか?。人間の生存競争とは、誰が一番多く金を稼ぎそれを消費する事や溜め込むことが本当の生存競争と言えるのか?、確かに人より物を持つことで、自尊心として優越感に浸れるが、余りに低次元の優越感で、本当に素晴らしい人間であれば、人は良い評価をしてくれる。それが得られないために、インスタントに「ものを買う」と言う行為により、ひけらかすのだろう。自然に恵まれた生活をしていると、この自然を守ることで、人間は幸せに生きることが出来るのでは、と考える。争わずに幸せに暮らす道は無いのか?、チャーリー北原は少しずつでは有るが自分が生きてゆきたい道が見えてきたような気がする。又そろそろ出発の時が来たようだ。ピエールとイザベルはポリスに追われているし、犬のセーラーの事もある「どうしよう?」明日相談をしてみよう。  翌朝ピエールとイザベルたちと話し合う。最初の目的地マウピティにはポリスが捜しているので行けない。このヨットを売りにアメリカにチャーリー北原は行きたいと二人に話す。ピエールもイザベルもチャーリーと何処までも一緒に行きたいと言う。その前に生まれ故郷の島ポエポエに寄りたい。その島には家族や友達 、知人が多いので匿ってくれ、犬のセーラーも預かってくれる。そこに行こうという 「では行こう」 と決まる。
  * ポエポエ島
  ポエポエ島はタヒチの南400マイル、オーストラルアイランドのひとつで、現在地から700マイルにある。火山島マウントヒロ437メーターを囲むようにサンゴ礁があり、内湾はエメラルドグリーンのラグーンになった美しい島である。と、イザベルが説明してくれる。  翌朝ポエポエに向かって出発する。長い間いつ居たこのサンゴ礁を離れるのは、少し悲しい気がするが 「出発だ」毎日釣りをしたチャネルを安全に抜け外海に出る。そこで総てのセールを上げポエポエに進路を向ける。外海はいつものように南東または東より一定の風が吹いており、空は何処までも青く、「海は青黒く澄み」という、言葉がぴったりと合う、深く、何処までも深く青黒く、大洋の真ん中と言うのに、水中に蟹の子供が泳いでいたり、小魚が群れで泳いでいたりとはっきり見えるほど澄んでいる。この小魚や蟹は、いったい何処から来て何処に行くのだろう?。海面に浮遊物など浮いていると、その周りには稚魚がいて、それを狙う大きな魚がいる。たいていはマヒマヒと呼ばれるシイラだが、こんな浮遊物の周りにも、海のエコサイクルが存在する。水平線に浮かぶ雲にも意味がある。島が太陽熱で温められ、陸地の水蒸気が空に昇り雲となる。水平線のかなたに雲がポカッと浮いていると、島は見えなくとも、そこには島があるということが想像できる。海鳥でさえも海面に飛んでいると、{鳥によって違うのだが}そこから何マイル~何十マイルに島がある。ヨットから見える距離は、水平線まで約5マイルなので{条件によるが}その鳥の巣がある島が、5マイル以上離れたどこかにきっとある。鳥は今、漁に来ており、夕方になると巣のある自分の家に帰る。日暮れに鳥を見ているとその方向に島があり,鳥は各自のねぐらに向かって帰えるのだ。昔のポリネシアンは、この自然が教えることを利用して島を発見した。このようにまったく何も無いように見えても、自然が作り出す世界が教えてくれることが海にはいっぱい有り、毎日海を見ていて、単純な疑問を持つとそこには必ず意味がある。時には疲れ果てた迷い鳥がヨットに飛んでくる。この鳥は疲れ果て、てすりに止まっても掴まっていられず、ドタッとヨットの中に落ちる。この鳥を捕まえる事は簡単だがそっとして置くと次の朝には何処かへ飛んで行く。海で遭難した人の話をよく聞くが、海上で疲れ果てた鳥が浮遊物に止まる。その鳥を捕まえ食べた話。このとき昔のポリネシアンのように自然を知っていたら、海鳥がそこにいると言う事は、近くに島が有ると言う事で、これは大洋の真ん中では無く、今自分の居るところが島の近くだと言う事が分かり、その島を発見することも出来る。サバイバル用品の中にある、釣り糸と釣り針で、自分が浮いている浮遊物のそばに来る食料としての魚を釣る事も可能だ。もし、こういうことを知っていれば、海鳥がいるだけで生き延びる可能性も高くなる。少しずつ変ってきたとはいえ、本来のポリネシアンの生活は、物は最低限しか持たず、着る物はヤシの葉で作り、食料は魚やロブスターを獲り、海鳥の卵やココナツを拾う、自然な生活。ピエールやイザベルの人を愛す優しい心、先進社会と言われる人達の生活は、人々が争い金を取り合い、ストレスだらけになり、結果的に無駄使いする社会と比べ、何が正しく 、何が欲しく、 何をしたいのか、教えられ考えさせられる。まだ、この「ダイナーキー」を売った金の使い道も決まっていず、今自分は何がしたいのか、この金をいかに使うのか決めなければ行けない。  もう直ぐポエポエに着く。島の近くなのでトローリングをして魚を獲る。自分たちの為でなく島に着いたとき島民にあげるために魚を獲るのだ。島民はカヌーでラグーンの小さな魚を獲るだけで、ほとんど外海で漁をしない。外海には一杯魚がいるのにほとんど行かない。小さなカヌーでは危険でもあるのと、島は熱帯の気候で、食料が簡単に手に入り、わざわざ外海に魚を獲りに行く努力をしない。そのため、どの島も同じだが、島に入る前に魚を釣り、島民にお土産として持って行くと大変喜ろこばれる。  流したルアーに何かが釣れる。凄い速さで釣り糸を引き出す。ヨットを止め、竿をハーネスに取り魚と戦う。チャーリー北原はこの強い引きで大物だと感じる。久しぶりの大物。犬のセーラーも大物だと感じ吠え出す。犬もよく分かっている。竿をクレーンのように上下して釣り糸を巻き取る 。[大物だ!」 最初の走りを止め釣り糸を巻く。糸を引き出される竿が海面まで着きそうなぐらい曲がる。それに引っ張られて海中に体が持ってゆかれそうだ。ピエールがチャーリー北原の体を後ろから抱え支える。この「ダイナーキー」にはファイテイングチェアーは無く、立って釣りをしなければならない。少しリールのドラッグを緩め戦う。この方が大物には良く、時間は掛かるが切られずにすみ、魚はドラッグを強くするともっと逃げようとするため少しドラッグを緩める。すると魚は思ったほど逃げなくなり釣り上がる可能性が高くなる。約一時間ほど戦い、魚をヨットに寄せる。ピエールがギャフで引っ掛け取り込もうとするが、重たくてピエールだけではバタバタする魚を取り込めない。イザベルと三人で力をあわせ魚を引き上げ、その横で犬のセーラーが吠える。さしずめ、犬のセーラーは応援団だ。そして、ヨットのデッキはまるで戦場だ。やっとヨットに引き上げバスタオルを魚に掛け、ピエールが押さえ込む、チャーリー北原が直ぐに細長いナイフで生き締めをする。ピクピクと最後のあがきを表し、魚はやっと静かになり、デッキに横たわる。三人の体を見ると魚の血だらけで、犬のセーラーまで血だらけになっている。三人でその姿を見て笑う。一番ピエールが血だらけで、海水をホースで掛け体を洗い、お祝いの海水を掛け合う。三人と一匹はデッキ上を逃げ回り、海水を掛けじゃれ合う。釣り上がった魚は50キロもあるキハダマグロで、海水を掛け血を洗い流す。熱帯の太陽で魚の新鮮さをだめにするので直ぐに処理に掛かる。一時間位掛かり魚の切り身をつくり、冷凍庫と冷蔵庫に分け入れる。  魚の処理が終わった頃、[ダイナーキー]はポエポエの入り口に着く。お尋ね者のピエールとイザベルがどうしてこの島に潜り込むかを話し合う。ピエールとイザベルはお尋ね者なのだ、公には入れない。ラグーンに着くと海に潜り、闇にまぎれ陸に上がることに決める。「ダイナーキー」は休むまもなくポエポエの入り口へ到着する。ピエールはマストに上り手で深みを合図する。イザベルと犬のセーラーは船首に立ち見張る。太陽を背に受けピエールの合図で深み深みと通って行く。海がグリーンに見えるところは2メーター以下でブルーに見えるところは2メーター以上の深さだ。台風でやられたマーカーが見える。初めてのところは慎重に入って行かなければ行けない。南太平洋では海図は信用できないのだ。無事停泊地に着く。アンカーを下ろし 「ホッ」 としたところで、入国検査は明日にして、先ほど釣ったマグロの刺身を食べビールを飲む。今日のピエールとイザベルはいつもと違いなぜか変だ。心配しているとピエールが言う。この島に着いたらジャンダン 「フランスの植民地に居るポリスみたいなもの」 に行かなくては行けない、ここが税関でもあり、ポリスでもあり、この島で一番権力のあるところで、王様でもある。ここにパスポートを持って行き、この島に着いたことを知らせる。我々はポリスに追われている身なので、今晩、海に潜り陸に上がり、知り合いの家に隠れる。落ち着いたら直ぐに知らせをよこすから心配しないくれ。明朝シングルハンドで来たとジヤンダンに行くこと。チャーリー北原は 「O,K」をする。しかし私を独りにしないでくれと頼む。イザベルが 「大丈夫直ぐに知らせるから」 と慰めの言葉をかける。周りは暗くなり、ピエールとイザベルは闇に紛れヨットからそっと海に入り、音も無く50メートル先の岸へ泳ぎ、茂みの中へ消える。犬のセーラーと寂しく未知の島で初めての夜をビールを飲み過ごす。  次の朝、言われた通りパスポートを持ちジャンダンに行く。歩いていける距離なので、昨日釣ったマグロの一部を持ち、朝の海岸通りを歩く。島のタクシーを使うと、半日で回れるほど小さな島だ。朝の海岸通りには{鉄のボールを投げ白いボールに誰が一番近いか}を競うゲームをフランス人風の年寄りがして遊んでいる。その人達に軽く挨拶をしながら、ジャンダンに向かって歩く。オフィスに入ると秘書が出迎え、用件を伝えると、その後ジャンダンが出て来た。お土産のマグロをプレゼントすると喜び簡単に入国検査が済む。ジャンダンは東洋の日本からはるばるシングルハンドのヨットで来た、チャーリー北原に興味を持ち、歓迎のパーティーをしようと言い出す。断ることも出来ないので歓迎のパーティーを受ける事にする。  パーティー会場となる裏庭は、綺麗に手入れされており、召使がテーブルの支度を始める。南太平洋の何もする事の無い役人が、日本から来たヨッティーの話を聞くため、多くの仲間の役人を集め朝からパーティーを開くのだ。テーブルには多くの美味しそうな料理が並び、本場フランスのワインがグラスに注がれ、まるで映画のように豪華に始まる。観光客も滅多に来ないこの島に、はるばる日本より客が来たと持ち上げられる。チャーリー北原は何を話せばよいのか悩む、口から出任せを言うしかない、どうせ相手は退屈しきった役人で、日本語も英語も分からないのだから。この島は、フランス政府が統治しており。ジャンダンは遠いフランスより派遣された役人で、この島の王様みたいになっている。仕事もろくに無く、昼間から酒を飲むのが一番の楽しみで、殖民地生活をしている一番の権力者だ。美味しい料理をご馳走になり、ニュージーランドからこの島までの面白いセーリングの話をして、今日の歓迎のお礼を言う。ピエールとイザベルの話は無論秘密にしておき、 [今日は大変美味しいご馳走を私のために、フランス国民の税金を使いお招きくださり有難うございました] 酔ったついでに、皮肉を込めお礼を言う。ジャンダンも [なあ~に心配するな、これはどうせフランスの税金だ]。よく解かっているものだ。チャーリー北原はタダ酒を飲みすぎ酔っ払い、早めにおいとまをしヨットにヨタヨタと帰り着き倒れるようにベッドで横になる。暗くなりピエールがヨットを海中からたたき、寝ているところを起こされる。ピエールの話は、夜は毎日でも来れるがもし誰かに見付かるとまずいので、一般の観光客のような顔をして村に来てくれ、そこで会うことが出来る、と言い残し又海に潜り闇に消えてゆく。  チャーリー北原は次の日から観光客となり、毎日村に出掛ける。犬のセーラーを連れて島を回るバスに乗る。バスの運転手は犬も 「O,K」 と言うので少しバスに乗っては降り、島を歩く。一日何回かバスは回ってくるので、乗っては歩き島を見て回る。島の道路はマウントヒロを中心に海岸線を一周しており、のんびりと時間を掛け観光する。村はところどころ分かれ、10件ぐらいの家が固まって一つの村が出来ており、人々はマウントヒロと海岸の、わずかな平地に家を建て住んでいる。このポエポエは西経147度南緯23度にあり、熱帯では良い気候に恵まれたところで、適当に雨も降り、作物のバナナ 、パパイヤ 、パンの木 、タロなどなどがよく育ち、一見住むのに良さそうなところだ。観光して歩いていると島民の家の中まで丸見えで、どの家もテレビが点いており、どの家も住人と思われる人が寝転んでテレビを観ている。昨日ジャンダンが言っていた事を思い出す。この島のテレビはフランス政府が援助しており、島民は原子力爆弾実験の補償金で働かず生活しており、毎日テレビを観てはごろごろしている。新しいビデオがフランスより送られてきて、もしジャンダンが気に入らなければ、ビデオを途中で止めてしまう。そのため島民はテレビを観られなくなるとジャンダンが言ってたのを思い出す。ポリネシアの国々をセーリングしていて疑問を持ったのだが。本来のたくましく筋肉質なポリネシアンが、今では町に住み、ゴロゴロ寝て暮らす。元々立派な文化を持った人達に、白人の食べ物を与え、覚えさせ、ブクブク太った今のポリネシア人に仕たて上げた。今ではポリネシアンのイメージは、太って、島で何もしない人達のようになってしまっている。島を統治する役人たちを見ているとなぜかムラムラと怒りが湧き上がる。  島の家々を覗いたり、観光をしたり、犬のセーラーと歩いていると、見知らぬ独りの男がこちらに来ないかと手招きする。どうしたのかと近寄っていくと、家に入れというので一軒のポリネシアンハウスに入ると、そこにピエールとイザベルが待っていた。長い間会わなかった様な、なんともいえない懐かしさと嬉しさが、たった二日しか離れていないのに込み上げてくる。お互いに抱き合い再会を喜ぶ。この再会のため島を観光していたのだ。ピエールが言うには「この村は私が生まれ育った村だ」「回りの人達は皆親類や家族で、安心して匿ってくれる。今から我々の親類を紹介する」と一軒一軒案内する。イザベルがこの家は私のおじさんの家だ、といい、食料庫を勝手に開け何か食べないかとバナナをピエールとチャーリーに渡す。次に行った家は親類の家だと今度はピエールが言う。家の中には誰も人の気配が無く、ピエールが勝手に食糧庫を開け、何か飲まないか食べないかと勧める。次の家も同じで、又勝手に、食べないかと来る。チャーリー北原は心配になりピエールに聞く。勝手に人の食料を食べこれは泥棒ではないのか?親類の家とはいえ勝手に飲み食いして、家の中に何か無いかと探し回り、よいものを見つけるとこれをもって行けという。これは泥棒では無いのか?。ピエールが説明する。ポリネシアンはお互いに有る者は与え、無いものは貰う、相互扶助になっている。先進国と呼ばれている国から来たチャーリー北原には、理解できない?先進国では [泥棒] と呼ぶが、ポリネシアンは仲間から貰ったと言う。ポリネシアンは好きだが、この考えだけはどうも理解できない。
   * 野豚狩り
  ピエールが、明日野豚のハンティングに行かないかとチャーリー北原を誘う。山に犬を放し野豚を追い出し、人間の代わりに追い詰め、そして捕まえると話す。面白そうなので一緒に行く事にする。  次の朝、犬のセーラーと一緒に昨日と同じ家に行く。そこには三人の若いポリネシアンと三匹の強そうな犬が待っていた。総勢5人とセーラーを入れ4匹の犬でマウントヒロに向かう。風下から三匹の犬を放し、5人の人間と犬のセーラーは後からついてゆく。三匹の犬は野豚の匂いを嗅ぎながら追いかけ薮に消える。人間たちはその犬を追い急ぐ。獣道を行く犬の嗅覚は人間の1200倍もあり野豚を簡単に見付け追いかける。人間は野豚が犬に追い詰められるまで、その後を追いかける。追い詰められた野豚は「ブウブウ、フウフウ」と牙で犬に対抗する。一対一なら野豚のほうが強いが、三匹の犬はチームワーク良く、三方に分かれて野豚を取り巻き、飛びつく隙をうかがう。三匹の犬が野豚の足を止めたところで、後から来た人間が追いつく。近寄ると危ないので離れ、犬が野豚を取り押さえるのを遠う巻きに見守り待つ。三匹の犬は、各自が野豚の隙をうかがい飛び掛るタイミングを探し右に左に動き回る。犬のセーラーも興奮して仲間に入りたく飛びつこうとするが、ペットのセーラーでは野豚の牙で簡単にやられてしまう、チャーリー北原は犬のセーラーの首輪を押さえ、止めているのが仕事だ。暫くの間、野豚と犬はにらみ合いをつづけ、野豚は「ブウブウ、ブシュブシュ」と鼻息荒く構えている。突然、野豚は犬を牙で刺そうとする。犬は素早く身をかわす。野豚の後ろにいた犬がその瞬間、野豚の尻尾に咬み付く。すかさずもう一匹の犬が右の耳に咬み付き、後の一匹が左の耳に咬み付く。見事な連係プレーだ。三匹の犬が咬んだ尻尾と両耳をひっぱり野豚を動けないようにする。暫く野豚が疲れるまで引っ張り合う。もしここでどれか一匹の犬が離すと野豚に逆襲されてしまう。家畜の中でも豚が一番凶暴で、一旦暴れだすと一番危険なのだ。暫くして野豚が暴れなくなった時、ピエールがチャーリー北原に鋭いナイフを渡し「これで野豚の頚動脈を切るのだという [やってみろ] と渡される。一瞬、断ろうとすると、ピエールがキャプテンの仕事だと言う。仕方なく恐々ではあるが、犬たちが抑えている野豚に近寄り教えられたとうり野豚の喉にナイフの刃を上に向け一気に頚動脈を切り裂く。野豚は鋭い悲鳴を上げ血を撒き散らし、犬に両耳を咬まれたまま地上に倒れる。野豚が倒れても三匹の犬たちは両耳と尻尾を離さず咬んでいる。三人の若者が犬を野豚から離しとどめを刺す。若者たちがフラックスの葉を切り取り、それを縦に裂き簡単に編みロープを作る。そのロープで野豚の手足を縛り、適当な大きさの棒を縛った手足に通し担ぎ上げ、その野豚を小川が流れる広場に担ぎ出し、全員で薪を拾い集め火を起こす。大きく燃えた火の上に野豚を担ぎ上げ火にかける。暫く野豚の皮が真っ黒になるまで焼き、一旦火から下ろす。火から下ろされた野豚は、若者たちがナイフで表皮の毛を丁寧に削り取りそぎ落とす。これは大変な仕事である。毛をそぎ落とされた野豚は焼かれて真っ黒になった表皮から薄茶色に変わる、その後、腹を割き、腸を出し、レバーを取り除き犬たちにやる。腹をすかした犬達は生の内臓に群がり食いつく。ハンティングの決まりで、参加者には公平に獲物を分け与えるので犬も参加者の一員。腹をすかしており、その投げられた内臓にむしゃぶりつく。腹を出された野豚は、又火にかけられじっくりと焼かれる。犬のセーラーは、過保護のペット、生の内臓を他の犬の様に食べられない。食べたそうに口の周りをペロペロなめ我慢している。時間を掛け野豚を焼いている間、若者たちは切り取った野豚のレバーを、2~3センチのダイスに切り、それを細長い棒に刺し火に焙る。火に焼かれたレバーはジュジュッと脂を出し、煙と旨そうな匂いを撒き散らす。焼けたレバーをピエールがチャーリー北原に食べるように勧める。その良い匂いのするレバーを手に取り、棒に刺したままかじってみる。ハンティングの後で食欲はあるがチャーリー北原にはきつ過ぎる味なので、犬のセーラーに食べさせる。犬のセーラーは喜んで食べもっとくれとまだ食べたそう、ピエールと若者たちは平気でムシャムシャとそのレバーを食べている。魚を釣った時も生のレバーを喜んで食べるピエールの事、野豚のレバーは彼にとって好物なのだ。野豚が焼けるのを、つばを飲み込みながら待つチャーリー北原は、ジュウジュウ焼ける音がたまらない。棒で突っついては焼き具合を見る。そろそろ焼けたかな?と思う頃、ピエールがナイフを持ち野豚の身を切り取ってくれる。バナナの葉っぱに載せられて、その野豚の身はおいしそうな匂いの湯気を上げている。養殖物の豚と違い、脂身が少なく、赤身の肉が多い。肉は柔らかくジューシーで、塩も何も味付けをしないのに、大変旨味のある味だ。初めて食べる野豚の味をかみ締め味わい「これは旨い!」とチャーリー北原はお代わりをする。先に内臓を食べた三匹の犬たちは、腹いっぱいになったと見え地面に満足そうな表情で寝転がっている。犬のセーラーは焼けた野豚の肉を貰い、がっがっと食べ、もっと欲しいとねだる。皆が腹一杯食べ、まだ半分以上ある残りの肉を焼き上げ、村で待つイザベルに持ってゆく事にする。焼けるのを待つ間、満腹に成ったので草むらに各自がばらばらに寝転ぶ。チャーリー北原も犬のセーラーと一緒に寝転ぶ。若者たちは交代で野豚を回し焼き、焦がさないように焼き上げ。焼きあがると各自が持てる大きさに切り分け、バナナの皮に包み持ち帰る。村に帰り獲った野豚の肉をイザベルに渡し自慢する。イザベルは喜びチャーリー北原に軽くキッスをし、お世辞を言う。持ち帰った肉を村の人達を集め、獲物が取れた時の習慣で会食を始める。ワイワイガヤガヤと食べ、バナナの皮を捨てて片付けは終わり。残った肉をバナナの皮に包み、それを持って人々は家に帰る。ポリネシアンの女性は楽なもので、日本の女性の様に来客があると、一日台所で料理を作ったり、片付けたりしない。ここでは、バナナの皮に食事を載せ、食べるとポイとバナナの皮を捨てる。それで終わりである。しかし、冠婚葬祭のときだけは沢山の料理を作り、参加者に食べたいだけ食べてもらう。それでも余るぐらいの分量を作り来客に持ち帰らせるのが風習だ。ポリネシアンは獲った物を分け与えるのが習慣である。チャーリー北原も村人から、パンパラムースという果物をヨットに届けられる。この果物は、人間の頭大ほどの大きさで、薄い紫色をした果肉のグレープフルーツに似た果物で、ジューシーで熱帯の暑い日には最高に喉を潤す果物で旨い。  チャーリー北原は毎日村に行き、ポリネシアンの風習、 言葉、 生活 、考え方を見習う、日本人と似ている。やはりポリネシアンは遠い昔、船でアジアから渡ってきたのかもしれない。特に元飲食店主のチャーリー北原の興味を引いたのは料理で、フレンチポリネシアンは、フランスの植民地であり、中国から労働者として渡って来た中国人の影響も受け、ポリネシアの環境と混ぜ合わさった料理が発達している。特に面白かったのは、獲った魚を刻み入れ壷に詰め込む。塩水に浸け1~2週間置いた後、その強烈な匂いのする中に新しくとった魚の切り身を入れて食べる。日本の塩辛?かクサヤに似ている。好奇心から食べてみたかったが、横からピエールに「止めといた方が良い」と言われ、またその匂いの臭さに参り、とても食べられなかった。  ある日、イザベルがマウントヒロに登りに行こうと誘う。犬のセーラーとイザベルで二時間ほどの山登りをする。登山道は草の生えた獣道のようであり、山に登ると言うよりは、丘に登るといった方がいいぐらいの山であった。山頂は数百メーター四方のでこぼこした広場に成っており、そこから見る景色は360度さえぎる物は無い。青黒い大洋の海がどこまでも続き、足元はエメラルドグリーンのラグーンがこの山を取り囲んでいる。その深いブルーとエメラルドグリーンの境目はサンゴの砦となり、打ち付ける白い波がネックレスとなっている。これが地球の総てではないのか?と思われる美しい景色のなかで思わずイザベルを抱きしめる。二人で抱き合い、あの辺が大きなマグロが釣れたところだ、あのチャネルを入ってきたのだと話し、海から丘を駆け上がってくるそよ風が二人を包む。チャーリー北原は思い切ってイザベルに聞く。もうじき北半球に出発しなければならない、台風シーズンが来るのだ。「イザベル今でも一緒に来る気があるのか?」 もし、「ここにいたい」とイザベルが言ったら、「どうしよう」と心の中で恐れている。チャーリー北原の恐れとは反対に 「もちろん一緒に行きたい」 と、イザベルがはっきり答える。チャーリー北原は喜び又イザベルを抱きしめる。イザベルはつづける 「我々は家族なのよ、どこまでも一緒に行きたいの。ピエールも一緒に行きたいと言っている」 。二人で山に登ろうと言った時から内心チャーリー北原は、イザベルがこの自分の生まれた故郷にこのまま居たい、と言い出すのではと恐れていたのだ。チャーリー北原はイザベルは勿論ピエールもなくしたく無かった。今は家族で、信頼し合える仲間でもある、イザベルの話を聞いて嬉しかった、「よし一緒に出発だ」。  チャーリー北原がイザベルに説明する。ポエポエを出発して夜にタヒチに着くように行く。夜ならば見付からないしジャンダンも居ないだろう。タヒチで朝ディーゼルを入れそのまま再出発する。目的地はアメリカだ。タヒチから北に向かい、ハワイを越えた所で東または北東に方向を変える。そして一旦カナダ沖まで行き、再び南下してアメリカ西海岸へ向かう。総距離は4300マイル。赤道を越えるときに風の無い無風地帯を通るので、どうしてもタヒチでディーゼルを入れたいのだ。風次第だが多分一ヶ月のセーリングだ。「従いて来れるか?」と、もう一度イザベルに聞きなおす。「勿論大丈夫、チャーリー」 イザベルが答える。          アメリカへ向かう
       *犬のセーラーとの別れ
  次の日から出発の用意を始める。何時もと違い今回は一つ問題がある。ここを出発したら一ヶ月も陸に降りられない。無事にアメリカに着いても犬は入国できないため、ここで犬のセーラーと別れなければ成らない。一般に農業国では、自国の作物や家畜を守るため、ペットなどは、伝染病などを防ぐ意味で簡単には入国できない。たぶん経済的に大きなメリットの無いものは問題が起こるだけなので入国禁止にしてしまうのだろう。  今夜は犬のセーラーの横に座り、犬のセーラーの事を想い、考え、話かける。一年半も一緒に暮らし、キオラの町で初めて見たとき、コロコロとして可愛い子犬だった。目と目が合い、お前は俺によってきて甘えた声で鳴いたのだ。それがきっかけで、お前とこうして居るのだ。毎朝一緒に散歩をして歩いたね、休みたくなると 「わんわん」と吠え休もうと言ったじゃないか。セーリングを一緒にして、風が変わるとお前は風上に座りなおした。それが一番お前が居心地が良かったんだ。浜に降りると狂ったように走り、崖を駆け上り、そしてまた、砂浜を走り回り 「うんこ」 をしたね。お前は何時も私のことを見ていてくれた。トローリングで魚が掛かった時、一番に見付け吠えて知らせてくれた。俺が気分的に落ち込んだ時、お前も一緒に落ち込んだ。俺が楽しい時、お前も楽しそうに走り回った。一緒に走り一緒に遊んだ。俺が海に取り残された時、お前は最後まで見ていて、吠えつづけ、俺を助けてくれた。「有難うセーラー」。しかし、ここでお前と別れなければいけないのだ。いつかお前と別れなければ行けないと分かっていたが、これ以上一緒にいるとお前を殺す事になる。身勝手な飼い主だと思うかもしれないが、ここで別れなければいけない。きっと戻ってくるからここで待っててくれ、セーラー。  チャーリー北原はピエールとイザベルに新しい飼い主を探してもらう。これが犬のセーラーにとって最高の処置だと思う。犬のセーラーにチャーリー北原は話しつづける 。「セーラー、これからは何時でも思いっきり、揺れない陸地で走りウンコをしろ」、これからはデッキの片隅でウンコをしなくて済むぞ。チャーリー北原は涙で顔中ぬらし、鼻をすうすう詰まらせ、犬のセーラーに話し掛ける。今夜は酔わないといられない気持ちだ。犬のセーラーとの思い出ばかりが頭に浮かぶ。ラムをストレートで飲みながら犬のセーラーに話し掛ける。 「強くなれよ、この間の野豚狩りに行ったときの犬の様に強くなれ、お前はもうペットじゃないぞ」犬のセーラーも何かを感じ、チャーリー北原の目を見て「キュ~ン」と悲しい声を出す。動物は人間語は話せないが、飼い主の言うことはよく解かっているのだ。チャーリー北原は酔って来て、同じことを何度も口走る。 「何でこんなに悲しいのだ」 丘を登る時俺のほうがお前より速く、下りは何時もお前のほうが速かった。海で泳ぐ時、お前は俺の平泳ぎより速く、少し前でこちらを見て 「だいじょうぶ?」 と言う様な顔でこちらを見ていた。子供のころ、階段が上れず抱きかかえ上った。「覚えているか?」、釣りに行き長時間歩き、まだ釣りをしている俺に早く帰ろうと 「ワンワン」 吠え、俺を後ろから押したじゃないか。真夏の暑い日に歩き回り、水が飲みたくて、汚い水溜りに思わず飛び込み水を飲んだ。お前、俺は心配したぞ、「お腹を壊さないかと?」。あの時水を持って行ってやれば良かった。魚を釣って浜辺で焼いた時、腹をすかしたお前は、まだ熱くて食べられないといったのに、食べるから、舌をやけどして思わず海に飛び込んだ、「覚えているか?」、あれ以来熱い物は用心するようになったね。これからも気をつけろよ。チャーリー北原は悲しくて犬のセーラーとの思い出を話しつづける。  チャーリー北原は自分に問う。今、イザベルという己の愛する人がいるため、犬のセーラーを捨てるのか。今まで友達であり仲間だった犬を。「そんな事は無い」。きっと迎えに戻ってくるから待っててくれ。静かな夜のヨットの上で泣崩れるチャーリー北原だった。「人間は何てエゴなのだ」。チャーリー北原の人生で一番悲しい日だった。 「待っててくれ、きっと戻ってくるから」。  次の朝、ピエールの親類の家に、犬のセーラーを預けに行った。その帰りにジャンダンに出国の届けをしに行く。何も仕事の無いジャンダンは、又東洋の国から来た友達の別れのパーティーをしようと言い出す。フランス人コックによって旨い酒と美味しい料理を出され、これまたやる事の無い役人が集まり酒を酌み交わす。旨い酒と旨い料理を前にチャーリー北原はだんだん怒れて来た。犬のセーラーと別れたせいか、この白人たちを見ていると怒れて来る。自分がこいつらと一緒に食事をしている事に怒れて来る。島民を土人と呼び捨て、立派な文化を持ったポリネシアン達に金を与え堕落させ、力で押さえつけ、毎日ごろごろとテレビを観ているだけの生活に落とし込みさげすむ。こんな奴らと一緒に食事をしている自分がいやに成る 。「もう十分頂きました、明日早いのでこれで帰ります」 フランス語で 「メルシーボクー オボ ワール」 と言って帰る。帰り道でも怒れぶつぶついいながら歩く。王様ずらをして島民に金を与え、幸せに暮らしてた人々に宗教を押し付け、力でコントロールする白人パワー。この島に居る間一日寝転んでいるだけの人々を見て、白人のやり方に怒りを覚える。ヨットに帰りつきベットに倒れるように寝転ぶ。今日から犬のセーラーは居ないのだ。そのまま寝てしまいノックの音で起こされる。ピエールとイザベルが海に潜り、闇に隠れヨットにたどり着く、明朝の出発のために戻ってきたのだ。  南太平洋の朝は早く日が昇り、一日で一番気持ちの良い時間でもある。島民が起きて来ないうちに出発する。薄明かりの中アンカーを上げピエールがマストの上から見張り、イザベルが船首に立つ。一度通ったチャネルは問題なく安全に外海に出る。犬のセーラーの事を想うと後ろ髪を惹かれる思いだが、台風シーズンになる前に赤道を超え、北半球に入ら無ければいけない。北半球に入ると南半球に変わって、今度は北半球は台風明けのシーズンになる。南半球が夏になり北半球が冬になる。冬と言っても赤道近くは一年中暖かく、どちらかと言うと、夏は暑すぎて冬のほうが暖かく過しやすいといえる気候になる。赤道から北に行くほど気温は下がり寒くなるが、台風の被害に合い難くなっていく。多くのヨッティーはこのシーズンになると北半球に行くか、南半球の南緯30度以上に移動する。南半球ではちょうどニュージーランドかオーストラリアになる。一部の台風にも強い港にはこのシーズンでも留まる事が出来るが、台風のパワーは凄く、何かの被害に合うため、台風から逃げるのが一番安全な方法と言える。ピエールとイザベルはパスポートもビザも持っておらず、蜜出入国なので、これからも人目を避け、見付からない様に行動する。アメリカに着いた時は海に飛び込み、泳いで陸に上がり、密入国し陸上で落ち合う予定だ。「旨くいくだろうか?」今考えるのは止めて置く。  ポエポエのチャネルを抜けた 「ダイナーキー」 は北に船首を向けタヒチに向かう。ここから400マイル北にあるパピエテに行くのだ。タヒチの首都パピエテは、大きな観光地で観光船が出入りしており人目に付きやすいので早朝に着くようにして、パピエテの広いチャネルを入って少し離れたマリーナーに 「ダイナーキー」 を止め、ディーゼルを入れ、闇に紛れ又逃げるようにパピエテを出発する予定だ。  タヒチを出ると、距離的には真直ぐアメリカ西海岸に向かうのが一番近いのだが、このシーズンアメリカ西海岸には大きな高気圧が停滞しており風が無く、偏西風海流も東から西へ向かって流れており、風が吹くと向かい風でヨットでは走らない。そこで、一旦北に向かい、ハワイ沖からアラスカ又はカナダ沖にアリューシャン低気圧に入らないように避け向かう。ここから風は西風に変わるので、それを利用してカリフォルニア海流に乗り、南下しアメリカ西海岸にたどり着く。赤道近くは南半球の偏西風が南東から吹き、北半球の偏西風が北東から吹くため、赤道でぶつかり上昇気流となり、それが原因で風が無くなる。多くの場合ガラスのような水面となり、昔のセーラーはヨットが走ら無くなり、食料や水が不足して、仕方なく積んでいた家畜や馬を海に捨てた。これが元で、この辺を「ホースラチチュード」と呼ぶようになった。  チャーリー北原は出発の合図をする。 「さぁ 行こう」 ピエールとイザベルは持ち場に着く。直ぐにパピエテのチャネルを抜け外海に出る。セールを上げディーゼルを満タンにした「ダイナーキー」はハワイに向かって走り出す。これからアメリカ西海岸に着くまではピエールとイザベルが捕まらないよう何処の国にも止まらない。アメリカに着いたら闇に紛れ海に入り、ピエールとイザベルは密入国する予定である。タヒチを出て暫くすると名前の無いサンゴ礁の島が多く現れてきた。この一つに寄ってみる事にする。多分これが最後のサンゴ礁の島となるだろう、ここで少し休んで気持ちを落ち着かせ一気にアメリカに向かうことにする。 「ダイナーキー」 を岸に近かづけ、何時ものようにゴムボートを下ろしピエールが偵察に行く。岸に近かづけアンカーを下ろし停泊する事も出来るが、外海のうねりがあり居心地が悪くセーリングしている方が揺れを感じない。ピエールが戻ってくる間メインセールを上げて行ったり来たりしてその場にとどまりサンゴ礁の外で待つ。しばらくしてピエールが戻り、中に入る事が出来ると報告する。セールを下ろしエンジンで入る。ピエールがマストに登り、イザベルが船首に立ち見張る。ゆっくりと慎重にチャネルを入る。中はサンゴの砂地にテーブルサンゴのあるラグーンで、海底がハッキリと見える。安全そうなところにアンカーを落とす。[ダイナーキー] はカタマランなのでかなり浅いところまで入ってゆける。引き潮で船底が出ても、二つの船体で支える事が出来、サンゴ礁の海では大変便利だ。サンゴ礁のラグーンでは、出来る限り浅いところにアンカーを落とし、停泊するほうが何にかと有利でる。風が変わりアンカーチェーンがテーブルサンゴに絡みつき、はずれなくなる時がある。チェーンは天気の良いときで深さの三倍、風の強い時は五倍以上出すので長いほど絡みつきやすい。カタマランの場合浅いところに停泊できるため、チェーンの長さも短くてすみ絡みにくいし、もし絡んでも外すのも楽だ。チャーリー北原はピエールに今夜はロブスターを獲りに行こうと誘う。 [勿論] と言う事で夜を待つ。三人で話しながらコーヒーを飲む。コーヒーを飲みながらピエールが興味深い話をする。毎年この頃になるとポリネシアンはソワソワしだす。満月の後8~9日目の夜に2ミリぐらいの細かい毛を持つ、ミミズのような物がサンゴの穴から生殖のため海面に現れる。「パロロ」 と呼びポリネシアンはこれを獲って食べるのだ。人呼んで海のキャビアという。夜明け前の1~2時間村中で網を持ちこれを掬い取る。元飲食店主人のチャーリー北原は興味を持ち 。「いったいどんな味だ」 と聞く。ピエールは説明する 。「デリケートな海の香りがして、大変脂の乗った歯ざわりのある、新鮮な甘味のある味がする」 「焼いた石を砂浜に埋め、このパロロをバナナの皮に包み蒸すウム料理にしたり、バターでいためて食べる。チャーリー北原は 「う~ん 旨そうだ」と舌なめずりをする。これを日本風に砂糖少しとワイン酢で合え、醤油をちょっとたらし、酒のつまみに食べると旨そうだ。ピエールの説明はつづく。これを獲るタイミングが難しく、この頃になると村中、口から口へ話が伝わり、人々は網を修理したりパロロを掬い取る用意で、まるでお祭りが近づく様に村中がソワソワしだすのだ。横で聞いていたイザベルが 「パロロは美味しい」と口を挟む。 チャーリー北原がイザベルに 「いつか料理して食べさせてくれ」と頼むとイザベルが 、「いつか一緒に獲りましよう」 と答える。今夜はロブスターで我慢してバーベキューにしよう。  気温が上がり暑くなったのでシュノーケリングをする。海底はクリーム色がかった白砂で、ゆっくりと足ひれで漕ぎながら海底を見て回る。手の大きさぐらいの黒い貝を見つける。 「多分これは真珠貝だ、この中には天然の黒真珠があるかもしれない」。ピエールに渡し開けて見てくれと頼む。、中に真珠が有るかも知れないので傷をつけないようにと言う。チャーリー北原は以前に真珠貝の話を聞いたことがある。日本人がフレンチポリネシアに来て真珠貝を獲り、その中にプラスチックの玉を入れ置いておく。三年経つとそのプラスチックの玉が真珠に変わると言う話だ。もしかしたら天然の黒真珠が入っているかもと期待する。ピエールが神経を集中して貝を開ける。チャーリー北原は期待して、もし天然の黒真珠が入っていたらイザベルに 「愛している」と言ってプレゼントしようと思う。ピエールが 「残念、真珠は入っていなかった」 と開けた貝を見せて言う。仕方なく又海底を見て回る。今度はカラス貝の大きくした様な貝を見つける。水中で見るこの貝は馬鹿でっかくこんな貝があるのかと驚く,ヨットに持ち帰り貝柱をはずし今夜のために冷蔵庫に入れておく。  今夜のメニューをイザベルに聞くと、焼きバナナとパンの実だと返事が来る。パンの実は木になるポテトと言ったところで、これを薄くきって水に晒し、水を切ってから油で揚げる。焼きバナナは生で食べるバナナと違い、保存食にもなりポエポエから持ってきた大きくてグリーン色をしたバナナで、20分ほどかけて焼き上げる。イメージとしては、焼き芋みたいな物で、味も柔らかい焼き芋と言えるかもしれない。さしずめパンの実はポテトチップだ。  夜になりロブスターを取りにピエールと行く。最近はチャーリー北原も慣れたもので、以前は恐々歩いていた夜のサンゴ礁も今では、安定して歩ける。ライトで足元を照らしロブスターを見付けてはサンダルを履いた足で軽く抑える。それを手で掴み背中のデイパックに入れる。背中で多少がさがさと動くが両手が使えるので助かる。一時間もたたないうちに10匹捕まえたのでヨットに戻る。明日のために網袋にロブスターを入れ、ヨットの横から海に浸けぶら下げておく。海水に浸けて置くとロブスターは絶食となり、内臓に有る食べかすや排泄物が洗い流され、内臓が洗浄されて、ロブスターの食べている食物の匂いが消え、より旨くなる。今日は夕食も済ましたし、明日のために海水中につるしておく、星空を見ながらビールを飲む、明日も良い天気だ。
     *海の神 ティキ
  南太平洋は晴れている日が多く、一週間に二度ほどスコールがやってくる。風上より真っ黒な雲が見え、それが見えると25ノットの風を伴い15分でやってくる。急いでセールを小さくして、体に石鹸を塗りたくりスコールを待つ。天然のシャワーだ。スコールは10~15分で通りすぎる。その間に体の石鹸を洗い流し綺麗に体を洗う。熱帯の暑い日中に来るスコールはありがたく、体を洗い冷やしてくれるし、もし水が無い時は、セールなどに伝って落ちる水を溜め飲み水とすることも出来る。日本では雨水と言うと汚れた水をイメージするのだが、ここ南太平洋は雨が一番綺麗な蒸留水なのだ。空は公害も無く青く澄み渡っており、人間の体、肺や心を洗い流してくれるほど綺麗な水なのだ。自然がコントロールして自然が総てを育てる。人間も空気も水もだ。  このサンゴ礁も居心地の良いところだが、あまりノンビリしていると台風シーズンになってしまう。先に進まなくては。現在地は南緯10度西経150度。もう少し北に行くとドルドラームス{無風地帯}で、昔のセーリングでは嵐より大変なところと言われた地帯だ。今はエンジンで簡単に行け、揺れる事さえない「何て楽なんだ」。 居心地の良いところに居るとだんだん怠け者になり動くのがいやに成ってくる。再度出発だ。サンゴ礁のチャネルを抜け、船先を北へ向け今度はハワイ沖に向かう。  風が無くなりエンジンを掛け走り出す。夜空の南十字星は水平線にあり赤道に近い事を知らせている。本当に風が無い、ガラスのような海だ。こんな所でエンジンが止まったならどうすれば良いのか。話以上に、この風の無い静けさの中に入ると静かさを喜ぶより恐怖を感じる。広い広い誰も居ない風も波も何も無い。この空間で、もしエンジンが止まったら恐怖だ。昔のセーラーが苦労し恐れた意味が解かるような気がする。暑いだけの何も無いところで、風を待つ気持ちが精神的に一番辛いのではと思う。「ダイナーキー」 はこの中をエンジンで走りつづける。いつまで走りつづけるのかも分からない。何日かも分からない。ピエールとイザベルは、ヨットが起こす風に当たり気持ち良さそうにコックピットに座り海を見ている。見張りは交代でいつものように行い、夜はエンジンで走っているのでいつもよりライトを多く使える。エンジンがバッテリーを充電しているからだ。ヨット内はいつもより明るく夜の見張りは心強い。  この辺で赤道祭をやろうと思う。赤道を通過する時はギリシャ神話に基ずきネプチューンの神にお供物をささげるのだが、日本人とポリネシアンなのでポリネシアの海の神にお供物を捧げようと決める。ポリネシアの海の神「 TIKI 」に、これからアメリカまでのセーリングの安全と、我々の幸せな将来が来る事を祈って、ワインを抜き海に注ぐ。三人で一口ずつ回し飲み海に手を合わせお祈りをする。海の神「 TIKI 」は、ポリネシアンの航海を守る神で、カヌーの舳先に取り付けたり家屋の屋根に付けたりと海とともに生活してきたポリネシアンたちの神様である。 大洋をヨットで二人のポリネシアンと一人の日本人がセーリングをしており、我々の海の神は昔のポリネシアンのように 「TIKI」 だと思う様になってきた。航海が便利になってきたとはいえ、海の真っ只中で何が起こるか分からない。昔ながらの神頼みは我々にとって重要な航海術なのだ。  北極星が北の水平線に見えてきた。北半球に入ったのだ。昔のポリネシアンはハワイとタヒチをカヌーで行く時、北極星と南十字星を利用して指と指を広げ片方を水平線に片方を北極星、又は、南十字星にあわせ角度を測り航海した。たとえば。指と指の角度が20度の時。星が北極星の場合北緯20度でちょうどハワイの沖であり、そこから方向を西に向かうとハワイにぶつかり、南十字星の場合ハワイから南に向かい水平線と南十字星が20度になると東に向かうとタヒチがある。このように自分の指の角度を測っておくと、現代でも推測航法に利用できる。「ダイナーキー」 は少し風が出てきたので8ノットの風だがエンジンを休ませる意味でセーリングを始める。方向を北東に取り走る。二日半もエンジンで走り、セーリングに換えると何と静かに感じるのだ 。「ダイナーキー」 は波を切り静かに走る。8ノットの風は波も起こさず風の音もせず静かにヨットを走らせる。決して速くは無いが確実に静かに前に進む。あたかも雲に乗り自然の音を聞き、体が浮かんでいる様だ。多くのヨッティーたちが好んでセーリングするのは、この感じを味わうためでは無いのか。機械ではこのような感じは味わえない。  これからの行き先は、アラスカ方面に向かいカナダバンクーバー沖に着く。その後流れの強いカリフォルニア海流に乗りサンフランシスコ又はロサンゼルスに着く予定だ。ハワイを過ぎた頃からだんだんと気温が下がり、朝晩は寒くなってきた。水平線にあった北極星がだんだん高度を上げ、ここから先はアメリカ大陸まで人工物も島も何も無い。我々は今 「ノアの箱舟 」のようなものだ。チャーリー北原は三人の関係を考えてみる。チャーリー北原はこの船のキャプテンでイザベルを愛し、二人は船のクルーであり、命を共にする仲間であり家族だ。ピエールはイザベルを愛しており、イザベルは二人の男を愛している。ピエールとチャーリー北原は友達であり、兄弟のようなもので命の恩人でもある。一人の女が二人の男を愛しこれはラブ?と言うのか。チャーリー北原はピエールとイザベルを取り合わずにこれからもず~うっと一緒にいたい。「ダイナーキー」 を売った金で、末永く平和な生活をしたいと願う。タヒチを出てから 「ダイナーキー」 を売った金の使い道を考えていたが、自分が今したい事が見えてきたような気がする。まずはアメリカに無事に着く事が問題だ、それからでも遅くは無い。独りで暗い夜の見張りのとき、必ず考える事はイザベルのことで、「愛とは何か?」 自然の音を聞きながら自分に問う。「イザベルを見付けた、そのイザベルに何を求めているのか?」 過去に女性の美しさに惹かれ愛した事はある。しかし、今回のイザベルは違う。確かにイザベルは美しい女だ。 「何故イザベルが好きなんだ?、黒い大きな目、褐色くの肌、性格のよさ」。もし、 それだけだったら世界中に一杯居る 。「いや それだけではない、何か惹かれるものがある」 ピエールもチャーリー北原もイザベルの前ではなぜか子供のようになってしまう?。彼女の大きな目はわれわれを魅了するのだ。一般に言われる事は 「男は自分の母親に似た女性を愛し、女性は父親に似た男を愛す」 イザベルは母親に似ているのか?、もしそうだとしたらピエールの母親もチャーリー北原の母親と似ていなければならない? 「母母母母、はは はは はは」 洒落ている場合ではない、考えていると笑えてくる。イザベルは男たちに優しく、海の恐怖と戦う時励まし、落ち込みそうになるとき希望を持たせる。そんな優しさをあの大きな瞳は持っている。多分ポリネシアンと日本人は共通の血が通っているのでは?、と、何かが引き合うような惹かれるものがある。白人の女性と恋をしたことも有るが、タダの興味と肉体的な満足感でそれ以上の満足は得られない。なぜか違う文化のようなものを感じる。イザベルのときは何か違う。素直になるというか?もっと一緒に居たい。もっと話したい、 もっと一緒に遊びたい、こんな気持ちになる。 「愛 とは何か?」 答えが見付からない。暗い海を見つめながら考える。 「愛とは?」 これは自然現象の一つで、空気が高気圧から低気圧に流れるように、そして風を起こし波を立てるように、人間が自然をコントロールする事は間違いであり、愛と言うのは自然現象の一つで、自然は説明できない物。その一員としての人間も、愛は説明できないもの。自然の一つなのだ。チャーリー北原は暗い海に向かい 「イザベルといる時幸せを感じる、好きなんだ」 と、つぶやく。  だんだん緯度が上がり寒くなってきた。長い間南太平洋の暖かい所で暮らしていたので、寒さが身に凍みるように感じる。いま 「ダイナーキー」 は北緯35度に居る、チャーリー北原はピエールとイザベルに告げる。「サンフランシスコに着いたら夜にまぎれて海に入り陸に上がる」。 「ダイナーキー」 は黄色の旗を揚げ入国して陸で落ち合う。今の三人はアメリカがどんな所かも知らない、ポエポエ島のような方法で入国できると簡単に考えている。  現在地の 「ダイナーキー」 は、カナダ沖にありアメリカの国境に近く、遥かにアメリカ大陸が見える。”突然” 後ろから大きな拡声器の声がする。驚いて後ろを振り返ると大きなアメリカの国旗を揚げた国境警備艇が後ろに居たのだ。拡声器で 「直ぐに止まりなさい、アメリカ国境警備艇です」 と叫ぶ。ピエールとイザベルは反射的に海に飛び込もうとする。チャーリー北原が二人の手を掴み止める。「待て!!今飛び込むと撃たれる」 「私が助けるからここに居ろ」 ピエールとイザベルは首をうなだれ 「O,K」 をする。チャーリーとピエールはセールを下ろし止る。警備艇は 「ダイナーキー」 に横づけして警備官が三人 「ダイナーキー」 に乗り移る。今、ゲリラ問題で、アメリカは国境を空からとレーダーで見張っており、海上で総ての船を調べ、港に入る前に検査をし摘発をする。ピエールとイザベルはパスポートを持っておらず、国際指名手配になっており、その場で逮捕される。チャーリー北原もその幇助罪で逮捕される。「ダイナーキー」 は曳航されサンフランシスコ港に着く。三人は別々に留置され隔離される。チャーリー北原は力のある弁護士を雇い、裁判に三人のため金を掛ける。アメリカは金の国で、力のある弁護士を雇うと簡単に無罪になる。 「ダイナーキー」 を売り、その金でピエールとイザベルと自分の釈放に金を掛ける。チャーリー北原は二人の幇助罪なので、金を払うと簡単に釈放された。ピエールとイザベルは過失致死なので一年後裁判の結果無罪となり釈放される。しかし国外退去となり、又自由の身と成る。  「ダイナーキー] は目的通り、リタイヤ夫婦に3倍の値で売れ、その半分をピエールとイザベルの裁判費用に使ったが、チャーリー北原はピエールとイザベルが戻ってきて満足だった。ピエールとイザベルは係官に空港に連れられ国外退去となる。
  それから何年か後、あるヨッティーがタヒチに行く途中ポエポエに寄った時、ポリネシアン女性と結婚したチャーリー北原を見た。二人の子供が居て1人がアジア人の顔をしており1人はポリネシアンの顔をしていた。犬のセーラーも一緒だった。今、彼は島民たちと一緒に真珠貝を養殖し、魚を獲ってタヒチの観光客に売って生計を立てている。笑い方も昔と変わらず[ひゃひゃひゃひゃ]と笑ってた、幸せそうだった。  と、風の便りが届く。
                                                        終わり



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1 Comments:

Blogger 私のブログ (My Blog) said...

導入、インドラメイン私パレンバン、インドネシア国から来た。
あなたと私は非常に満足している。
あなたのブログとても良いです。
私たちは友達になることを期待

12:31 AM  

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